第13話 竜王様、魔族の密偵を見つける
外に出ると、私は全裸になって意識を集中する。
「ふぅー……」
力を極限まで制限したこの体なら魔法は使えた。
ならば元の姿に戻れるのかも、試しておいて損はない。それに万が一ヤバい時は、竜眼が事前に未来を教えてくれる。
「――まずは世界を改竄する」
魔力をちょっと解放しただけでこの世界は崩壊してしまう。
なのでまずこの世界に私という存在を認識できないように改竄する。
認識が出来なければ、観測は出来ない。
観測が出来なければ、存在しない。
存在しなければ世界は重みを感じず崩壊しない。
簡単な理屈だ。その理屈を世界へ適用させるだけ。しかし反動は起きる。
反動は……竜界に押し付ければいいか。どうせ大陸の一つや二つが消し飛ぶ程度だ。竜界にとってはその程度、日常茶飯事なので何も問題ない。完璧な理屈だ。
「わっ、あまねが光った」
「ミィー」
まばゆい光が私の全身を包み込む。呼応するように周囲にも光が満ち、そして世界へ溶け込んでゆく。
いい感じだ。これは変身魔法が解ける予兆。魔法に使う魔力の余波が光になってあふれ出ているのだ。
「よし、改竄完了。元に戻れ――――ッ!」
意識を集中させると、ゆっくりと光が収まり私の姿が変わる。
かつて竜界で知らぬ者はいないとされた竜の姿へと。
『おー、戻れた♪ わーい、やったー♪』
「っ……凄い。あまね凄い!」
「みぃ~……」
姿形、魔力の質、全てがかつての私と同じだ。
竜眼も発動していない。
どうやら世界は無事――ッ!
その瞬間、私は未来を視た。すべてが崩壊する未来が。
(……やっぱり改竄だけじゃ無理か……)
私はすぐに人の姿に戻った。
もって一秒。極限まで力を制限した状態での竜化はそれが限界だった。
「やっぱ人の姿に戻っても角はそのままか……」
人化を済ませると、体を確認。姿は依然と同じのようだ。
どうやら人の姿は最初のままで固定されるらしい。
「あまね、服」
「みぃ」
「ありがと」
やっぱり事前に服を脱いでおいてよかった。着たままだと、元の姿に戻った時に破れちゃうからね。でも変身の度にいちいち着替えるのは面倒だなぁ……。
(着たままでも変化出来るように魔法を調整しておくか)
服なんて面倒なだけだけど、そこは我慢しなきゃ。
アズサちゃん風に言えば、郷に入れば郷に従え、だっけ?
ま、戻れるかどうかを確認したかっただけだし、特段何もない限りは元の姿に戻る気はないから要らない調整かもしれないけど。
「……ん?」
ふと、誰かの視線を感じた。
「ば、ばばば馬鹿な、なんやあのアホみたいな魔力は……! あり得へんやろ……ッ」
そちらの方を向けば、少し離れたところからフードを被った女性が茂みの影からこちらを見ていた。距離にしておよそ1000mくらい。今の私でも一瞬で移動できる距離だ。
長さは竜族の単位よりもアズサちゃんの世界の単位の方が分かり易くていい。
それにしても感じる魔力がポアルに似てる。
……ひょっとして魔族かな?
「あまね、どうした?」
「何でもないよ。……ポアル、ミィちゃんと一緒に先に家に入っててくれる?」
「? わかった」
「みぃ」
ポアルとミィを家に戻らせ、念の為、結界も張っておく。これで彼女達は安心だろう。
「さて、と……」
とん、と一歩。
「ここで何をしている?」
「ッ――!? え!? な、何で!? さっきまであそこに……いや、それよりも何でウチが見えて……?」
あんなバレバレな視線を送っておいて何を驚いているんだか。
「くっ――転移まほ―― 」
「閉門」
私が指を鳴らすと、目の前の人物の魔法はキャンセルされた。
転移魔法で逃げようとしても無駄だよ。
「嘘……なんでや!? なんで魔法が発動せえへんのや!?」
竜の眼は未来を視るだけじゃなく、魔力の流れも視る事が出来る。
視ることが出来れば解析も出来る。解析も出来れば介入も阻害も自由自在。単純な理屈だ。
「転移魔法ね。こういう魔法は
だって普通に飛んだ方が速いし。人間は飛べないし、速く走れないからこそこういった魔法が発達したのだろう。考え方や体のつくりで思考も技術も異なってくる。やっぱり種族間の違いって面白いね。
「ば、化け物かいな……!」
「化け物ね。まあ、間違ってないかな。それで。質問に答えてくれる? ここで何をしていたの?」
「……」
「もー、ちゃんと喋ってよ。ほら、
「ッ……! あ、ぁぁ、あ……すいませんでしたあああああああ!」
目の前の人物は先ほどまでの態度を一変させてフードを取り、地面に額を擦りつける。
赤い髪の側頭部から生えた角 。やっぱり魔族か。
「ウ、ウチは魔王軍密偵のアイと申します! こ、ここの国に潜入し、人間達の動向を調査しておりました。すんません、すんません! ホンマにすんませんでした! どうか殺さないで下さい! お願いします! 」
アイと名乗った魔族の女性は丁寧に事情を説明してくれた。
彼女の目的は二つ。
