第51話 姫様と魔王様、匙を投げる


 さて、ダイ君とミィちゃんが虫たちと共に仲良くヤバい畑を処理している一方で、各地でも様々な問題が起きていた。



 ――ハリボッテ王国王城にて、ピザーノはパトリシアの執務室の前に居た。


「パトリシア様ぁ、ピザーノです。書類の確認とサインをお願いしますぅ~」


 しかし何度ノックしても応答がない。はてと、ピザーノは首をひねる。


「パトリシア様~~? ピザーノです。入りますよぉ~?」


 不審に思ったピザーノは、不敬と思いながらも中に入る。

 そこには誰も居なかった。


「……姫様?」


 ピザーノは部屋の中を見回すが人の姿はない。

 ただ部屋の窓が一箇所、開いていた。まさか、とピザーノは嫌な予感がした。

 部屋の中を見回すと、机の上に置手紙がある事に気付いた。

 そこにはこう書かれていた。



     ――疲れました。探さないで下さい。 

                   パトリシアより



「………………」


 一瞬、ピザーノは何が書いてあるのか理解出来なかった。たっぷり十秒ほどをかけて、脳がようやく目の前の情報を処理すると、滝のような汗が噴き出した。


「ひっ姫様あああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 ハリボッテ王国第二皇女パトリシア・ハリボッテ。ここにきてまさかの職務放棄である。


 ピザーノの絶叫が主の居ない執務室に木霊した。





 ――同じく魔王城にて。


 マケールは周辺諸侯への停戦に同意する旨をまとめた書類をようやく作り終えていた。


「……これでよし。助かったぞ、ウーラよ。この内容ならば皆も納得するであろう」


 マケールは手伝ってくれた同族をねぎらう。


「別にこれくらい構いません。魔王様が停戦ソレを望まれるのであれば、全力で支援するのがワタクシの役目です」


 彼女の名はウーラ・ギルワ。マケールと同じ魔王軍四天王であり、唯一の女性。そして軍における参謀を担う人物だ。

 マケールと同じ魔王軍の軍服に身を包んでいるが、スカートにはスリットが入り、胸元も大きく開かれている。マケールにはちゃんと着こなせと何度も注意しているのだが、彼女に直す気はない。


「全ては魔王様のためです。あぁ、魔王様。本当に魔王様はなんであんなにも可憐でお強く美しいのでしょうか……。魔王様にお仕えできて、ワタクシ本当に幸せです。そうは思いませんかマケール?」


「……………そうだな」


 とろけるような表情を浮かべるウーラに、マケールはげんなりしながら相槌を打つ。

 ウーラはマケールも認める程の優秀な人物なのだが、少々……いや、かなり魔王への忠誠心が強すぎた。もはやその苛烈極まりない忠誠心は信仰と言っていい程だ。

 仲間としては非常に信頼できるのだが、プライベートではちょっと距離を置きたい人物である。


「さて、それじゃあこれを魔王様に確認して貰おうか」


「そうですね」


 二人はイーガの居る魔王の間へと向かう。


「魔王様、マケール・スグニです。入りますぞ」


「ウーラ・ギルワです。失礼しますわ」


 二人は魔王の返事を待たずに扉を開ける。これはいつもの事だ。というよりも魔王の間は広い吹き抜けの広間になっているので、いちいち返事を待っていたらきりがないのである。

 二人は中に入り、そして気付く。


「……魔王様?」


「居ない……? おかしいですね? いつもならこの時間帯は必ずここにいらっしゃるはずなのですが……」


 そこに魔王の姿は無かった。

 ただいつも魔王が腰かけている椅子の上になにやら書き置きがあった。

 


