第32話 竜王様、庭にドデカい樹が出来る


 今日はお店が休みなのでポアルと家でゴロゴロしていた。

 アズサちゃんは騎士団と訓練で夜まで帰らない。


「はぁ~、魔道具や回復薬作りも良いけど、こうしてゴロゴロするのもいいよねぇ~」


 ふっかふかのベッドで、ただダラダラする。これ最高だね。

 寝具は人類最高の発明品ではないだろうか。

 人類の英知は竜を上回ってるよ、絶対。


「あーむ。……うまー」


 そして手が届く範囲にお菓子や飲み物も常備しておく。


『こうしておけば、いつまでもダラダラできるんですよ。大丈夫です、周りのお世話は私がしますからアマネさんはいつまででもダラダラしてください!』


 さすがアズサちゃん。彼女のアイディアは素晴らしかった。

 気の向くままに食べて、気の向くままに寝る。

 はぁ~至福。マジ、至福。


「あまね! あまね!」

「ん? どったの、ポアル?」


 そんな至福の時間を楽しんでいると、外でミイちゃんと遊んでいたポアルが慌てて部屋に入ってきた。


「庭の木がなんかすっごくデカくなってる!」

「……庭の木?」


 いったい何だろうか?

 私はずるずるとベッドから這って外へ出た。


「おー、でっかいねー」

「でっかい!」

「ミャァ」


 庭に出てみると、確かにポアルの言う通り大きな木が生えていた。

 周りの木に比べて倍以上は伸びてる。それになんか葉っぱがキラキラ光ってる。

 それに魔力の気配。


「あー、これアレだね。緑王樹だ。私の故郷でもよく生えてたよ」


「あまねの故郷の木?」


「うん。私の故郷の木。懐かしいなぁー。夏になるとアンブロシアって実がなるんだけど、それが甘酸っぱくて美味しいんだよね」


「おいしそう! 私も食べてみたい」


「うーん、見た感じこれまだ若木だから、実がなるのはあと三年くらいかかるかな」


「えー」


 ポアルはすぐには食べられないと聞いてがっかりする。

 創造魔法で再現しても良いけど、それだと私は食べられないし、味も若干違う。

 あの実って私の魔法でも再現が難しいんだよ。


「大丈夫。実じゃなくて、葉っぱも美味しいんだよ」


「えー、葉っぱー?」


「うん。そのままじゃなくて、乾燥させてお湯を注げば美味しいお茶になるんだよ」


 よく腐蝕竜のディーちゃんともこれでお茶会をしたんだよね。

 お茶請けはディーちゃんの作った漬物だった。

 気分がよくなると、ディーちゃんすぐに周りを腐らせちゃうから、慌てて私の魔法で元に戻したんだよね。

 たまに何匹か近くに居た竜も巻き込んで腐らせちゃったりしちゃってね。

 それを戻すのが面倒で、全部まとめて再生させたらキング◯ドラみたいな姿になっちゃって、二人してつい笑っちゃったんだよね。懐かしいなぁ。私の数少ない穏やかな記憶だ。


「若い芽だけを摘んで乾燥させるの。一緒にやろう」

「やる!」


 私はポアルと一緒に若い芽を摘む。

 そう言えば、アズサちゃんの世界の「若い芽を摘む」って出る杭を打つみたいな意味だったっけ?


「うーん、それにしてもなんで庭に緑王樹が生えてるんだろ?」


 緑王樹は竜界でも魔素が豊富で土壌が豊かな土地にしか生えない植物だ。

 この世界は竜界に比べて大気中の魔力――魔素が極端に低い。

 それに大地の栄養も不足している。なのにどうして――、


『――ちなみに私の皮は栄養満点で竜界ではよくこれを肥料にして緑王樹を――』

『ばっちいよ! ベッド上に散らかってるし、はやく片付けよう!』


 …………あ。思い出した。

 そう言えば、こっちの世界に来たばかりの頃、私の脱皮したての皮をポアルが窓から庭に捨てちゃたんだった。


「あの時かぁー」


「……?」


 緑王樹とはいわば、植物たちの王。

 そして豊かな魔素と土壌さえあれば、全ての植物は緑王樹になる可能性がある。

 あの時の脱皮した皮が肥料となり、そこに生えていた草を急成長させて緑王樹へと進化させたのだろう。うん、なるほど、納得。つまり私が原因だった。

 まあでも、別にあって困るようなモノじゃないし大丈夫だよね。

 緑王樹は葉から魔素を精製し、周囲の植物を豊かにする 。なので悪い影響はない筈だ。

 ただ中枢記憶によれば、この世界には緑王樹は存在しないとされている。

 この世界に存在しない植物がこの世界にどんな影響を与えるか分からない。でも多分大丈夫だろう。竜界じゃ大丈夫だったし。


「あー、でもいちおう隠しておいた方がいいかな。枯らすのは勿体ないし」


 それにここが王都から離れた場所にある森とはいえ、こんなデカい木が急に生えれば騒ぎになるかもしれない。私の皮が原因だし、それで騒ぎが起きて、この住処を失いたくはない。


「――隠蔽魔法カクレール


 私はすぐに緑王樹に隠蔽魔法をかけて周囲から見えないようにした。

 勿論、私やポアルにはきちんと見えるようにしてある。うん、これでなにも問題ないね。


「あまね、どうした?」


「んー? 何でもないよ。それじゃ採った新芽は半日くらい乾燥させよう。おやつの時間には出来てると思うよ。梓ちゃんがクッキー焼いてってくれたからそれと一緒に食べよう」


「やったー♪」


「ミャゥ♪」


 さて、と。それじゃあ、二度寝するか。と思ったらポアルが裾を引っ張ってくる。


「ねえ、あまね、ついでにここ畑にしない? この樹の周り、凄く土の感じがいい」

「んー確かに……」


 緑黄樹の周りの土はよく肥える。これなら何を植えてもよく育つだろう。


「あ、回復薬の原料に取っておいた木の実の種とか植えてみる? 野菜の種もアナさんに頼めば貰えるかもしれないね。じゃあ、明日お店に行ったときにアナさんに頼んでみよう」


 さて、それじゃあ今度こそ二度寝するか。

 そう思い家の中に入ろうとすると、何やら人の気配がした。


(二人、かな……? こっちに向かって来る)


 誰だろうか? 魔力の感じからして梓ちゃんや騎士団の人じゃない。

 眼鏡をかけた不健康そうな女性だ。その隣には大きな荷物を背負った男の子。こっちはポアルと同じくらいの身長かな?


「あ、居た居た。君かい。お城を追放されたっていう元勇者さんは?」


「……誰ですか?」


「王室所属魔法研究所所長のサッシーって言います。よろしくー」


「ボクは助手のジョシー・クローニです」


「はぁ……」


 なんか大層な肩書を持った人が来た。一体何の用だろうか?というか、助手の人がすっごい大きな革袋持ってる。あれ、中に金貨いっぱい詰まってるね。私には分かる。とても純度の良い金の匂いがぷんぷんするもの。一枚くらいくれないかなー。なんちゃって。


「少しお話をさせて貰えないかな?」


「え、いやですけど……」


 当然、断った。

 私、二度寝したいんだよ。とっとと帰ってほしい。


「そこを何とか。もし話をしてくれたら、ほら見て。この金貨、あげるからさ!」

「どうぞ、お上がり下さい。ポアル、お茶の準備をして」


 どうやら大事なお話があるようだ。私は彼らを家の中に案内することにした。


 ……決して金貨に釣られた訳ではない。

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