一つ目はこの国が自分達に対抗する戦力として異世界から勇者を召喚するという情報を掴んだのでその真偽を確かめる事。
二つ目はこの地に眠るとされる不死王の所在を確かめること。
「へぇ、魔族って中々優秀なんだね。不死王ってのは?」
「千年前に存在した史上最強と謳われたアンデッドです! この王都周辺にその封印された場所がある可能性が高く調査してました」
「調査してどうするの?」
「可能であれば封印を解き、支配下に置けと仰せつかっております。この神話級の古代魔道具『支配のブローチ』を使えば不死王であろうと従えられると」
アイは懐から宝石であつらえられたブローチを取りだす。
「ふーん……」
竜眼、解析。
「あー、その魔道具、多分偽物だよ。性能がいまいちだもん」
「えっ……?」
「ほら、ここ分かる? 経年劣化で魔力回路に綻びが出来てるんだよ。これじゃあ効果が十二分に発揮されない」
私はブローチの一番大きな宝石の部分を指差す。
「え、そ、そうなんですか……?」
「そうだよー。あとこんな出力じゃ子供のボルボラだって言う事聞いてくれないよ」
「ボル、ボラ……? なんやそれ……?」
「ペットだよ。あとアナタの言葉使いってポアルと微妙違うけどどうして?」
「え? あぁ、はい……。自分、魔族領のエッセウエスタン地方の出身でして。普段は標準語で話しとるんですが、ふとした拍子につい癖で方言がでちゃって……」
へぇ、方言。人間の文化にはそういうのもあるのか。
言語が複数あるだけじゃなく、同じ言語でも発音や言葉使いが違うなんて、人間って本当に面白いね。
「それじゃあ、そのブローチ貸してよ。直したげるから」
「え、あっ……」
えーっと、ここをこうして……。 あとここもか。元々の基盤が古い上に旧式だなー。あの召喚魔法陣みたいだ。人間界の魔法技術ってどうしてこうも古臭いんだろ? これならあの付喪神が持ってた鎌の方がまだマシだよ。
「はい、出来た。これで少しはまともになったと思うから」
「ッ……そんな。神話級の魔道具を改良するなんて……。こんな事、魔王様にだって不可能なのに……」
アイはなにやらブツブツ呟いてる。
まあ、性能に納得が言ってないのだろう。
私だってもう少し素材がまともならもっとちゃんと改良できたさ。それで勘弁してよ。
「あとさー、アンデッド――不死王、だっけ? それ多分ガセだよ。この辺にそんな凄いアンデッドなんて居ないし」
「え、分かるんですか……?」
「うん。間違いないよ」
お化け屋敷の付喪神っぽいのは居たけど、大した力じゃなかったし。
流石にアレが世界最強のアンデッドってのはあり得ないでしょ。周囲には他に目立った魔力の波長や封印魔法の形跡もない。
まあ、私が知らない魔法がある可能性も否定できないけど。
「ま、とりあえず君がポアルを追ってきたんじゃないならどうでもいいや」
私は別に魔族と人間の戦争なんて興味ないし。
「そうですか……。あ、あのぉ……お名前を教えて頂いてもよろしいですか?」
アイは魔道具を懐にしまうと、真剣な表情で私の方を見た。
「あ、そう言えば名乗ってなかったね。私、アマネって言うの。よろしくね」
「こちらこそ。えっと……アマネ様とお呼びしても?」
「いいよ。てか、様もつけなくてもいいけど」
「いえ、そんな恐れ多いです。アマネ様、ウチと共に魔族領に来ていただけませんか? 勿論、お連れの方々も一緒に。アマネさまは……その、人間ではないのでしょう? 貴方の居るべき場所はここではないはずです」
その言葉に私は一瞬、胸が痛んだ。
確かのその通りだ。私は人間じゃない、竜だ。そもそもこの世界の存在ですらない。
「……魔族の密偵って凄いね。そんな事まで分かっちゃんだ……」
そんな私がここに居るのは、現地の者からすればさぞかし奇怪に見えるだろうね。
「でも残念だけど私はこの地を離れる事は出来ないんだよ。……まだやるべき事があるからね」
そう、休暇だ。
遊んで、遊んで、遊びまくる。その為に私はここに居るのだから。
「ッ……そうですか。分かりました」
私の言葉を聞いて、アイは一瞬、酷く悲しそうな表情を浮かべた。
止めてくれ、そんな目で見ないでくれ。労働は尊いとでも言うつもりか。
嫌だよ。私は絶対に働かない。少なくともあと三百年は。
「……了解しました。いずれ必ずお迎えに上がります。その時までなんとかお待ちください」
「……そうだね、その時までは」
ああ、分かっている。
いずれ必ず他の竜が私の事を嗅ぎつけてこの世界に迎えに来る だろう。
その時は観念して竜界に戻るかもしれないけど 、それまで 私はこの世界で遊びつくすつもりだ。
あと猫とポアルだけは連れて帰る。絶対に。
「……それでは」
私の固い決意を感じ取ったのだろう。アイは一礼して姿を消した。
「はぁ~~~……、働きたくないなぁ……」
のんびり楽して生きたい。
そう願うのは間違っているのだろうか。
私はポアル達の元へ戻った。
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