第40話 竜王様、戦争を終結させる


「馬鹿な……なんだ、あの化け物は……」

「ドラ、ゴン……?」


 その異様にアズサもマケールも、気絶から目覚めた騎士達も、不死王を除く誰もが息をのんだ。

 あり得ぬほどの魔力、あり得ぬほどの威圧感。あり得ぬほどの圧倒的な力の差。

 その場にいる誰もが理解したのだ。アレは自分達が逆立ちをしても敵う相手ではないと。


『おぉ、我が主よ。それが貴方の真のお姿なのですね。なんと……なんと美しい……』


 不死王は敬虔な信者のように両手を合わせ、祈りを捧げる。

 アズサとマケールは一歩も動けなかった。力の差を理解するという行為すらおこがましい。

 太陽に喧嘩を売る人間なんて存在しない。アレはそういう次元の存在なのだ。

 ただそこに居る。ただそれだけであまねく全てに影響を与える程の――。


「成程……アレが不死王の主か。にわかには信じられんかったが、確かにあれほどの存在であれば、不死王が傅くのも頷ける。……どうやら、今度こそ本当に年貢の納め時のようだな」


アマネの瞳がぎょろりとマケールの方へ向けられる。マケールは今度こそ死を覚悟した。


『お前が魔族の王様らぁ?』


「……いや、儂は魔王様に仕える四天王の一人に過ぎん」


『ふーん、ならここに魔王ってのを呼ぶらぁ』


「何を言って……そんなの出来るわけが――」


『うらぁ! 召喚魔法ヨビダースらぁ!』


 アマネは召喚魔法を使い、その場に魔王を召喚した。ついでに何故かアイも一緒に。


「な、なんじゃここは? 儂は魔王城に居たはず?」


「え、ここって不朽の森の近くやないか……? なんでウチらがここに?」


「ま、魔王様!? それにアイまで……? し、信じられん……」


 マケールは戦慄する。転移魔法は莫大な魔力を消費し、高度な魔道具を必要とする。それをいともあっさりとやってのけるなんてあまりにも規格外だ。……正確にはアマネが使ったのは転移魔法ではなく、それよりも遥かに高度な召喚魔法なのだが、流石にマケールは気付けなかった。


『んで、次は人間の方らねぇ……ひっく』


 アマネは再び召喚魔法を使い今度はパトリシア姫とピザーノ大臣を召喚する。


「な、なんですの、ここは……?」

「ぬっふぅ……? 急に景色が変わったと思ったら、どうして勇者様が目の前におられるのですぅ?」


 混乱する一同に向けて、アマネは満足そうに頷く。


『よし、これで揃ったらぁね。んじゃ、お前らとっとと戦争止めるらぁ……ひっく』


 あまりにも無茶苦茶な要求だった。というか、召喚された誰も状況を理解出来なかった。


「な、なにを言って……というか、アズサ様、この状況は何なのですか?」


「いや……私にもなにがなんやら……?」


「……ぬひっ!? あ、あそこに居るのは不死王……!? ひ、ぶっひぃぃ……お許しを……どうかお許しをぉぉ……」


 パトリシア姫は混乱、アズサも状況をまだ理解出来ず、ピザーノは不死王の姿を見て怯える始末。


「うぅ……なんなのじゃ、この状況はぁ……。アイぃ、マケールぅ……余、怖いのじゃ……」


「魔王様、泣かんといて……。ウチもなにがなんやら……。マケール、説明してくれへん?」


「その……なにから話せばいいのか……」


 魔王は泣きだし、アイはそれをあやし、マケールは何から説明すればいいのかと困惑顔。


『ひっく……なんらぁ? さっさと戦争やめるんらぁ……。じゃなきゃこうらよ……ひっく』


 アマネは尻尾をちょっと動かした。


 ちゅどん。


 次の瞬間――山が吹き飛んだ。


「「「「……は?」」」」


 皆、何が起こったのか、分からなかった。


『もしくはぁ、こうしてぇ……こうら』


 アマネが指をくいっと上げたら、大陸が海苔のようにべりべりと剥がれた。

 剥がれた大陸は空高く舞い上がり、ボロボロと山やら町やらが重力に従って落ちてゆく。

 更にアマネはふぅーっと優しく息を吐くと、それは凄まじい暴風――というか衝撃波となって海に激突し海面を割った。

 凄まじい衝撃で空高く打ち上げられた大量の海水は、同じく剥されて空に浮かんでいた大陸へと降り注ぐ。

 覆水が盆に返るというなんとも奇妙な光景が広がる。

 それはまさしくこの世のモノとは思えぬほどの。

 その光景に、誰もが目を点にした。

 開いた口が塞がらなかった。


「な、ななななな、なんですのこれは……? 私は夢でも見ているのですか?」


「ぬっひ……ぬひひひ……ひ、姫様、これは夢ですよ。そうに違いありません……ふひっ」


 パトリシアとピザーノはその光景にガタガタと震えあがる。ある意味では、ピザーノの現実逃避の言葉がまさしくその通りなのだが、そんなこと気付けるわけもない。


「あ、あわ……あわわわわわ……アイィィ、マケールゥゥ……なんなのじゃこれは……儂は夢でも見ておるのか?」


「イーガちゃん、う、ウチの傍を離れるんやないで……。マ、マェールはん、これどうすればいいんや? ウチら死ぬん?」


「呂律が回っておらんぞ、アイよ。お主は魔王様の傍を離れるな。儂は……正直、この状況でなにか出来るとも思えんが……まあ、盾くらいにはなろう。役目を果たせるとも思えんがな……」