 ――疲れたのじゃ。しばらく旅に出るので探さないで欲しいのじゃ。ごめんなさい    

                             魔王イーガより


「「…………」」


 その書き置きを見た二人は、たっぷり数秒ほど固まり、どちらともなく視線を合わせる。


「「ま、魔王様あああああああああああああああああああ!?」」


 歴代最強と謳われる魔王イーガ・ヤムゾ。ここにきてまさかの職務放棄である。


 マケールとウーラの絶叫が主の居ない魔王の間に木霊した。





 一方その頃、召喚された二匹の竜はカマーセからこの世界の事情を聞いていた。


「ふーん、なるほど。つまり自分達は魔族の内乱を静める為に呼ばれたと?」


「そ、そうなんですよ。へへ、ご理解いただけましたか」


「はぁ……どこの世界も争いが多いっすねぇ……。面倒臭いっすねぇ……」


 ぺこぺこと頭を下げるカマーセに、かつてアマネの部下だった竜はなんとも言えない表情を浮かべる。

 一方でカマーセはとにかく彼女らに媚びまくった。

 そこにはオラオラヤンキー系だった頃の面影などまるでなかった。

 だってそうしないと死ぬから。彼は優れた魔力感知能力を持つが故に、彼我の戦力差を嫌という程理解してしまったのだ。

 最初の奇襲が失敗した時点で、もはや彼に勝ち目などないのである。


「……ディー様、そっちはどうっすか?」


「駄目。この世界の中枢記録にアクセスしてみようとしたけどロックが掛かってる。多分、アーちゃんの仕業だと思う」


「……万が一、追っ手が来ても簡単に居場所を特定されないように既に手を打ってたみたいっすね。ホント、どんだけ休みたかったんっすかねぇ……」


「うふふ、流石アーちゃん。私でもこのロックを外すのは困難。でも逆を言えばこれはアーちゃんがこの世界に居る何よりの証拠……ふふ、うふふふ……」


 腐蝕竜ディーは不気味な笑みを浮かべる。

 その笑みに、カマーセはゾッとした。


「自分達が人間の姿になってる事も気がかりっすけど、なによりこの体じゃ力が極端に制限されるっすねぇ……」


「うん、元の姿に戻ろうとしても戻れない。多分、元に戻れば世界が壊れるからだと思う」


「この世界、脆そうっすからね。中級竜以上が顕現しようとすれば簡単に壊れちゃいそうっすもん」


「アーちゃんの仕業かな……? いや、それとも世界の方が竜族わたしたちにプロテクトをかけてる……? どっちにしてもこれじゃあアーちゃんを探すのも困難」


「っすねぇ……」


 彼女達はアマネと同じく人間の姿になり、力を極端に制限されていた。

 その力は竜界に居た頃に比べれば、0.1%にも満たない程だ。使える魔法も限られてくるし、何より二人はアマネと違い探知系の魔法が極端に苦手だった。


「となれば、やっぱ探すにはこの世界の住民の協力が不可欠っすねぇ。よし、お前、確かカマーセとか言ってたっすね。竜王様を探すの手伝うっすよ」


「も、勿論です。喜んで協力させて頂きますとも……へへ」


 力の差を完全に分からせられたカマーセにはイエス以外の選択肢などない。

 しかし彼は諦めていなかった。


(ふざけんじゃねぇぜ、このクソ女どもが……! なんでこの俺がそんなこと手伝わにゃいけねーんだよ。……いや、冷静になるんだ。コイツらの力は利用できれば魔王軍なんてあっという間に手に入れられる……。考えろ……考えるんだ。上手くコイツらをコントロールする方法を……)


 表向きは従順な振りをしながらも、彼女達の力を利用するための方法を模索していた。こうしてカマーセは二つの巨大な爆弾を抱えながらも、クーデターに向けて準備を始めた。


 そして彼は知りもしなかっただろうが、現状はあまりにも彼に都合が良かった。

 なにせハリボッテ王国皇女パトリシアと魔王イーガが職務放棄の真っ最中なのだから。


 それぞれの歯車は最悪の形で噛み合おうとしていた。





あとがき

活動報告にも載せましたが書籍化します

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