第38話 竜王様、怪しい連中と酒盛りをする
夜の闇を照らすように、その竜は青白く光り輝く。
その姿は余りにも神々しく、見る者全てを釘付けにした。
「なんだ、あれは……?」
「すごい……」
「ダィィ……?」
マケール、アズサ、ダイ君が呆然と、その姿を見上げる。
一方で唯一、その姿を見て感極まった声を上げるのは不死王だ。
「おぉ……それが真のお姿なのですね。なんと……なんと神々しい。流石、我が主」
手を合わせ、祈りを捧げる姿はまるで敬遠な信徒のようだ。
「――ォォオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
アマネが吠える。
一体何故、アマネが竜の姿でこの場に現れたのか?
そして何故、アマネが竜の姿で居るにも関わらず世界が崩壊しないのか?
それを説明するには時間を少し遡らなければいけない。
――数時間前。
「……うーん、誰かに見られているね……」
ここ数日、ずっと視線を感じている。
気配を探れば家の周囲に複数の黒ずくめの男達が居る。それは分かってる。
「あー、気になる。視線が気になって眠れないじゃんか」
なんて迷惑なんだ。
私は基本的に危害を加えられない限り自分から手を出すことはしない。
私が何かするという事は、それだけ世界に与える影響が大きいからだ。
今でも魔力の制御と操作に神経を注いでいるし、自分の存在が何か世界に影響を与えていないか中枢記憶にこまめにアクセスして確認し、ついでに影響が出ないように細部を改変している。
――休暇を楽しむからこそ、最低限の礼は尽くさなければならない。
私はこの世界においてあくまでも『部外者』なのだ。部外者が過度な干渉をしてはいけない。
「……でもまあ、迷惑をかけられたなら話は別だよね」
睡眠は大事だ。
どれくらい大事かと言えば、眠らないで仕事ばかりすると、ある日突然悲しくもないのに涙が出てくるくらいには大事なのだ。
私、何してるんだろうって考え出したら終わり。
仕事や日常に感じる虚しさが天元突破する。だからこまめな休息や十分な睡眠は大事なのだ。
「なのでちょっと懲らしめてやろうと思います。うん、大丈夫。ちょっとだけね」
「んー……あまね、どうしたの……?」
「なんでもないよ? ゆっくりお休みポアル」
「んー……」
ポアルがしっかり寝たのを確認して――あ、念の為に魔法で起きないようにして――外に出る。
気配を探ると男達の居場所はすぐに判明した。
「――おい、どうする? 今日こそは……」
「いや、でもやっぱりまだ早――」
「そこで何をしている」
「「「「ッ!?」」」」
私に気付くと男達はあからさまに狼狽えた。
全部で四人か。全員が黒いローブを被った怪しさ満点の姿だ。
「な……我ら姿に気付いた? 」
「隠蔽のローブは発動しているはず……!」
「なんという感知能力……というか可愛い」
「ああ……可愛いな。だが妙に欲深そうな顔をしている。金に
なんだコイツら、人を見るなりブツブツと。
「もう一度聞くよ? ここで何をしてる?」
私が訊ねると、彼らは顔を見合わせた後、一斉にローブを脱いだ。その瞬間、私は目を疑った。
「…………なにそのTシャツ?」
彼らは一様にポアルの顔がプリントされたTシャツを着ていた。
「これは我らの信仰の証です」
「?」
「我らは真祖ポアル様を信仰する者達――真祖邪竜教団!」
バッと男が手を天に掲げる。すると後ろに控えた男達が一斉に動き出した。懐からなにやら光る棒を取り出し、一糸乱れに統率で踊り出す。
「「「L・O・V・E・ポアル! L・O・V・E・ポアル! フゥ~~フッフッ! フォーーー!」」」
キレッキレの動きだった。ていうか、これ知ってる。
「これ、アズサちゃんの世界の『オタ芸』ってやつ……?」
「おぉ!? 知っておられるのですか? これは我らの真祖様が経典に記されし奉納の舞! 我ら信者はこの舞を一糸乱れぬ統率で披露することで真祖様への信仰心を示すのです!」
「あ、うん……そうなんだ」
よく分からないけど、なんか勢いが凄いから頷いておこう。
「それで、なんで私達の周りをうろちょろしてたの?」
「実は――」
彼らから事情を聴くと、なんでも彼らは魔族の真祖とやらを崇拝する宗教団体らしい。
んでもって数日前、真祖の残した魔力水晶が反応を示した。
調査をした結果、ポアルがその真祖の魔力の持ち主だったというのだ。
彼らは真祖の復活を喜び、こうして会いに来たのだという。なんだそりゃ?
「成程、事情は分かった。んで、なんでずっとうろちょろしてたの? そんなに
私が問い詰めると男達はばつが悪そうに顔を逸らした。
「その……真祖様のお姿は遠見の水晶で拝見していたのですが……」
「生で見るとその……」
「余りに可憐で見てるだけで胸がいっぱいになるといいますか……」
「心が満たされてしまいまして……」
もじもじすんな。気持ち悪い。
「……つまりポアルが可愛過ぎて声が掛けられなかったと?」
「「「「はい」」」」
馬鹿なのかな? コイツら全員もれなく馬鹿なのかな?
