第19話 竜王様、二度ある事は三度ある

「へぇーここが王都か。テーマパークに来たみたいだね。テンション上るー」

「わくわく♪」

「みゃぁ」


 アズサちゃんの記憶によれば、こういう所に来た場合はこういう台詞を言うのがセオリーらしい。

 でも本当にワクワクする。当たり前だけど竜界とは全く違う。

 そもそも竜界には『町』という概念がない。

 竜は好き勝手に巣を作り、好きに群れて生活をする。

 それで生活が成り立つのだから、人間のように集団で農業をしたり、作業を分担するという発想自体がない。……竜王という貧乏くじを除いて。


「……仕事って一人じゃ出来ないよね。助け合うって大事だよね……」

「……あまね、どうして泣いてるの?」

「何でもないよ。ほら、ポアル。あれってなんだろう?」


 私は色々な屋台が並ぶ一角を指差す。

 おそらくアレが屋台市場というものなのだろう。

 生の食材から加工、調理された食品まで様々な食べ物が並ぶ食の祭典。視覚だけでなく、嗅覚にも訴えてくる食の誘惑。


「いい匂い……」

「ゴミじゃない腐ってない食べ物がいっぱい……」

「ミィ……」


 さながら光に誘われる虫のように、私達はふらふらと市場の方へと足を運ぶ。

 あとポアル、台詞がいちいち悲しくなるからやめて。これから幸せにするから。


「おう! いらっしゃい! お嬢ちゃん達、王都名物のハリボテ豚の串焼きはどうだい?」

「ふわぁ……いい匂い」

「美味しそう……。汚れてないし腐ってない。色も綺麗……」

「ミィィィ……」


 ジュウジュウと音を立てて目の前で焼かれる串焼きに、私達は生唾を飲み込む。


「おじさん! これ下さい!」

「おう! 一本銅貨五枚だ! 嬢ちゃん達なら二本で銅貨八枚にまけてやらぁ!」

「わぁ、おじさん、ありが――……ぁ」


 そこで気づいた。

 私達、お金、持ってない。

 革袋を取りだす。全財産、銅貨三枚。……ぜんぜん足りない。


「……えっと、そのぉ……これ一本でお肉が四切れだから、半分だけ買うって出来ませんか?」

「……出来ねぇよ。なんだよ、お嬢ちゃん金もってねぇのかよ」

「はい……」


 おじさんは大きなため息をつく。……ごめんなさい、冷やかしみたいになっちゃって。


「おいおい、どこの田舎もんだよ。金も持たねぇで王都で何するつもりだったんだよ? はぁ……ったくよぉ。ほら、食いな」

「え?」


 おじさんは串焼きを二本、味付けを何もしていないお肉を一切れ私達へ寄越す。


「で、でも私達お金が――」

「金なんかとらねぇよ。サービスだ。食ってみろ。あと、こっちの欠片はその猫用だ」


 私とポアルは串焼きを受け取ると、無言で顔を合わせ、串焼きを頬張る。

 ミィちゃんもポアルから受け取ったお肉にかじりつく。


「――ッ!」


 なんだこれ!?

 こんなの食べた事ない!

 朝食べたイノシシ肉もお美味しかったけど、これは全く別の美味しさだ。

 美味しい……美味しいけど、この感情をどう言い表せばいいんだ? この感動を、この美味しさを表現する語彙が無いのが恨めしい。


「あまね! あまね! あまね! むぐっ……」

「うん分かる! 分かるよ、ポアル!」


 ポアルも同じ気持ちだったのだろう。夢中で串焼きを頬張っている。

 ミィちゃんもガツガツとお肉にかじりついている。


「ミギャッ……ゲボォ……ケホッ」


 ……あ、勢いよく食べ過ぎて吐いた。勿体ない。


「どうだ、美味いだろぅ? ウチの串焼きは?」

「はい! 凄く、凄く!」

「ならまた食いに来なくちゃいけねぇなぁ? 今度はちゃんと金を払ってくれよ? 一本くらいならまたサービスしてやる」

「はい! 必ず! あの、ところでもう一つ、お願いがあるんですが……」

「あん? まだ食い足りねえのか? しゃーねぇな、もう一本だけ――」

「あ、いえ、お金ってどこで稼げばいいんですかね……?」

「…………マジで嬢ちゃんたちどっから来たんだよ」


 呆れ顔の店主に私達は串焼きをもう一本ずつもらい、お金を稼ぐ方法を教えて貰った。

 そもそもお金を稼ぐという事は働くという事である。私がこの世界に来ているのは休暇を過ごす為だ。なので働くという行為は、その目的に一番反している行為である。それは理解している。

