第二章
第43話 姫様と魔王様、嘆く
王城にてハリボッテ王国第二王女パトリシアは限界に達していた。
「――もう働きたくないですわ……」
死んだ目でパトリシアはそう呟いた。
もう限界だった。全てはあの日、アマネが竜の姿で現れ、自分達を強制的に召喚し、無理やり停戦協定を結ばせたことから始まった。
あの日から、パトリシアは碌に寝ていない。
来る日も、来る日も停戦に向けての仕事に追われていた。
「あの場では頷いたものの、そもそも魔族との停戦なんてそんな簡単に出来るわけありませんわぁ……。各国への通達も、説得も、具体的な停戦の内容も……。そもそもあんな化け物の事をどうやって説明すれば……。やる事が……やる事が多すぎて頭がパンクしそうですわ。でもやらないと世界が破滅……。もう嫌ですわこんなのぉぉ……」
パトリシアは泣いた。それはもうわんわん泣いた。
自分達に納得がいく形での停戦であればここまで面倒な事にはならなかっただろう。だが今回は全くの部外者である竜王アマネの介入によって無理やり命じられた停戦だ。
当然だが戦争には、ハリボッテ王国だけでなく、ディアン帝国やハルシャ聖王国、マルトール連邦など、様々な国が関わっている。物資や資金の供給や人材の派遣など、直接戦闘に関わらずとも与している国も多い。
王国だけであれば、停戦に応じるのもやむなしなのだが、諸外国が関わってるとなれば話はまるで変わってくる。各国を納得させるだけの『理由』が必要なのだ。停戦しても良いと思わせる程の理由が。
「もう正直に話した方がいいのでしょうか? 世界を滅ぼせるほどの化け物に脅されたって……」
「ぬっふっふぅ……それを信じるのはその場に居た者だけでしょうねぇ……」
「ピザーノ……随分お痩せになりましたわね……」
「かれこれもう十日ほど碌に寝ずに働いておりますからねぇ……ふひひ」
パトリシアは自分に声を掛けてきた大臣を見る。
その大臣、ピザーノ・デブハットはげっそりと痩せこけていた。
それまでの丸々と太った彼を知る者が見れば別人だと思う程に。
なにせ彼はパトリシア以上に働きづめなのだ。他の王族や大臣、更には軍部や騎士団への根回しまで全て彼が主導で行っている。寝る暇はおろか、食事すらまともに取れない程に働いた結果、彼はげっそりと痩せこけてしまった。
とはいえ、周りからの評判は悪くない。
むしろそれまでの脂ぎったおっさんから、どこか愁いを帯びたイケおじ顔にちょっとシフトしたことで、主に女性陣からの人気は高まっていた。豚のくせに生意気である。
もっとも今の彼はパトリシアの忠臣となっている為、そのあたりの評判は全く気にしていないのだが。
「ともかくあの化け物の存在は諸外国に絶対には口外しない方がよろしいかと。親交が深い聖王国ならまだしも、帝国辺りは絶対に信じませんし、無駄な混乱を招くだけです。下手をすれば戦争の主導権を他国に奪われる可能性もあります」
表向きはまだ魔族との戦争は続いている事になっている。今は水面下で停戦に向けての根回しの最中なのだ。
「そ、そんなの絶対に駄目ですわ。そんな事になれば世界は……」
「滅亡しますねぇ……」
二人ともあの日の出来事を思い出すだけで未だに震えが止まらなくなる。
「本当に途方もない程の化け物でしたねぇ。あれだけの出来事でありながら、目撃者は現場に居た我々のみ。余りにも異常過ぎます。山が剥がれる光景も、海が割れる様も誰一人として目撃しておらず犠牲者の報告もなし。すべてが泡沫の夢だったと言われた方がまだしも信じられますから……ぬっひぃ」
思い出すだけでピザーノは全身の震えが止まらなくなる。
あれは現実だ。間違いなく現実にあった出来事なのだ。余りにも不自然で歪なのに、そうとしか思えなかった。
実際、ピザーノの見解は間違ってはいない。
アマネは夢と現実を操る夢幻竜という
夢を現実に変える事も、現実を夢に変える事も自由自在。
だからこそアレは本当にあった出来事だし、ピザーノ達以外は全く覚えていない夢の中の出来事でもあるのだ。
世界を滅ぼそうと思えば一秒もかからずに滅ぼせるし、滅んだ世界を創り直す事も簡単に出来る。
その気になれば、人々の思想にまで影響を与え、無限の幸福を与えることも、全ての戦争を無くし永遠に続く平和を実現させることも出来るだろう。
人と魔族の戦争を止めたいのであれば、そうするのが一番手っ取り早い。
だがアマネはそれをよしとしない。それは彼女の過去の経験からくるものなのだが、それは今は置いておこう。
「……千年前の不死王の時のように、あの化け物を人類と魔族の共通の敵として公表することはできませんの? 千年も前のこととはいえ、前例はあるのです。なんとかなりませんか?」
前例は大事だ。前例があれば、それに倣う形で諸国を納得させることも出来る。