「でも気持ちは分からんでもないよ。ポアル可愛いもんね」
「「「「はい! めっちゃ可愛いですっ!」」」」
すごくいい笑顔だった。
うーん、この人達馬鹿っぽいけど、悪い人たちじゃなさそう。
「実は真祖様に捧げる供物も用意していたのですが……」
「どんなの?」
「真祖様饅頭に、我々が着ている真祖様Tシャツ、あと真祖様地酒など……。あ、饅頭の中の餡はこしあんを採用しました。やはり真祖様には上品なこしあんが似合うかと」
一升瓶のイラストには両手でピースするポアルのイラストが印刷されていた。
「……ポアルがこんなポーズした事あったっけ?」
「我々の技術の粋を結集させて写真を合成し、自然なポージングを実現させました」
「……技術の無駄遣いだね。あと粒あんが下品とでも言いたいの? 殺すよ?」
やっぱり馬鹿だよ。コイツら全員間違いなく馬鹿だよ。
粒あんも美味しいんだよ。
以前、アズサちゃんが作り置きしてくれたお菓子にお団子があった。
その中身が粒あんだったのだ。
私はあれで粒あんの美味しさを知った。馬鹿にするやつは許さない。
「……まあ、こしあんも嫌いじゃないけどさ。君たちがどれだけポアルが好きなのかよく分かったし、私達に何か悪い事をしようって企んでる訳でもなさそうだし」
「当然です。我々が真祖様に害をなすはずなどありません。我々は真祖様をお迎えしてこの世界を本来のあるべき姿に正したいだけですから」
「あるべき姿って?」
「はい。真祖様は経典にこう記されました。『生まれ変わるなら美少女が良い。そしてありとあらゆる趣味嗜好が認められる世界にしたい』と」
「ふーん……多様性ってやつかな? まあ確かに好き嫌いは人それぞれだしね。あ、せっかくだしこのTシャツ一枚もらっていい? Sサイズある?」
せっかくだし私も一枚欲しい。男達は一斉にコクコクと頷く。
「ついでにこっちのお饅頭も味見を――なにこれ、うまっ」
こしあん特有の滑らかな舌触り。口の中であんこが溶けてゆく。
「……成程、確かにこしあんも悪くないね。粒あん派の私にここまで言わせるとは……」
「でしょう。他にもこちらの真祖様きの●の里は自信作でして――」
「ストップ。駄目。そっちは本当に戦争になるから駄目」
多様性は大事。好き嫌いは人それぞれ。それでいいじゃないか。タケノコだって生きてるんだ。
「あ、あとお酒も駄目だよ。ポアルちゃんはまだ子供だから飲めないって」
いちおうこちらの世界にも飲酒の年齢制限はある。
確か十六歳だったかな? アズサちゃんの世界だと二十歳だったからこっちの世界の方が飲酒に関する規制は緩い。
とはいえポアルはまだ十歳くらいだったはずだ。お酒は駄目である。
……しかしお酒か。こっちの世界に来てから飲んでないな。私は竜界ではディーちゃんの創るお酒が大好物だった。いいよね、お酒。嫌な事を忘れられる。
しかもこれ、イラストのポアルも可愛いしよく出来てるな……。私は思わずごくりと喉を鳴らす。
「あ、よければご試飲されますか?」
「え? いいの?」
「はい。アナタ様は真祖様のご家族なのでしょう? ならば礼を尽くすのは当然です。ささ、どうぞ?」
「おー、分かってんじゃん。じゃ、さっそく」
私の盃に男が酒を注ぐ。とくとくとく、おっとっと。
いやぁ、いいねぇ、この零れるかどうかのギリギリのライン。お酒の注ぎ方が分かってるじゃないの。
「ん……ごくっ」
おぉ! 辛口。しかし意外とさっぱりとした飲み心地。
喉の奥がじんじんと熱くなり、胃袋がカッと熱くなる。
これは……美味い。ディーちゃんの作ったお酒よりも美味しいかも。
「ダイギンジョウと呼ばれる真祖様が愛したお酒でございます。我が復活した時には必ずこれを捧げよと仰っていました。米という穀物から作られておりまして、醸造にはとても苦労しました」
「なるほど……悪くない。いや、むしろいい! すごくいいよこれ! ほら、君たちも」
「え、ですがこれは供物で……」
「いいって、いいって。さっきも言ったけど、ポアルはまだお酒が飲めないからさ。こうして皆で飲んだ方がいいのさ。それとも何かい? ポアルの保護者である私のお酒が飲めないってぇーのぉ?」
「わ、分かりました。では頂きます」
「まあ、せっかくだしな」
「まだまだいっぱいあるし……」
「あ、乾物とかありますよ。アテにどうぞ」
「いいねぇー! それじゃあかんぱーい!」
「「「「乾杯―」」」」
――後に思う。これが私の過ちだった、と。
そんな訳で、怪しい男達――もといポアル信者との酒盛りが始まった。
いやぁ、やっぱりお酒は良いね。
いいお酒を飲むと、気分も凄く気持ちよくなるし、本音も吐ける。