 しかし人間の世界というのは、私の想像以上にお金を中心に回っているらしい。

 物を食べるのも、宿に泊まるのも、馬車で移動するのも、ありとあらゆることにお金が必要になってくるのだ。


 ――そう、休暇をするのにもお金が必要なのである。


「――お嬢ちゃん達なにか得意な事はあるのかい?」

「腕っぷしには自信があります!」

「あるー」

「みゃぅ!」

「なら冒険者組合に行ってみな。あそこなら護衛やモンスターの討伐と、その手の仕事にゃ事欠かねぇからよ」


 串焼き屋さんの紹介で冒険者組合という所に向かった。


「……でっかい建物だねー」

「おっきー」

「みゃぅ」


 扉を開き、中に入ると、あっちこっちから視線を感じた。

 それに「ぐへへへ」とか「ひひひ」とか変な笑い声も聞こえてくる。

 中は吹き抜けの広間のようになっておりテーブルやカウンターも設置されている。

 冒険者たちの集会所にもなっているみたいだ。


「えーっと、受付はあっちかな?」


 そちらへ向かおうとした瞬間、数人の男が私たちの前に立ちはだかった。


「……なんですか?」

「よぉ、お嬢さん。冒険者組合にようこそ。へへ、依頼に来たのかい? だったら是非俺らを指名してくんねーかな? げへへへ」


 リーダー格らしきモヒカンの男が話しかけてきた。


「ひひひ、そっちのちいせぇガキはちゃんと飯食ってんのかぁ? 今なら、ランチタイムでボリュームたっぷりの飯が大銅貨2枚だぜ? 奢ってやろうか……けっけっけ」

「おいおい、その猫、首輪もしてねぇじゃねぇか。飼い主の登録は商業組合でやってんぞぉ? 冒険者組合でも代理受付はしてっから後でやっときな……ひっひっひ」


 更に肩にトゲトゲを付けたデブ、出っ歯のちびが続く。


「俺らはよぉ“黒風のハイエナ ”っていう冒険者パーティーさぁ。依頼があるなら気軽に声をかけてくれやぁ。安くしとくぜぇ……」

「へへっ、そうだぜー。俺たちはなぁ、老人の荷物持ちからゴミ拾い、薬草採集に害獣駆除や魔物の討伐まで手広くやってんだぁー。てめぇらが誠意を見せんなら、お安くしとくぜぇ、ひゃはははは!」


 これは売り込みというやつなのだろうか……?


「えーと、ご丁寧にすいません。でも私達も冒険者の登録に来たので」


 私がそう言うと男達は一瞬、ポカンとした後盛大に笑い出した。


「テメェらが冒険者だぁ!? 笑わせるじゃねぇか! 受付は向こうだぜ……」

「へへ、仮にも新人ならここのルールってもんを教えておいてやるか」

「……どんなルールなんですか?」


 男達は私達をじぃっと見つめながらペロリと舌なめずりをする。


「いいかぁ? まず組合に入ってきた時はぁ、きちんと挨拶しなきゃ駄目なんだぜぇ……。おはようございますとかこんにちはとかよぉ……。あと外で会った時も、ちゃぁーんと挨拶しねぇと駄目だ。へへへっ」

「あとこの町に住んでんなら町内会にはちゃんと入っておきなぁ……。回覧板も回さなきゃいけねぇから都合のいい時間帯をちゃんと申告するんだぜぇ……。一人の迷惑はみんなの迷惑だぜぇ……」

「誰かが困ってんなら手ぇ差し伸べる。弱い者いじめは見過ごさねぇ……。まあ、こんなところだなぁ……。詳しい説明は受付で聞きなぁ……ひっひっひ」


 ……なんだろう。見た目は世紀末なのに凄く真っ当な事しか言ってない気がする。


「あまねー、これ凄く美味しいよー♪ むぐむぐ」

「みゃぅー♪」

「ひっひっひ。冒険者組合の名物ランチは最高だろぉ……? 出世払いにしといてやらぁ……」


 あ、話を聞いてる隙に、ポアルがカウンターでご飯を奢って貰ってる!

 もー、知らない人についていっちゃ駄目でしょうが。というか朝食にお肉食べて、串焼き食べてまだ食べるのか? 私も食べたい!


「コイツは洗礼だ嬢ちゃん! 冒険者組合へよぉこそだぜぇ……!」


 成程、これが社会……!

 先達冒険者の厳しい洗礼を受けた私達は受付へと向かう。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用でしょうか?」

「冒険者の登録をしたいんですが……」

「畏まりました。それではこちらの用紙に必要事項をご記入ください。字が書けない場合はこちらで代筆いたします」

「はい」

「それと――」


 その瞬間、私はとても嫌な予感がした。

 受付嬢がソレをテーブルに置いた瞬間、ズキンッと右目が痛んだ。


「こちらの魔力水晶で魔力を測定いたします」

「………………」


 二度ある事は三度あるという。

 どうやら魔力水晶コイツ はどこまでも私の前に立ちはだかりたいらしい。





あとがき 

黒風のハイエナ

新人には優しく、でも時には厳しく冒険者のルールを教える。

冒険者の新人研修はだいたい彼らが担当する。

彼らが担当した新人の生存率はとても高い。

全員、既婚。

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