第33話 竜王様、金に目がくらむ


 目の前に積まれた山のような金貨に呆然となる。


「あまね、お金いっぱい……」

「うん、すごいね、ポアル……」


 その圧倒的光景に私とポアルは思わず肩を寄せ合って震えてしまう。

 これだけあれば勝ちまくりモテまくりが……金貨風呂が出来ちゃうんじゃなかろうか?


「せ、世界中からかき集めてきたんですか?」

「……いや、普通にボクのお小遣いだけど……」

「!?」


 個人でこれだけの金貨を所有してる、だと……!?

 おこづかい? おこづかいってなに? 世界中枢記憶にアクセス。

 へい、世界中枢記憶アカシックレコード、教えて。


【お小遣い】小遣銭に同じ。こづかいせんとも呼ばれ雑費に当てる金銭。

      生活に必要な金銭とは別に自由に使えるお金の事。

      

 つまり――お小遣いだ。


(あわ、あわわわわ……この人、とんでもないお金持ちやぁ……)


 てかさっき玄関でこれくれるって言ったよね?

 貰っていいの? 

 いくらくらい? 

 三枚? 出来れば五枚くらいなら嬉しい。 


「あまね、あまね。これだけあったら豚の串焼き何本食べれる?」


「毎日お腹いっぱい食べてもう飽きて食べたくないって言えるくらいにはあるかな」


「すごい! 飽きるまで食べれるとか私絶対飽きない! つまり毎日豚の串焼き祭り!?」


「そうだよ! 毎日串焼き! 金貨のお風呂で勝ちまくりモテまくりだよー!」


「うわー! すごいすごい!」


「凄いよー! お祭りだよひゃっほーい!」


「……なんですか、この頭の悪い会話は……」


 博士っぽい人……名前はサッシーさんだっけ? その後ろに控えた男の子――ジョシー君が溜息をつく。


「ジョシー、失礼だよ。すまないね。この子、頭はいいんだけど、礼儀を知らないんだ。許してやってくれ」


「はぁ、別に構いませんけど」


「ありがと。それで本題なんだけど、君って魔力が無いんだって?」


「はい。魔力水晶でそう判定されました」


「……なるほど、そう“判定された”ね。じゃあ、本当はあるのかい?」


「……え?」


 一瞬、私はポカンとなる。


「うん。今の反応で確信したよ。どうやら推測が当たっていたようだ」


「え、博士。それじゃあ、本当に……?」


「そうみたいだねー。これは困った」


 お手上げだ、とサッシーさんは手を上げる。


「あの、さっきから何の話ですか?」


 全然理解出来ないんですけど。


「ああ、すまない。順を追って話すよ」


 サッシーさんはここに来た経緯を私達に説明した。


「……――なるほど。それで私が本当に魔力が無いのか確認に来たと」


「うん。結果は僕達――というか、国にとっては一番最悪な結果なわけだったんだけどね。歴代最強の魔王の更に五百倍以上の魔力の持ち主を追放とか馬鹿みたいだし」


 サッシーさんはあっはっはと笑う。


「そういう割にはまるで焦ってないように見えますけど?」


「んー、焦って解決するなら焦るけど、焦って解決しないなら焦るのは時間の無駄だ。人生は有限なんだ。時間は有意義に使わないとね」


「はぁ……」


「それで、単刀直入なんだけどさ、この国とは敵対しないで欲しいんだよね。上層部の意向とかはどうでもいいんだけど、ボクの好きに研究させてくれるし、ボクはこの国が気に入ってるんだよ。だから滅茶苦茶にされたり、滅ぼされたりしたら悲しいかな」


 全然悲しそうに見えないですけど。というか、別に敵対するつもりはない。

 それよりもこの金貨だよ。さっきから気になって仕方ないんだけど。

 サッシーさんも私の視線に気付いたのだろう。


「さっきからずーっと視線が金貨に釘づけだけど、そんなにお金が欲しいのかい?」


「…………欲しくないといえば嘘になります」


「じゃあ、もし仮にこの金貨全部あげる って言ったら、この国とは敵対しないって約束して――」


「します! もう全然します! 未来永劫この国には逆らいません! 誓約書だって書きます! 血判付きで!」


「お、おぅ……そう? そこまでお金に困ってる風には見えないけど、そんなにお金が好きなの?」


「嫌いな人なんているんですか?」


 むしろこんなキラキラしたコイン大好きに決まってるでしょうが。

 竜界だったら、これ一枚で戦争が起きるよ。

 決めた。私、竜界に変える時にはポアルとミィちゃんと山のような金貨を持って帰る。

 それで他の竜共に自慢してやるのだ。くっくっく、竜共の悔しがる顔が目に浮かぶ。


「あまねすごく悪い顔してるよ」

「おっと失礼」


 思わず顔に出てしまった。


「うーん、確かに好きか嫌いかで言えば、嫌いな人なんていないんじゃないかな? 余程お金で痛い目を見た人以外はあって困るものじゃないし。それにボクも研究職である以上、お金は必要不可欠だからね 」


