第36話 勇者ちゃん、覚醒する
熾烈な攻防を繰り広げるダイ君と魔王軍四天王マケール。
しかしその攻防は次第に、マケールへと形勢が傾いていった。
ダイ君の動きにマケールが順応し始めたのだ。
「凄まじい力と速度だが動きが単調だ! 実戦経験がまるで足らん!」
「ダ、ダイィ……!? ダイッ!」
バキンッと、マケールの槍に貫かれ、ダイ君が砕ける。
勿論、身代りだ。
二度目の身代りによって、ダイ君の体は更に一回り小さくなっていた。
「ダィ……ダィィ……」
「成程……その身代わり、ばれにくくよく出来ているが、文字通り身を削っているのだろう? そう何度も使える手ではない。身代りを使うたび、貴様の力は落ちている」
「ッ……!」
マケールの推測は当たっている。
ダイ君は既に二回の身代わりを使った事で、その力は既に半分以下まで落ちていた。
「ダイ君! もう止めて! それ以上は……」
「ダ……ダイィィ……」
アズサが叫ぶが、ダイ君は拳を握りしめてマケールの前に立つ。
なんとしてでもアズサを守る、と宣言しているようにも見える。
その気迫、その姿勢は、どう見ても台座が放つそれとは思えなかった。
「凄まじい気迫だな……。将級……いや、王級の魔物にも匹敵するやもしれん。姿は珍妙だが先祖返りを起こした魔物か。……そう言えば、遥か古代には、山よりも大きく群れると爆発を起こすという奇妙な岩の魔物が居たと聞くな……」
「ダイィィ……?」
ダイ君にはマケールの言っている意味は分からなかった。
しかしこのままでは負ける事だけは明白だ。
「ッ……! ダイ君、剣を私に!」
「ダ、ダイィ……?」
「このまま見てるだけなんて出来ないよ! 私も戦う! 一緒にコイツを倒そう!」
アズサはダイ君へと近づくと、頭に刺さった剣を抜く。
その手は震えていた。怖いのだ。
「……震えているではないか。そんな弱腰で本当に戦えるのか? 異世界の少女よ?」
「……確かに怖いです。我ながら情けないと思います。最初は異世界チートでひゃっほーいって思ってたけど……全然強くならないし、ダイ君ばっかり強くなるし……。それに……こんなに……」
アズサは周囲を見渡す。
自分を守って倒れた騎士達の姿があった。
「……命懸けの本当の戦いが、こんなに怖いだなんて思いませんでした……」
不朽の森でも何度も魔物と戦った。
しかし、それは周りに騎士に守られての安全な戦いだった。
こんな命懸けの戦いなど、今まで経験していなかった。
それがこんなにも怖いとは思わなかったのだ。
目の前の
圧倒的な暴力がここまで怖いとは思わなかった。
目の前で親しい者が、仲間が傷つく事がこれ程までに心を抉るとは思わなかった。
「ならば――」
「でもっ!」
マケールの言葉を遮ってアズサは声を上げる。
「そんな私にだって意地があります! どんなに情けなくたって、弱くたって、逃げちゃいけない状況がある事だって! 私を守って戦ってくれた騎士団の為にも! 今もこうして守ってくれているダイ君の為にも!」
ダイ君が競り負けている相手に、自分が敵うとは思えない。
だがアズサは勇者だ。この剣の――ダイ君の主だ。
ならばそれに恥じない姿を示さなければならないのだ。
「アナタを倒す! 私はアズサ! ダイ君の主、勇者アズサだ!」
「ダイィィ……」
その姿にダイ君は感激した。
そうだ。これが勇者だ。これが自分の主アズサなのだ、と。
「ふっ……成程、認識を改めよう。どうやらお主はただの腑抜けた少女ではないらしい」
その姿に、マケールも考えを改める。
目の前の少女は確かに勇者だ。
力はまだ未熟でも、その心は既に勇む者――勇者であると。
「では
「……なんですか?」
「アマネという女はどこに居る?」
その名前を聞いた瞬間、アズサは自分の鼓動が高鳴るのを感じた。
「……それを聞いてどうするんですか?」
「我々の元へ連れてゆく。どうやって貴様らが彼女を縛り付けているかは知らんが、彼女はここに居るべき存在ではない。儂は解呪の心得もある。彼女の縛りを解き、自由と本当の居場所を与えるのだ」
「連れて行く……? アマネさんを……?」
「そうだ。安心しろ、彼女は我らが同胞として手厚く――」
「ふ ざ け ん な 」
その瞬間、アズサの中で何かが切れる音がした。
それは、それだけは断じて許せなかった。
気が付けば震えが止まっていた。
先ほどよりもさらに強く剣を握りしめる。
「アマネさんを連れていく……? ふざけないでよ。そんな事、許されるわけないでしょうが……!」
それだけは絶対に許容できない。沸々と怒りがこみ上げる。それは湯気のようにアズサの体から魔力となって溢れ出した。
確かにアズサはこの世界に来てから浮かれていた。
アズサは漫画やアニメが大好きだった。特に異世界モノは一番好きなジャンルだ。こんなテンプレな異世界召喚、心が踊らない訳がない。
だがこの世界に召喚されて一番うれしかった事。それはアマネに出会えたことだ。
一目惚れだった。見た瞬間に胸が高鳴った。一緒に暮らし始めてからはもっと好きになった。
そう――この気持ち、正しく愛だ。
これからもアズサはアマネと一緒に幸せに暮らすのだ。好感度を稼ぎまくり、ロマンチックな初夜を迎え、結婚し、永遠に仲睦まじく暮らすのだ。
カッ! とアズサの瞳に光が宿る。
