第39話 姫様と魔王様+α、巻き込まれる

 さて、そんな感じでアマネが酔っ払って顕現していた一方で、彼女やアズサをこの世界に召喚した張本人パトリシアは王城淡々と政務をこなしていた。

 勇者が召喚されて以降、彼女の仕事は日を追うごとに増えている。休む暇もない程だが、それは彼女にとって非常に喜ばしい事であった。


「……勇者召喚。大変な魔法ではありましたが、何とかなりましたわね」


 勇者召喚は莫大な魔力を有し、更に魔法の才に優れた者にしか行使できない。

 失敗すれば、召喚の杖に魔力と生命力を吸い取られて、最悪死んでしまう事すらあり得るのだ。

 実際、パトリシアもアマネ達の前では平静を装っていたが、立っているのもやっとな程に疲弊していた。


「でもこれで魔族との戦争を終わらせることが出来ますわ……」


 魔族との戦争を終わせる。

 それがパトリシアの長年の夢だった。

 というのもハリボッテ王国は長年の魔族との戦争で疲弊しきっていた。王都周辺では比較的治安も良く平穏が保たれているが、地方や国境付近に行けば、魔族との衝突も絶えず、人間同士でも醜い争いが絶えなかった。

 このままでは、遅かれ早かれこの国は滅ぶだろう。

 だが現在の王――彼女の父親はあまり優秀な人物ではなかった。平凡と言っていい男で、現状維持の事なかれ主義だった。兄や姉も似たようなもので、この国の現状を見ようともしない。

 だからこそ彼女は勇者を召喚した。魔族との戦争を終わらせ、この国を立ち直らせるために。


「……アズサ様やアマネ様には本当に申し訳ないとは思いますわ……。でも他に方法が無かったのです……」


 当然、罪悪感が無いわけではない。

 選ばれた勇者と言えば聞こえはいいが、実際には異世界からの人さらいだ。自分達では問題は解決できませんと言っているようなものだ。

 真祖邪竜教団の教主はハリボッテ王国を『何かあれば勇者を召喚して問題を解決してきた国』と評したが、それは正しい。

 勇者召喚と言う、いわば反則チート手段を持っていたからこそ、ハリボッテ王国はそれにばかり頼り、国としての在り方が歪んでしまった。


 ――この国を変えたいと願うパトリシアすら、勇者召喚に頼ってしまう程に。


「……本当に嫌になりますわ。この国を変えたいと願っているのに、勇者だれかに頼るしかない自分の無力さに……」


 パトリシアは天井を見上げ、手を伸ばす。


「……いっその事、誰かが全部ぶっ壊してくれませんかしら……?」


 この戦争も、この国も、こんな無力な自分さえも。何もかも全て無くなってしまえばどれほど清々しいだろうか? ああ、嫌になる。それすら自分ではない誰かがと、思ってしまう自分に。


「……ふふ、そんな馬鹿な事、あるはず有りませんわよね。……あら?」


 不意に、ドアをノックする音が聞こえた。パトリシアが入室を促すと、入って来たのはピザーノだった。


「ぬっふっふ、姫様ぁ……夜分遅くに失礼しますねぇ。こちらの書類にサインをお願いしたかったのですが……」


「あら? もう終わったのですが? 随分と早いですね」


「このピザーノ、姫様の為とあらば全身全霊で尽くしますのは当然でございますよぉ……ぬっふっふ」


「……そ、そうですか。ご苦労様です」


 薄気味悪い笑みを浮かべるピザーノに、パトリシアは笑みが引きつるのを何とか抑えながら労う。


 ――この男は変わった。


 パトリシアは内心驚きを隠せなかった。

 それまでのピザーノはなにかと黒い噂が絶えない男だった。

 だが、ある日を境に人が変わったように真面目な大臣となった。

 一体何があったのかパトリシアには知る由もないが、今では心から信頼出来る数少ない臣下の一人となっていた。


「さて、アズサ様が戻ってくるまでにもうひと踏ん張り――ん?」


 ふと、足元がなにやら眩しかった。見れば、床には巨大な魔方陣が浮かんでいた。


「……な、なんですの、この魔法陣は……? しょ、召喚の魔法陣? どうして?」

「ぬっひぃ……莫大な魔力を感じますねぇ。……でもこの魔力、どこかで見覚えがあるような?」


 混乱する二人はそのまままばゆい光に包まれるのだった。


          


 一方その頃、魔王城では魔王イーガ・ヤムゾはそわそわと落ち着かない様子で椅子に腰かけていた。


「……マケール大丈夫かのう?」

「あの爺さんなら大丈夫やろ。心配し過ぎやって」


 そう言いつつも、アイもどこか不安げな様子であった。

 理由は当然、勇者――ではなく、アマネだ。

 マケールは魔王軍四天王最強と呼ばれる男だ。その戦闘力、そして魔王への忠義は疑いようがない。英雄と呼ばれる存在であっても、聖金級の冒険者であってもマケールが敗れる姿など想像がつかない。だが懸念はある。


「……しかし本当に勇者を殺してもよいのかのう?」


「ん? どうしたん、今更?」


「だってその勇者って異世界から無理やりこっちの世界の呼ばれたんじゃろ? 見ず知らずの他人にいきなり命懸けで戦えなんて言われても、儂なら絶対嫌じゃよ。その勇者だって無理やり戦わされてるかもしれんのに……その可哀そうな気がしてのぅ」


「……そんなの今更やろ? ウチらにはウチらの都合がある。その子の所為で、仲間がぎょうさん死んだらどないすんのや? 勇者ちゃんには悪いけど、今の時点で殺しておくのが正解やと思うで?」


「……嫌じゃなぁ。本当に戦争なんてしたくないのじゃ……。そう思ってる魔族だってたくさんいるのに、どうして戦争は終わらないんじゃろうなぁ……」


「……それこそ仕方のない話やなぁ……」


 年々、人間との大規模な武力衝突は減ってるとは言え、それでも国境付近での小競り合いは続いている。武力衝突が減ったのは現在の魔王イーガの努力の賜物だ。

 だが減らす事は出来ても、無くすことは出来なかった。


「いっその事、どっかの誰かがこんな戦争ぶっ壊してくれんかのう?」


「はは、誰がそんな事するんや? きっとそんな事、不死王ですら不可能やで?」


 だが、そこでアイはふと思い出す。

 あの桁外れの魔力を持った同族アマネの事を。

 もし彼女があのおびただしい程の封印を全て解いたのなら、ひょっとしたら不可能も可能にしてしまうのではないかと。


「……ま、無理やろうけど……ん? なんや、この光?」


 不意に、足元からまばゆい光が発生していた。その光には莫大な魔力が宿っていた。


「な、なんじゃこの光は……ッ!?」

「この魔法陣、王国が使う召喚魔法に似とるな……。それにこの魔力にはどこか見覚えが……。イーガちゃん、はよ逃げ――」


 しかし逃げることなど叶わず、イーガとアイは謎の光に包まれるのだった。


 こうして役者は一箇所に集められる事となった。

 

 そう、全てはとある酔っぱらいの気まぐれによって……。

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