「そうでしょう。でもまあ、私の場合、普通の人とは好きの基準が違うかもしれませんけどね」


「というと?」


「私は貨幣としてじゃなく金貨そのものが好きなので。あ、勿論貨幣としても好きですよ。豚の串焼きとか、魔道具とか、宝石とか好きなものと交換できますから」


「ふーん……」


 サッシーさんは興味深そうに私を見つめてくる。


「ひょっとしてアマネさんって人間じゃないの? というか、ひょっとしてもう一人の勇者……アズサさんとも違う世界から来たとか?」


「……どうしてそう思うんですか?」


 その質問に私はちょっと驚いた。この世界に来てそんな風に質問する人は初めてだったからだ。


「うーん、どうにも君には貨幣経済って概念そのものが希薄に見えてね。まるで貨幣が存在しない世界から来たような口ぶりだ。同じ勇者として召喚されたアズサさんには形は違えど、貨幣経済の知識や概念があった。それが君には感じられない」


 へぇ……、面白いなこの人。

 今のやり取りだけでそこまで分かるんだ。

 ……じゃあ、いっその事喋ってみるか。どんな反応をするかな?


「あ、分かります? 実は私、竜なんです」


「あはは、面白い冗談だね」


「やっぱり冗談に聞こえるんですね」


「…………マジで?」


「一応、マジです」


 サッシーさんの顔から笑みが消えた。冷や汗が浮かんでいる。

 それは私にとっても『予想外』の反応だった。


「へぇ、信じるだね……」


 今まで何度か『試した』けど、私が竜だと信じた人はポアル以外一人もいなかった。

 アズサちゃんですらそうだ。

 どんなに私が自分の事を竜だといっても信じない。

 ただの冗談としか受け取らない。

 最初は常識的な判断でそう感じているのかとも思ったが、反応を見るにつれてそうではないと思い始めた。


 ――この世界の生物は竜という存在を根本から信じれないように出来ている。


 それも脳ではなく、魂そのものに刻まれているのではないかというレベルで。

 おとぎ話の空想の産物としてなら認識しても、それを現実のものとは絶対に信じない。

 そういう風に出来ているのだ。

 ポアルの場合は私の眷属になったから認識できるけど 、この人は違う。

 間違いなくこの世界の人間でありながら、私の冗談を『真に受ける』事が出来る程度には、竜という存在を認識できているのだ。


(…………面白いね)


 多分、この時が初めてだったのかもしれない。

 私がこの世界で初めて『人間』という存在に興味を持ったのは。

 そんな興味の対象となった『人間』は唸りながら頭を捻っている。


「うーん、とても信じられないけど、あり得ない魔力量からするとあり得ない事があり得ちゃうのかなー」


「は、博士、信じるんですか?」


「うーん、不思議な感覚だね。信じてもいいのに、ボクの脳がそれを拒否している。とても興味深い現象だ」


「ふふ、本当に変わった人ですね」


「よく言われるよ。ま、ともかく君が竜だろうが、魔王だろうがなんだっていいんだ。大事なのはボク達に敵対しないでくれること。平和が一番だからね」


「それは私も同意見です」


 平和が一番。休暇も一番。まったりのんびりゆるい生活こそ至高。


「ま、そういう事なら仲良くしてほしい。あ、お茶頂くね。……ん? これ美味しいね。なんて茶葉使ってるんだい?」


「あ、分かります? 緑王樹の葉を使ってるんですよ。美味しいですよね」


「ぶほぁっ!?」


 うわっ、きたなっ! ちょ、盛大に吹かないでよ。 

 あー、金貨がびちょびちょじゃないか。


「りょ、りょりょりょ、緑……緑王樹!? あの伝説の! あらゆる怪我や万病に効くエリクサーの材料――アンブロシアがはえるといわれるあの緑王樹!? うっそぉぉおおおおお!?」


 サッシーさんは先ほどまでの冷静な表情が嘘のように取り乱して混乱した。いったい何をそんなに驚いているのだろうか。


「本当ですよ。現物見ますか? 庭に生えてるんで」


「りょ……緑王樹が庭に生えてる? そ、そんな世界の秘宝が家庭菜園みたいに生えるわけ……」


「ほら、あれ」


 私は隠蔽魔法カクレールを解除して窓の外を指差す。

 サッシーさんの顔がハニワみたいになった。


「――――あへぇ」


 どうやらあまりの衝撃だったらしく気絶した。……きったないアヘ顔で。


「あまね、この人どうしたの?」


「どうしちゃったんだろうね?」


 助手の人も完全にフリーズしてるし。夕飯までには帰ってくれないかな……。 


「とりあえず汚れた金貨磨こうか」

「みがく!」

「ミャゥ!」


 気絶した二人を放っておいて私達は金貨を磨くのだった。




あとがき

すいません

次回からちょっと更新ペースが三日おきになります

よろしくお願いします

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