「アマネさんは私のものだあああああああああ! 誰にも渡すもんか! ふざけんな! こちとら召喚される前から女の子が大好きなんじゃいっ! ようやく念願かなった異世界召喚だぞ! 中世ナローッパな異世界なら! 選ばれた勇者なら! 美少女ハーレムを作ろうが、女の子同士で結婚しようが許されるんだああああああああああああああ!」
「…………は?」
「…………ダィ?」
マケールはアズサが何を言っているのかさっぱり理解出来なかった。
その隣でダイ君すらも頭に「?」を浮かべていた。
しかしあろうことか世界はアズサの想いに応えた。
ゴゥッ! とアズサから凄まじい魔力が溢れ出したのだ。
余りにも強すぎる煩悩が肉体を凌駕し、魔力となって溢れ出しているのだ。
これが想いを力に変える勇者の力。……そう言えば聞こえはいいが、実際は煩悩にまみれまくったただの欲望ある。
「アマネさんは渡さない! 私が絶対に守る! アマネさんと結婚して子供を産むのはこの私だ!」
さらっと気持ちの悪い事を宣言するアズサである。
過程はどうあれ、先程までの腑抜けた姿は鳴りを潜め、そこに立っていたのは一人の戦士であった。それでいいのか勇者よと誰もが思わなくもないが、まあ仕方がないのだ。それがアズサという人間なのだから。
「ふっ……、正直何を言っているのか皆目分からんが、お主にも譲れぬ信念があるのは理解した」
いや、マジで全然これぽっちも理解はしていないのだが、マケールはスルーした
彼は相手の意見をみだりに否定したりはしない。
多様性は大事。そう思う事にした。
「まったくこれだから勇者は厄介なのだ。他者を守る時に発する『力の揺れ幅』が尋常ではない。低い時は先ほどのように無様極まりないが、高い時はどこまでも上昇する」
改めてマケールはアズサを見る。今度は標的ではなく、一人の『敵』として。
「……勇者よ。名は?」
「……
「良い名だな。そういえば勇者よ。貴様先ほど、儂の名乗りに対して呆けたな。儂の名は貴様らにはさぞかし滑稽であったかな?」
「え、いや……それは、その……」
アズサの反応に、マケールは苦笑する。
「図星か。だがこれは我ら魔族の古い風習なのだよ」
「え……?」
「あえて忌み嫌われる言葉を名にすることでその意味を払う、というな。もっともすでに廃れた風習でもある。若い世代の感性には合わんかったのだろうな。儂のような年寄り共や魔王様くらいだ。名ではなく性の方に忌みをつけられた一族には同情するがな」
「……そういう事だったのですね」
日本のアイヌ民族にも似たような風習が存在する。
子供の頃にあえて汚い名前を付け、病魔に嫌われ、良い神にも必要以上に好かれ攫われないようにするのだ。そして成長してから本当の名前を付けるという風習だ。
魔族にも似たような風習があるのだなとアズサは思った。
「儂はこの名を背負って戦場に立つと決めた。それ以来、ずっと負けた事がない。当然だ。儂が負けるという事は魔王様の顔に泥を塗る事。魔王様に忠誠を誓った戦士が『すぐ負ける』などという事はあってはならないのだよ」
故に、とマケールは続ける。
「儂は誰にも負けるわけにはいかん。もう一度問う。アマネの居場所を言え。そうすれば苦しまずに殺してやる」
「お断りします。あと殺されるつもりもありません。ダイ君、いくよ」
「ダイ!」
アズサは両手で剣を構える。
ダイ君も背中か生やしたジェットエンジンを高らかに吹かし力を溜める。
対するマケールも槍を高く構える。
「面白い。では勇者、そしてダイ君よ、よいざ尋常に――」
マケールが踏み込む。アズサとダイ君の間合いへ。
「勝負ッ!」
マケールの音速を超えた一撃。
その姿を、アズサは捉えていた。
今度は見えたのだ。
感情によって増幅した魔力は神経速度を加速させ、マケールの動きを、攻撃の軌道をはっきりと視認させる。
「やぁあああっ!」
「ダイィイイイイ!」
アズサも剣を振るう。
魔力を込めた渾身の一撃。こちらもまた音速を超えた一撃であった。
ダイ君も音速を超え、空気との摩擦によって熱が生じ、体を赤く輝かせる。
剣と槍。そして体当たり。本来であれば間合いが最も長い槍が有利。
だがあえてマケールは相手の――アズサとダイ君の間合いに踏み込んだ。
それは魔王軍四天王としての、そして武人としての矜持だったのだろう。
三者三様の一撃が交差する。
その瞬間だった。
『――――――――五月蠅いぞ』
声が、響いた。
心臓が止まるかと思う程の冷ややかな声音。
アズサも、ダイ君も、マケールですら、死闘の最中でありながら攻撃を止めた。止めざるを得なかった。
それ程までに、その声は圧倒的な存在感を放っていた。極限まで高めた魔力が一瞬にして霧散する。
その声の主はゆっくりと森の中から現れた。
『なんの騒ぎだこれは?』
死神の様な大鎌を携えた異形の骸骨――不死王が、そこに居た。
あとがき
さらっと出てきたこの世界の魔物の階級について。
下から順に
下級 弱い
中級 普通
上級 強い。アマネが朝食にした猪がこのランク
将級 凄く強い。個体名が付けられる
王級 滅茶苦茶強い。発見された場合、歴史に名が残る
災害級 ヤバいくらいに強い。千年前の不死王がこのランク。実質的な魔物の最上位
神災級 歴史上、存在が確認されていない階級
仮に居れば、存在するだけで世界に影響が出る
どんだけ戦力集めようが、どーにもなんないレベル
この世界に居ちゃいけない存在。元の世界に帰れ
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