彼らも日頃のうっぷんが溜まっていたのか、思い思いに事情を喋りはじめた。
「うぅ……どうして我々はこうも世間から悪くみられるのか……」
「そうですぞ! 世間の奴らは分かっていない! 我々はただ可愛いが好きなだけなのです!」
「可愛いは正義だ! それに我々は手を出す事はしない! 遠くから愛でるのだ!」
「そーだ! そーだ! イエスロリータノータッチ! それが紳士だー!」
「苦労してるんだねぇ……。というか君たちもハーフ?」
角がある者や無い者、ポアルのように魔力が混ざっている気配の者も居る。
「ああ、気付かれましたか。我々、人や魔族のはみ出し者の集まりなのですよ」
「ハーフの者も多いですな。まあ、我々はこの通り変わり者ゆえ種族でどうこういう者はいませんからなぁ」
「はは、違いない。むしろ好みの違いで喧嘩する事の方がしょっちゅうなのです」
「お前は特殊すぎるんだよ! なんだよ太ももは細い方がいいって馬鹿だろ。太ももは太いから太ももなんだろうが」
「あ゛ぁ゛!? テメェこそクソだろうが。男の娘をわざわざ性転換させるとか馬鹿なの? 死ぬの? お前はなんにも分かってない」
「んだとこらぁ!」
「あははは。ほーら、喧嘩はらめでーっす。ひっく……」
おっと酔いが回ってきたなぁ。
竜は基本いくら吞んでも酔わないが、あえてアルコールを分解せずに体に取り入れる事も出来る。
だって酒って酔う為に飲むんだし。お酒最高。お酒は現実を忘れられる。
でも成程ねぇ……。だいぶ特殊な人たちの集まりだけど、人や魔族がこうして一つの集団として成立してるとか、とっても素晴らしいじゃん。
「……人間も魔族も君らみらいに、もっと仲良くしたらいいろりねぇ……」
「「「「…………」」」」
私の言葉に、彼らも困ったような笑みを浮かべた。
「本当に……そう出来れば、いいのですけどな」
「左様。真祖様はそんな分け隔てない世界を望んでおられたのです」
「こうして酒を酌み交わし、ただ笑い合う。それだけでよいのだと……」
「『争いなぞ性癖の違いだけでいい』……真祖様の残したお言葉です。人も魔族ももっと楽しく暮らせればいいのですがね……」
うん、志は本当に立派だと思うよ真祖様。残した言葉はとても残念だけど。
「いやぁー、いいねぇ。こんなにお酒が美味しいなんて久しぶりだよ……ひっく。あぁ、気分いい。うんうん、平和が一番らぁ。戦争なんて仕事が多くなるばかりでホントくっだらないよねぇ」
「「「「そうだ、そうだ」」」」
「……んじゃ、わらひが止めたげよっか? ヒトとマゾクのぉせんそー。ひっく……」
「「「「……え?」」」」
決してこれは『仕事』じゃない。
こんなに美味しいお酒をご馳走になった彼らへの恩返しだ。
仕事はしたくないけど恩には報いたいよねぇ、ひっく。
「んじゃ、ちょっと戦争を止めてくるにゃぁ~……あれぇ? 目がぐるぐるするぅ……」
そう言って私はバタンと倒れた。
――倒れたアマネを男達は困った様子で見つめる。
「お、おい。この人、酔いつぶれちゃったぞ?」
「うーん、とりあえず家の中に運ぶか。……あれ? なんかこの人、うっすら透けてないか? うっぷ、俺達もだいぶ酔っちまったなぁ……」
「あはは、人が透けるわけ……透けてるな。ん……今、なにか空で光ったような?」
「流れ星か?」
「いや……それにしては妙にうねってたような……。まるで生き物みてーに……」
とりあえず半透明になったアマネを彼らは家屋に運ぶことにした。
隣の部屋にポアルも寝ていたのだが、あまりにも尊すぎるご尊顔に彼らは祈りを捧げ、静かに帰って行った。
――幻竜と呼ばれる竜種が存在する。
文字通り幻を操る竜で、力が増せば増す程、生み出す幻は現実への干渉力を強めてゆく。
そしてアマネは幻竜の中でも更に希少な『夢幻竜』と呼ばれる竜種であった。
夢幻――すなわち夢と幻。アマネは夢を現実に、現実を夢に変える事が出来る。
現実は夢に浸食され、一時的に世界は改変される。
それはこの世界に竜王を、竜王のままに世界に顕現させる唯一の方法。
夢の竜が現実に顕現し、世界は眠り夢を見る。
竜王が存在するという夢を。
「ォォオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」
竜界最強と謳われる竜王。その酒癖の悪さは竜界最凶にして最悪。
とどのつまり真相は――
『戦争はらめらぁあああああああああああああああああああああああッ』
――――ただの酔っ払いによる乱入である。
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