第25話 竜王様、採取イベントを行う
――馬車に揺られること数時間、私達は貴腐ヶ原草原に到着した。
地平線の先まで広がってる果てしない草原だ。
すっごく広い。
そして……妙に匂いが強い。
強いと言うか……はっきり言って臭い。
発酵臭がする。あっちこっちから。
でもどこか懐かしい匂いだ。
(そっか。腐蝕竜のディーちゃんの住処みたいな匂いなんだ)
思い出した。腐蝕竜のディーちゃん。
肉体が腐って常に周囲を腐肉で満たす厄介な性質を持つ竜。
竜族の中では珍しく穏やかで性格はめっちゃ良い子なんだけど、その性質故に友達が少なかった。でも趣味で作る竜酒が凄く美味しくて私はちょくちょく貰いに行ってたこともあり、それなりに仲も良かった。竜界での私の数少ない友達だ。そして私とタイマンを張れる数少ない竜でもある。
「うわぁーそう思うと、なんかこの匂いも懐かしく感じるなぁ……」
「あまね、ここ臭い。すっごい臭い」
「ミィ……」
鼻をつまむポアルと前脚で鼻を抑えるミィちゃん に馬車の業者は苦笑いをする。
「仕方ありませんよ。ここは別名発酵の草原。植物や土が常に腐敗と発酵を繰り返す摩訶不思議な草原ですから。それじゃ、定刻になりましたら迎えに来ますので!」
一秒でも早くいなくなりたいのか、業者はさっさと帰ってしまった。
「……まあ、仕方ないか。ポアル、採取頑張ろ」
「がんばるっ」
「ミィー!」
初の冒険者クエストは中々にくっさい始まりになりそうだ。
「えーっと、採取するのはフフフ草にリバの実、それとカプチューの花だっけ」
アナさんから借りた資料を見る。この絵と同じヤツを探せばいいのか。
「あまね、これじゃない?」
「はやっ、もう見つけたの?」
ポアルは足元に生えてるフフフ草を引っこ抜く。
フフフ草の根っこの部分は捻じれた人のような形になっていた。
『フフフウフフッフフウフフフウフフフウフフフフー』
「あ、これだ。間違いない」
フフフ草は引っこ抜くと根っこの顔の様な部分から奇妙な音を出すらしい。
この音は聞いてる者に奇妙な幻を見せるらしいけど……?
「あまね、あまね」
「どうしたの、ポアル?」
「あっちに裸のおっさんがいる」
「え?」
ポアルの指差す方を見れば、そこには裸でぶつかり稽古をする ゴリゴリのマッチョな男達がいた。
「成程、こういうの幻が見えるのか」
「へんなの」
「ミィー」
よくわからんが、こんなのを見せて何になるんだろうか?
資料によると、見る幻には個人差があり、この幻を見たいがためにフフフ草を採取する変わり者もいるらしい。ただ統計によると女性が引っこ抜けば男性の幻が、男性が引っこ抜けば女性の幻が見えるそうだ。
『ふんー! どすこいー! どすこいでごわすー!』
『ふんぬぉー! ラッコ鍋でごんすー!』
「えいっ」
『ふきゃっ』
『ごわぁす……ごわす…………わす…………すぅ……』
根っこの顔の部分を潰すと、音は止み、幻は消える。
無駄にエコーが掛かるのがウザい。
毎回、採取する度に幻が出てくるのは面倒だな。
「ポアル、ミィちゃん、これつけて。アナさんから貰った耳栓」
「うん」
「ミィ」
フフフ草の見せる幻は音を聞かなければ問題ない。
耳栓で簡単に防ぐことができる。
え? それじゃあ最初から耳栓を付ければよかった?
だって、どんな幻か気になるじゃん。
幻を見せるだけで、危害は加えないって知ってたしね。
(とりあえずフフフ草の現物は見たし、再現魔法で量産してもいいけど、ここは現地のルールに則るか……)
あんまり作り過ぎると値崩れを起こすだろうし、あくまで言われた量を現地で取った方がいいよね。需要と供給のバランスは大事だ。
とはいえ、チマチマ探すのはそれはそれで面倒なのでこれを使う。
「――探索魔法 」
フフフ草と同じ生命反応を示す存在をサーチする魔法だ。すると草原のあっちこっちから同じ反応がした。
「よし、採取するよ」
「するー」
「みぃー」
一時間もしない内に、アナさんに言われた量のフフフ草を取る事ができた。
そしてフフフ草を取ってる間に、リバの実とカプチューの花も見つけることができた。
リバの実はアズサちゃんの世界の
実のなり方まで一緒。食べてみたら甘酸っぱくて意外と美味しかった。
「……美味しいけど、これ
「えー」
「ごめんね。でも酔っ払ったらまずいからさ。我慢してね」
ポアルは残念そうにするが仕方ない。
資料にも子供には食べさせない方がいいと書かれてるし。
あと見た目はパイナップルだけど実の中心に種がある。
ポーションの原料になるのは種の方だけど、実の部分も普通に食用として流通している。未成年は購入不可。お酒の材料にしてもいいらしい。
カプチューの花は、見た目はチューリップだね。中の花粉と蜜が材料になるらしい。
「割と簡単に見つかったね。これならわざわざ冒険者に依頼する程でもないと思うけど……」
匂いがキツイだけで採取自体は簡単な素材ばかりだ。
てっきりモンスターでも出るのかと思ったけど、周囲にその影はない。
冒険者に依頼するのは、ようはそういった危険があるからであって、これなら自分達で自力で採取した方がよほど安上がりだと思うけど……?
「……ま、簡単に済むなら別にいいか」
特に気にする事もないだろう。
銅級のポアルに依頼するくらいだし、きっと見習い向けの簡単な依頼なんだろうし。
「それにしても……」
私は採取した素材を見つめる。
これを調合すれば回復薬ができるのか。
他にもいろいろ素材は必要だろうけど、もし調合ができるなら自分でもやってみたいな。
帰ったらアナさんに相談してみよう。
「そういえば、アズサちゃんは今頃どうしてるかな?」
遠征はこの先にある不朽の森って言ってた。
ま、向こうから特に危険な気配はしないし大丈夫だろう。
遠征頑張ってね、アズサちゃん。
一方その頃――。
「ハァ……ハァ……くっ」
『カカカッ……』
アズサは不死王と対峙していた。
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