第35話 勇者ちゃん、四天王と対峙する


 一方その頃、アズサは不朽の森の近くに居た。


「今日の訓練はここまでにしましょうか」

「はい、お疲れ様です」


 モンスターとの実戦も終え、後はテントで休むだけだった。


「……ん?」


 撤収の準備を進めていると、ふと何者かの気配を感じた。

 それは騎士団長も同じだったらしい。アズサを後ろに下がらせると、剣を抜いて茂みの方を睨めつけた。


「そこに居るのは誰だ? 出てこい」


 騎士団長の言葉に全員が一斉に警戒態勢に入る。

 ややあって暗がりから何者かが姿を現した。


「驚いたな。気配は完璧に消していたと思ったが……。やはり楽には殺せぬ相手のようだ」


 現れたのは額に角を持つ老齢の魔族だった。

 槍を携えたその様は歴戦の猛将という言葉がぴったりと似合う。


「お初にお目にかかる。魔王軍四天王の一人マケール・スグニという」


「……は?」


 アズサはその名前を聞いて一瞬ポカンとなったが、騎士団長たちの反応は違った。


「マケールだと……!? 嘘だろ……」

「魔王軍四天王最強と云われる男じゃないか……」

「一切の敗北を知らないといわれる猛将……。なんという気迫……ッ」


 どうやら目の前の魔族は相当に有名な存在らしい。


(確かになんて魔力……)


 アズサはこれまでの訓練で多少は魔力を感知できるようになった。

 この世界の人間はほぼ魔力の大きさが強さに直結する。魔族も同じだ。

 そしてマケールから感じる魔力の今まで出会った誰よりも大きかった。

 アズサはアホみたいな名前に気を取られた自分を恥じた。

 目の前の相手は全力を出しても勝てるか分からない程の化け物なのだ。全員が臨戦態勢に入る。


「勇者よ、その首――貰い受ける!」


 マケールが叫ぶ。

 同時にマケールの姿が消えた。

 次の瞬間、アズサの隣に居た騎士が吹き飛んだ。


「アズサ様! あぶな――がはっ……!?」


「ほう、咄嗟に勇者を庇ったか。良い判断だ」


「……え?」


 アズサは何が起きたのか理解出来なかった。

 気付けば、マケールが隣に立っていた。

 驚愕、混乱。全身を突き抜けるかのような焦燥感。


「ッ……!」


 隣の騎士が咄嗟に自分を庇ってくれたのだと脳が理解するよりも早く、アズサは反射的に後ろへ跳んだ。


「良い反応だ」


「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 アズサを守るように、騎士団長が前に出る。

 いつも優しげな笑みを浮かべているその顔には一切の余裕がなかった。

 騎士団長は剣を抜くと同時に魔法を付与する。速度を極限まで高めた一太刀はまるで閃光のようであった。騎士団長の最強にして最速の攻撃手段。

 長年の経験と勘が告げていた。

 コイツを倒すには、最初から切り札を使うしかないと。


「ふむ、良き腕だ」


「なっ……!?」


 しかしその一撃はマケールの首筋に当たるほんの数ミリ手前で止まる。マケールの持つ槍が騎士団長の剣を完璧に防いでいたのだ。

 槍には傷一つなく、マケールも不動。

 それは余りにも明白な圧倒的な力の差。


「――【眠れ】」


「しまっ――」


 マケールの声を聞いた瞬間、騎士団長は崩れ落ちる。マケールの魔法で眠らされてしまったのだ。


「……攻撃が防がれて動揺したか。よほど今の一撃に絶対の自信があったらしい。揺らいだ心に昏睡魔法ネムールはよく効く……」


 あまりにも一方的な展開だった。

 次々と騎士たちは倒されてゆき、あっという間に残るはアズサとダイ君だけになってしまった。


「……嘘」


 アズサがそう呟くのも無理はない。

 この数日でアズサは彼らの強さをその眼で見てきたのだ。決して弱いわけがない。ただ目の前の男が強すぎるのだ。


「安心しろ、コイツらは殺しはせん。儂の標的はあくまで勇者きさまのみ」


「くっ……」


「ダイーーー!」


 思わず後ずさるアズサを守るように、ダイ君が前に出る。その異様に、思わずマケールは面食らった。


「……な、なんだこの珍妙な生物は?」


「ダイ! ダイ! ダィィイイイイイ!」


 ダイ君の突撃。

 流石に勇者の剣の台座が動くなど、マケールにとっても驚きだったらしい。

 その隙を見逃さず、ダイ君はマケール目掛けて思いっきり体当たりをする。


「がはっ……!」


 その一撃は凄まじいの一言だった。

 ダイ君がマケールに激突した瞬間、地面が波紋状に砕け、その中心は大きく陥没したのだ。

 それは小さな隕石が衝突したかのような衝撃。

 当然、それを喰らったマケールも無事では済まなかった。鎧が砕け、その鋼のような筋肉が剥き出しになる。ゴポリと血を吐いたその顔には苦悶の表情が浮かんでいた。


「ぐ、うぅ……凄まじいな。だが――」


「……ダィィ」


「ッ……駄目! ダイ君! 避けて!」


 それは捨て身の攻撃であったのだろう。

 ダイ君の動きは明らかに鈍っていた。

 咄嗟にアズサが叫ぶがもう遅い。


「喰らえぃ!」


 マケールの渾身の槍撃がダイ君へと突きつけられる。

 それは先ほどのダイ君の体当たりを遥かに凌ぐ威力。槍はダイ君の体を貫通していた。


「ダ……ダィィ……」


 バキッと、ダイ君の体が砕け散った。


「そ、そんな……ダイ君……ダイくーーーーーーん!」


 アズサが叫ぶ。


「ダイーーーーーーーーーー!」


 その隣でダイ君も叫ぶ。


「――ってうわぁ!? びっくりした! ダ、ダイ君生きてるの……?」

「ダイッ」


 アズサは先ほどまでダイ君が崩れていた場所を見る。

 そこには確かにダイ君の砕けた体があった。


「ど、どうやって……ん? よく見ると一回り小さくなってる?」

「ダイー!」


 アズサはダイ君の体が小さくなっているのに気付いた。

 マケールは砕けた破片を槍で払う。


「……成程、ガワだけを身代りにした目くらましか。よくできている」

「ダイー♪」


 ダイ君は手を側面に当てて、胸を張るようなポーズ。

 してやったりと思ったのだろう。

 心なしかポアルの「むふー」に似た雰囲気がした。

 それを見て、マケールはふっと笑みを浮かべる。


「……片手間で倒せる相手ではないか。良いだろう。勇者の剣の台座、ダイ君と言ったか。貴様を儂の敵と認めてやろう。全力で相手をしてやる。かかってこい!」

「ダイー!」


 ダイ君が再びマケールに向けて突貫する。

 対するマケールも槍を器用にさばき攻撃をいなす。

 ダイ君は更にターボモードへ変化し、速度を強化。

 だがマケールも負けじと食らいつく。


「ダイ!ダイッ!ダィイイイイイイイイイ!」

「舐めるな台座如きがああああああ!」


 両者一歩も引かぬ熾烈な攻防。


 そして――それを見てアズサは思う。



「…………狙われてるのは私のはずなのに、なんか蚊帳の外な気がする……」


 勇者、ただ立ってるだけ……!

 圧倒的傍観……!

 次回へ続く。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る