 半泣きでアイにしがみつく魔王イーガに、それを必死に宥めるアイ。マケールは比較的冷静であったが、この状況で何が出来るとも思えなかった。


「……すごい」


 そんな状況の中、アズサはどこかキラキラした瞳で空に浮かぶアマネを見つめていた。


『ん~~まだ反応が弱いらぁ? んじゃあ最後にこうらぁー』


 アマネにパチンと指を鳴らすと、空がガラスのように砕け散り、巨大な星々が天から降り注いだ。

 それらは大陸を焼き払い、海を干上がらせ、あまねく全てを飲み込み、崩壊させてゆく、


 ――この世の終わり。


 終末と呼ばれる光景が目の前で再現されたのだ。

 あまりにもあっさりと、あまりにもあっけなくこの世界は終わりを迎えた。

 世界が滅びる様を、圧倒的な力の差を、彼らはまざまざと見せつけられた。


『んで、元に戻れ~』


 そして次の瞬間には全てが元に戻っていた。


「「「「………………?」」」」


 世界は終わった。だがそれはあくまで夢の中での話である。

 泡沫の夢。現実と夢を混ぜ合わせ、改変し、そして夢から覚めれば元に戻る。それが『竜王』アマネが持つ規格外の能力である。


『まだ何か文句があらぁ?』


「「「「……ないです」」」」


 誰もが信じざるを得なかった。

 目の前の存在は、人智を超えた規格外の化け物であると。

 そんな化け物に、自分達の常識や都合など通じるわけなど無かった。


「……わ、儂としては願ったりかなったりじゃ。元々余は終戦を望んでいたからの……。うん、なんかもう諸侯の言い分などどうでもいいのじゃ。てか怖い、怖い、怖い、怖い……」


「……ワ、ワワワ、ワタクシも勇者様や騎士団の皆様が死なずに済むのであればそれに越したことはありません。ええ、どのような形であれ、平和が実現するのは素晴らしい事ですわ。お父様や諸外国にはなんと言えば……。だけど死にたくない、死にたくない、死にたくない……」


 皆、目が死んでいた。完全に心が折れてしまったのだ。


 ――圧倒的な暴力は全てを解決する。


 訳も分からないまま召喚されたパトリシアもピザーノも魔王もアイも、誰もがアマネに逆らうことなど出来なかった。

 だって言うこと聞かなきゃ、世界滅ぼすぞ? と脅されているのだ。

 しかもそれが冗談でもなんでもない。実現可能なのだから始末に負えない。

 鼻をかんだチリ紙をゴミ箱に捨てるように世界を終わらせることが出来ると理解させられてしまったのだから。

 圧倒的過ぎて『交渉』というテーブルにすら着けない。

 言う事を聞く以外の選択が無いのだ。


『うぃ~……もしまた戦争なんてしたらぁ。そん時は『めっ』だかんね……』


「「「「ヒェ……ッ」」」」


 ――滅せられる。


 彼らは心の底から怯えた。

 ちなみに言っておくが、これはアマネにとってはまだ『優しい』部類だ。

 竜界の竜はこの程度では喧嘩は止めない。世界を滅ぼそうが知った事かと喧嘩を続ける連中なのだ。そんな彼らをアマネが普段どうやって止めているかは知らない方がいいだろう。

 さて、そんな彼らを尻目に、唯一感銘を受けているのは不死王である。


『……中立を貫くのではなく、中立であるからこそ、争いを止めるとは……。成程、それが主様の考えなのですね。分かりました。この不死王、微力ながら主様の理想を叶えるべく邁進致します。……おぉ、やる気が湧いてきたぞ……!』


 またしてもアマネは不死王の思想に爆弾を与えてしまった。

 とはいえ、そんなこと知る由もないアマネである。

 彼女にとっては魔族と人間の戦争を終わらせる。それだけが重要だったのだから。

 子供のように浅はかで思慮が足りず、それでいて始末に負えない力と行動力。それが竜王と言う存在なのだ。

 とはいえ、それはあくまで竜界での話であり、この世界では自重しているつもりだった。


 ……アルコールでタガが外れてしまうまでは。


 果たして彼らにとってある意味不運なのか幸運だったのかはまだ分からない。


『……あ、ちゃんと記録は消して、『調整』はしておかんとれぇ……ひっく』


 そして酔っ払っていても、アマネはやるべき事は忘れなかった。

 中枢記録にアクセスし、自分が顕現した記録を抹消する。これをしなければ、夢と現実の改変に矛盾が生じてしまうからだ。

 無駄にそう言った細かい部分はちゃんとしている。


『そんじゃー、みんなー仲良くしらよぉ~~ばいばぁ~い……ひっく』


 こうして場を荒らしに荒らし、無理やり戦争を終わらせると竜王は帰って行った。

 残された者達はしばらく呆然とするしかなかった。

 こうして数百年に及ぶ人類と魔族の戦争は無理やり終結してしまった。

 他ならぬ竜王の手によって。

 それは図らずもアマネが竜界でやっていた仕事と全く同じであった。


 そしてここからこの世界は大きく変化することになる。


 望もうと、望むまいとに関わらず……。






あとがき

Q世界本当に大丈夫だったの?

Aギリギリぶっ壊れそうだったけど、なんとか直した

 ……夢の世界とはいえ現実への影響は確実にあるので

 実際はマジで危なかったです

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