第30話 竜王様の回復薬、人気商品になる

「んもぅ! 駄目よ二人とも、夜更かしなんてしちゃ! まだ若いから無理しても大丈夫なんて思っちゃ駄目! その反動は三十過ぎた辺りから急に来るんだからねっ」


 ぷりぷりと怒るアナさん。

 初めてアナさんに怒られてしまった。

 というか、遅刻じゃなくて怒るところそこなんだ。

 私だけじゃなく、ポアルもしゅんとなってる。


「うぅ……アナ、ごめん」

「分かればいいのよぅ。ポアルちゃんにはちゃんといい子に、健康に、幸せに育ってほしいの。…………これまで大変だったぶんもね」


 アナさんはポアルをなでなでする。

 最後の方はなんかよく聞き取れなかったけど。

 

「はいっ、それじゃあお説教はここまで。それで、昨日頑張って完成させたのがソレぇ?」


「はい! 名付けて『ドラゴンエナジー』です!」


 私は完成した回復薬をテーブルの上に取りだす。


「ふぅん。……現物が欲しいって言ってたからもしかしたらと思ったけど、本当に回復薬を作ってくるなんて思わなかったわぁん。それもたった一日で……」


「頑張りました!」

「頑張った!」

「ニャァ!」


 アナさんは私の作った回復薬を手に取って見つめる。


「……なるほど。ちなみにアマネちゃん、これって材料は?」


「これに書いておきました」


「あら、準備が良いのね。綺麗な字ねぇ。読み易くてオネェさん嬉しいわ。……ふんっ」


 私はあらかじめ書いておいた成分表をアナさんに渡す。

 アナさんはビンの蓋を上部を手刀で斬り飛ばして開けると 中身を手の甲に一滴垂らしてぺろりと舐めた。パワフルな開け方に反して、味見はとても繊細だ。


「ッ……! 凄い効き目ね。使ってる素材は既存の回復薬より種類も少ないし安価なものばかり。なのに効き目は既存品の倍……いや、三倍近いわね。配合比率と素材の組み合わせを変えただけでここまで飛躍的に効果が上がるなんて。凄いわアマネちゃん」


「えへへ」


 褒められると嬉しいな。

 でも一舐めでそこまで分かるなんて、アナさんも中々凄い。

 解析魔法を使ってるわけでもないから純粋に舌と知識が凄いのだろう。


「素材は全て低級の依頼で手に入る範囲。余程乱獲しない限り問題ないでしょう。材料費から計算すれば適正価格は銀貨3枚ってところかしら。普通の回復薬が銀貨9枚って考えると破格ね。……ひょっとして量産も視野に入れてる?」


「え? いや、そこまでは別に考えてなかったですけど……」


 とりあえず作ってみただけで別にこれを売り物にするつもりは全くない。


「それを聞いて安心したわ。これ、このままじゃとても市場に出せないもの」


「……え? なんで?」


「品質が良すぎるのよ。考えてもみなさい。今までの回復薬よりも遥かに安くて性能も上、しかも大量生産できる回復薬なんて業者からも冒険者からしてみたら垂涎ものでしょう? 誰も既存の回復薬なんて買わなくなるわ。薬師組合が潰れちゃうわよ。特許を申請して、薬師組合にも権利を売るならまだ分かるけど」


「あー、確かにそうですね……」


 そこまでは考えてなかった。作るのが面白くてそっちの方は全然頭になかったし。


「……聖白教会と違って薬師組合は真っ当な組織だし、敵対なんてしたくないの。多少、卸値で喧嘩する事はあっても、それは商売なら普通ことだしね」


「うーん、残念です。せっかく作ったんだけどなぁ……」


「あら? 別に売っちゃ駄目なんて言ってないわよ?」


「え?」


「あくまでこのままじゃ出せないって言っただけ。希釈して効果を既存の回復薬に近づけて、価格も調節すれば問題ないわよ。高級回復薬として価格を上げて売るって手もあるけど、材料を考えればこっちはあまり取りたくないのよねぇ」


「でもアナ店長、薬師組合と敵対する気はないって……」


「それは量産を視野に入れた場合よ。個人店で限られた数を売る分には向こうもそこまで文句は言ってこないわよ。アマネちゃんみたいに無所属の薬師だって居るんだし」


「なるほど。……あれ? でもそれなら薄めないで原液のまま出してもいいんじゃないんですか?」


「それだと価格と効果が釣り合わなくなるわぁん。個人店とは言え、素材が素材だし、ちゃんと市場の適正価格の範疇に収めないと素材の価値が変わっちゃうもの。商売と経済ってアマネちゃんが思ってるより面倒臭いのよぉ。……ふふ、アマネちゃんにはあまり馴染みがないかもだけど、人間の世界・・・・・ってそういうものなの」


 そういうもんなのだろうか?

 というか、今、アナさんがなんか気になる事を言っていた気がするけど……?

 わ、私の正体に気付いてる? いや、流石にそれはない、よね……?


「それに、ウチの店員 が頑張って作ったモノを無下には出来ないでしょん? 私一応、薬師監督の資格も持ってるからアマネちゃんの作った回復薬を売っても何も問題ないし。アマネちゃんにも自分が作ったモノが売れる喜びを知って貰いたいものねぇん」


「アナさん……」


 やっぱりこの人、とっても良い人だ。

 本当に竜界に居た頃に会いたかった……。

 ともかくこうして私の作った回復薬『ドラゴンエナジー』はアナさんのお店限定で販売されることが決まった。

 希釈し、値段を調節した結果、元値がタダ同然になったのでボロ儲け――とまではいかずとも利益率の高い商品となり、市販のものよりちょっとだけ効果も良いということもあってお店の人気商品になった。

 あと私のバイト代も上がった。嬉しい。



 それから数日後――、


「ここでアマネさんの作った回復薬が売ってるって本当ですか!? 買います! 百本……いや、とりあえず千本下さい! 私が買い占めます!」


 転売ヤーアズサちゃんが現れた。

 アズサちゃんさぁ……。

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