パトリシアはそう考えたが、ピザーノは首を横に振る。
「不死王の時とは状況が違いすぎます。不死王が人類と魔族の共通の『敵』になりえたのは、ひとえに、手を組めば倒せる程度の相手だったからです。ですが、あの化け物は違います。どれだけ戦力を整えても絶対に勝てません。太陽に喧嘩を売るようなものです。あれはそういうレベルの化け物なのですよ……」
「……」
太陽。
ピザーノの例えが決して大げさではないと、パトリシアも理解出来た。
アレは本当に埒外の存在だ。息をするように世界を滅ぼせる正真正銘の化け物だ。
そんな絶対的な存在が、どういう気まぐれで停戦なんぞしろと言ったのか、まるで見当がつかなかった。
……まさか酔っ払って適当に介入してきたなどとは夢にも思わないだろう。
「……とりあえず魔族――魔王と会談を優先すべきです。向こうと口裏を合わせ停戦の条件を捻りだしましょう。……そうしなければ世界が滅びます……」
「そうですわね……」
つい先日まで戦争をしていた相手と、停戦の為の理由をでっちあげるために協力するだなんて、悪い冗談にも程がある。
「本当にどうしてこうなったんですの……」
パトリシアは今日何度目かになるか分からない溜息をついた。
一方その頃、魔王城にて――。
「――もう働きたくないのじゃぁぁ……」
魔王イーガ・ヤムゾも死んだ目をしながらそう呟いた。
理由は当然、あの日、突然現れたアマネが自分達を強制的に召喚し、無理やり停戦協定を結ばせた所為だ。
パトリシアが諸外国の対応に追われているように、イーガも魔王としての対応に追われていた。
「そりゃあ、儂は元々戦争には反対じゃったよ? でものぅ、こんな突然、はいやめろーって言われても出来るわけないじゃん……」
魔王は魔族の象徴であり、絶対的な存在だ。基本的に魔族は魔王の言葉には従う。
しかし、こと人間との戦争に関しては別だ。
どうあっても反発する輩は出てくる。特にマケール以外の四天王とそれに連なる者達は最前線で戦っていた戦士たちであり、血の気の多い輩ばかりである。そんな連中にいきなり「もう戦争止めろ」なんて命じても、到底受け入れられなどしないだろう。
下手をすれば、反逆され王位を簒奪される可能すら十分にある。
「うぅ……嫌なのじゃ。戦争は嫌じゃけど、仲間に殺されるのも嫌なのじゃぁ……。お腹痛い」
イーガとて魔王として十分すぎる程の実力を有してはいるが、彼女自身にその自覚はない。
自分が魔王として君臨しているのもひとえに密偵のアイや四天王最強であるマケール、参謀や謀略を得意とする四天王ウーラ・ギルワといった忠臣に支えられているおかげだと、本心から思っているのだ。
「アイィ……助けてくれなのじゃぁぁ……。なにか皆を説得するいい案はないのかぇ?」
「いや、密偵のウチにそんな助言求められても無理やって……。その辺はマケールはんとウーラはんが何とかしてくれる事を祈ろうや。それよりも向こうの姫さんとの密会の準備を急がんと。いつまたあの化け物が現れるか分からへんし」
「……あの化け物、本当になんなんじゃろうな?」
「……分からんわ。ウチもあんな化け物初めて見たし。……ただあの魔力、どっかで見覚えがあるような気もするんやけどなぁ……」
あの時は気が動転していて気付かなかったが、よくよく思い出してみればあの魔力にはどこか見覚えがあった。
しかしそれがどこなのかアイは思い出せない。
これはアマネが世界中枢記憶に介入して、自身の魔力やその痕跡を誤魔化しているせいだ。
世界を改竄したアマネの魔力に対し僅かでも違和感を感じる程にアイの魔力感知は卓越していた。もしくは、アマネと接触し、その魔力が僅かでも体に混入していたからこそ感じ取れたのかもしれないが。
「ともかくあの化け物の事は、今のところは何も分からんし、考えるだけ時間の無駄や。ともかく早く停戦の準備をせんと」
「そうじゃなぁ。はぁ~~、本当にどうしてこうなったのじゃ……」
イーガは深くため息をつくのだった。
――そして嘆く魔王たちの会話を扉越しに聞いている男がいた。
「て、停戦だと……? ふざけるんじゃなぇ。人間どもをブチ殺せる機会を奪われて堪るかっ!」
彼の名はカマーセ・ワンドック。
マケールと同じ魔王軍四天王の一人である。
彼は魔王やマケールらと違い、徹底抗戦を唱える過激派の魔族として知られていた男だ。
「こうしちゃいられねぇ! 何か手をうたねぇと……」
彼は即座に行動を開始した。
この戦争を止めさせない為に。
あとがき
第二章始ります
よろしくお願いします
魔王軍四天王
マケール・スグニ 四天王最強、イケ爺
ウーラ・ギルワ 参謀、ボイン
カマーセ・ワンドック チンピラ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます