第20話 竜王様、バイトを始める

 ――三度世界を滅ぼす未来を視た。


 あの時と同じだ。私は極限の極限まで自分を弱体化させ、なんとか世界を滅ぼさずに済んだ。

 その結果、私は魔力無しと判定され、冒険者にはなれなかった。

 なのだが――、


「す、凄いです! まさかこれだけの魔力量を持っているなんて……!」

「私、すごいの?」

「凄いなんてもんじゃありませんよ! 魔力は魔法使いだけでなく冒険者とっても重要な資質……! ポアルさんは既に最高位の冒険者並みの魔力量をお持ちです! 冒険者組合始まって以来の逸材かもしれません!」

「むふー♪」


 ポアルがなんかやたら凄い高評価を受けていた。


「すげぇぜお嬢ちゃん! ひゃっはー新たな冒険者の誕生だぜぇー!」

「キヒヒヒッ! お祝いだぁひゃっはー!」

「ランチの後だぁ! 胃に優しいスイーツをくれてやるぜぇー!」

「むっふー♪ 美味い!」


 てか、ポアル。君、人間達にけっこうひどい扱い受けてたけど、その辺もういいの? 許しちゃうの?

 いや、違うよ。別にポアルだけがチヤホヤされてるのが羨ましいとかそんな気持ちは一切ないけどね、はい。

 受付嬢や周りの冒険者たちがなんか勝手に盛り上がってると、ポアルはとてとてと私の方へやってきて、裾を引っ張ってくる。


「あまね、あまね」

「なに?」

「……人間にもあまねみたいに良い奴らはいるんだね。私、ちょっと見直した」

「ッ……」


 やーめーてー。そんな純真無垢なキラキラした瞳を私に向けないでー。ポアルの事をひがんでた自分が酷く小さい存在に思えてくるからー。


「てか、冒険者になれないなら私どうすればいいんだろう……」

「大丈夫。あまねの分も私がかせぐ」

「……ありがとう、ポアル。でも私にもプライドってあるんだよ……」


 流石にポアルに稼がせたお金で休暇を満喫する程、私は落ちぶれてはいない。私は受付嬢の元へ向かう。


「……あの、魔力無しでも出来るお仕事ってありませんか?」


 なんで私、休暇中なのに求職してるんだろう……?


「え、えっと……それでしたら魔道具の制作はいかがでしょうか?」

「魔道具……?」

「はい。魔道具とは、魔石をエネルギー源とした道具です。こちらの計測水晶もそうですが、冷蔵庫や洗濯機と言った過程で使う雑貨から町の街灯や噴水と言った様々な用途で使われる品々は全て魔道具と呼ばれています」

「へぇー、そうなんですね」

「はい。アマネ様のように全く魔力の無い方は非常に珍しいですが、魔力の少ない方は数多くいらっしゃります。そう言った方でも魔法の恩恵を受ける為に作られたのが魔道具ですね。作る品によっては魔力を必要としないので、アマネ様のような方にはぴったりかと思いますよ。ただ……」

「ただ……?」


 受付嬢はちょっと言いづらそうに、


「実は今、ちょうど一件だけ、ある魔道具店からバイトの募集が出ているのですが……そちらの店主さんが非常に変って――えっと個性的な方でして……。魔力の有無や、経歴は問わない代わりに『とても可愛くて手先が器用な女の子』っていう条件なんですよ。アマネ様はとても愛らしい容姿をしておられるので、もしよければ面接だけでも――」

「受けますっ!」


 私は二つ返事で頷いた。

 



 という訳で、紹介された魔道具店にやって来た。

 お店の風貌を一言で言い表すなら「とても怪しいお店」という感じだ。アズサちゃんなら「魔女でも住んでそう」って言いそう。


「それにしてもこの世界って魔力無しって本当に珍しいんだなぁ……」


 竜界もそうだったけど、この世界はほぼどんな生物も、それこそ無機物でもすべからく魔力が宿っている。人でも、魔族でも、動物でも、植物でも、虫でも、土でも。なので私のように魔力無しの存在は非常に珍しい。


「まあ、私の場合はあくまでも極限まで抑えてるだけだけど」


 じゃないと世界が滅ぶから。あくまで公式記録で測定できないだけで、普通に魔法も使える。魔力感知に優れてる者なら、私から出てる超微細な魔力も普通に感じ取る事も出来る。今の所、それが出来たのはアイちゃんだけだけどね。


「ごめんくださーい」

「さーい」

「みゃぅー」


 紹介された魔道具店のドアをノックする。


「おぉ、いらっしゃーい。冒険者組合から連絡は受けとるよー」

「!?」


 出迎えてくれた人物を見て、私は一瞬、目を疑った。

 球型の頭部に、円柱の胴体。のっぺりとした顔。

 こけしだ。こけしがおる。アズサちゃんの世界の伝統工芸品がおる。


「……人形?」

「あはは、これでも立派な人間ですわ。まあ、初めての人には驚かれるけどなぁ。ささ、ギルドから連絡は受け取るさかい、どうぞお入りください」


 こけしに招かれ、店に入る。


「わぁ……」


 店内には様々な魔道具が所狭しと並べられていた。殆どは鍋や包丁といった調理家具だが、なにやら液体の入った瓶も置いてある。赤色とか青色とか綺麗だなー。これなんだろ?


「ちょっと待っててな。今、店長を呼んでくるさかい」


 こけしは地面の少し上を浮かびながらふわふわと店の奥へと消えてゆく。


「……なんでこけしなんだろ?」

「かっこいい!」


 ポアルは目を輝かせている。どうやらポアル的にはアリらしい。


「ポアル、アレは真似しちゃ駄目だよ」

「えー」

「えーもいーも駄目ったら駄目」

「むー」


 絶対、ポアルの教育上、なんか良くなさそうだから。


「それよりも見なよ、ポアル。これ、見て! 面白い形してるよ! こっちの鏡みたいなのもどんな効果があるんだろう? ほー、へぇー」


 むしろ私の興味はこけしよりも、棚に並べられている魔道具に釘づけだ。

 どれもこれも中々に洗練されたデザインだし、装飾もこってる。


「うぅむ。これは……いいものだ」


 竜は収集癖が強い。金銀財宝、魔道具、魔石。竜によって好みは様々だが、これらの品々は私にとってのどストライク。勿論、金銀財宝も大好きだけどね。


「ふわぁぁ……欲しい。これ、全部欲しいよぉ……」

「あまね、口から涎たれてる」


 おっと、これは失敬。涎を拭う 。


「あらぁ、気に入ってくれたの? 嬉しいわぁ」


 すごく綺麗な女性の声がした。声のした方を向いて―――私の脳は一瞬、バグった。

 そこに居たのは物凄く筋肉質の男性だったからだ。

 ローブの下から見える鍛え抜かれた大胸筋。血管が浮き出る程に鍛え抜かれた二の腕。杖を握る指の一本一本なんかポアルの腕よりも太い。黒く長い髪をポニーテールで纏め、化粧と赤い口紅をしている。


「? ……? …………?」


 男……? オス? いや、でも声は女性……? 両性具有? 雌雄同体?


「店長のアナよ。フルネームはアナスタシア・ファーベルト 。これでもこの国で一番の魔具職人と自負しているわぁん。これからよろしくね、お・嬢・さ・んたち。んっふん♪」


「…………?」


 ぽかーんとする私。


「私はポアル。こっちは猫のミィ。よろしくなー」

「ミャゥ♪」

「んっふ♪ よろしくねぇん♪」

「よろしゅー頼んますわー。あ、自分はデンマ言います。デンマ・イー。アナ店長の助手兼マスコットですわ」


 あ、あれ? みんな普通に挨拶してるし、別におかしくないのかな?


「というか面接はいいの?」

「構わないわよぉん。二人とも可愛いし一発合格! ついでに猫ちゃんもマスコットとして採用!」

「えぇ、店長! マスコットは自分やろ!?」


 コケシが焦ってる。


「そ、そんな簡単に決めちゃっていいの……? その、能力とか色々……」

「あらぁ、見た目は大事よぉ? ほら、ウチって商品の質はいいんだけど、アタシもデンマちゃんもちょっと個性的な見た目でしょう? 常連さん以外、近寄りがたいみたいで……困っちゃうわぁ」


 ああ、いちおう自分の見た目には自覚があるんだ。


「だから二人には魔道具の制作の手伝いと接客を頼みたいのよね。勿論、やり方はちゃんと教えるし、働きによってはお賃金も上乗せするから」

「頑張りますっ」


 お金がもらえるのなら言う事はない。ふふ、竜王時代に培った私の働きっぷりを見せてやる!

 ……何度も思うが、私なんで休暇中なのにバイトしてるんだろ?

 いや、まあ普段と違う事をするのも休暇の醍醐味だしっ。あとお金欲しいし。


「というかポアルはよかったの? ポアルがやりたいなら、冒険者の方も――」

「あまねといっしょがいいっ! あまねといっしょじゃなきゃヤダ!」


 あら、やだ。この子、本当にいい子。

 よし、いっぱい作って、いっぱい稼ぐぞ!

 こうして私は勇者をクビになり、その翌日に魔道具店でバイトをすることになったのだった。

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