第14話 閑話 魔王軍密偵アイの独白

 ――化け物が居る。

 魔王軍密偵筆頭アイ・フシアナスが最初にアマネに感じた印象はそれだった。

 勇者についての情報収集と、不死王の封印場所の特定。

 その二つの重要任務をこなす傍ら、彼女は偶然にもその魔力の気配を感じとってしまった。


(なんや……この魔力の波は……?)


 奇妙な魔力だった。

 彼女は魔王軍でも卓越した魔力操作と魔力感知の持ち主だったが故に、常人であれば気付かない程の微細な魔力の違和感に気付いてしまった。

 それは竜王の魔法行使による世界崩壊を防ぐための界位改変措置によって生じた魔力の余波。

 それを彼女は感じ取ってしまったのだ。

 もう一つ、その魔力を感じた場所が、ちょうど不死王の封印場所と目される場所であったことも彼女の不幸であった。


(――任務のついでやし、確認しといたほうがええやろな)


 そう、あくまでもついで。

 軽い気持ちで向かった彼女の目に映ったのは、常識を超えた存在バケモノだった。


(……………………………なんやあれ、ラスボス?)


 余りの衝撃に脳がフリーズした。

 見た目だけなら見目麗しい少女 に見えるだろうが、内包する魔力は文字通りの化物だ。

 あと一瞬だけ、何かとんでもなく恐ろしい存在になったような気がするが、流石にそれは見間違いだろう。


「――ここで何をしているの?」


 化け物はあっさりと己の存在に気付いた。

 魔王軍最新鋭の隠蔽のローブを装備しているのに、彼女はあっさりと己の存在に気付いた。

 逃走手段として用意していた転移魔法すら、あっさりと無効化された。


「転移魔法ね。こういう魔法は私達にはなかった。面白い魔法だね」

「ば、化け物かいな……!」

「化け物か。まあ、間違ってないかな。それで。質問に答えてくれる? ここで何をしていたの?」

「……」

「もー、ちゃんと喋ってよ。ほら、威圧魔法」

「―――」


 その瞬間、アイは死を覚悟した。

 全ての希望をへし折るほどの圧倒的な死の気配。それが目の前の存在から放たれた。息が出来なかった。心臓が止まるかと思った。いや、死にたいとすら思ってしまった。

 それだけの圧を感じたのだ。


「ッ……! あ、ぁぁ、あ……すいませんでしたあああああああ!」


 アイは土下座した。一瞬で心が折れた。無理だ。これは耐えられない。


「わ、私は魔王軍密偵のアイと申します! こ、ここの国に潜入し、人間達の動向を調査しておりました。すいません、すいません! 本当にすいませんでした! どうか殺さないで下さい! お願いします!」


 恥も外聞もなくアイは必死に命乞いをした。ペラペラと己がここに居る理由も全て話した。


(機密も恥も外聞も知るかいな! でも絶対に死んだらあかん! ウチが死んだらこの化け物の存在を魔王様に伝える事が出来なくなる!)


 どんな苦痛や拷問を受けても構わない。何としてでもこの場をやり過ごす。


 ――生きて、この化け物の存在を魔王様に伝えなければ。


 アイの中には魔王軍密偵としての使命感が働いていた。

 威圧が収まると、ようやくアイは息が出来た。

 ここを乗り切る為に、かつてない程に脳を活性化させる。


(……支配のブローチを使うのはどうやろか?)


 支配のブローチ。

 今回の任務にあたって支給された神話級魔道具だ。

 これを使えば、たとえどのような存在であっても支配下に置く事が出来る。

 だがこれは発動した後、対象に触れさせなければ意味がない。


(――どの道、死ぬ可能性の方が高い。やってやるで!)


 アイは懐から『支配のブローチ』を取りだした。

 ――既に発動させた状態で。

 本来であれば不死王に使う予定だったが致し方ない。


「――可能であれば封印を解き、支配下に置けと仰せつかっております。この神話級の古代魔道具『支配のブローチ』を使えば不死王であろうと従えられると」

「ふーん……」


 目の前の化け物にささげるような形で支配のブローチを魅せつける。

 一瞬、彼女の眼が奇妙な輝きを放った気がした。


「あー、その魔道具、多分偽物だよ。性能がいまいちだもん」

「えっ……?」

「ほら、ここ分かる? 経年劣化で魔力回路に綻びが出来てるんだよ。これじゃあ効果が十二分に発揮されない」

「え、そ、そうなんですか……?」

「そうだよー。あとこんな出力じゃ子供のボルボラだって言う事聞いてくれないよ」

「ボル、ボラ……?」

「ちょっと貸して」

「え、あっ……」


 触れた! 勝った! 賭けに勝った!

 アイは内心、ガッツポーズを決めた。


(やった! やったー! さあ、支配のブローチよ! 発動せよ!)


 しかし『支配のブローチ』は発動しなかった。


(え……あれ? なんで?)


 アイが首をかしげていると、アマネはブローチを返してくる。


「はい、出来た。これで少しはまともになったと思うから」


 それを受け取った瞬間、アイは目を見開いた。


(――なんやこれ? よく分からんくらいに凄いことになっとる!?)


 詳しい効果は解析してみないと分からないが、なんかとんでもない改良が施されている事だけは分かった。


「ッ……そんな。神話級の魔道具を改良するなんて……。こんな事、魔王様にだって不可能なのに……」


 一体この女性は何者なのだろうか?

 一瞬、アイは人間達が召喚した勇者かと考えたが、それは違うと推測した。

 というのも、アイは既に王城へ忍び込み、勇者の調査を終えていたからだ。

 勇者の名は鷺ノ宮梓。平和ボケした世界で過ごしてきた人間の顔だった。

 あれならばいくらでも手の打ちようがあると考え、その場で殺す事はせず王城を後にした。


(間違いない、この人は魔族。ウチらの同族や。それもかなり高位の……)


 それに落ち着いた今なら、冷静に目の前の女性の現状を見ることが出来る。

 感じる魔力は人ではなく、魔族のソレに近い。だがいまいち確信を持てないのは、目の前の女性を覆うおびただしい程の拘束魔法の数々だった。


(呪詛、減魂に封印、魔力制限とありとあらゆる弱体化魔法のオンパレードやないか……。こんなん生きてるだけでも奇跡やで……)


 もしもあれほどの拘束魔法を重ね掛けされれば魔王ですらすぐに死に至るだろう。

 感じ取っただけでも吐き気がこみ上げる程のおぞましさだった。元々の魔力量が凄まじいからこそなんとか耐えることが出来ているのだろう。


(彼女の力を抑える為に人間どもが施したんやろな……許せへん)


 アイは内心、怒りに震えた。人間共はこの少女の肉体、魔力、全てを極限まで封じ込めて無理やり従わせているのだろう。こんなあばら家に住んでいるのがそのいい証拠だ。奴隷のような扱いを受けているに違いない。


(成程、支配のブローチが働かんわけや……。既にこれだけの拘束魔法が施されてればそうなるわ)


 逃げ出す事も出来ず、人間に利用される同族。なんという悲劇だろうか。


「ま、とりあえず君がポアルを追ってきたんじゃないならどうでもいいや」


 ポアルとは誰だろうか?


(傍にいた少女の事か……?)


 そういえばあの少女と子猫も異質な魔力だった。

 最初は身なりや片角からして、魔族と人間のハーフだろうと思っていたが、それにしては魔力量があり得ない程多かった。


(これは調べるべき事が多くなったな……)


 アイは意を決して、目の前の女性に訊ねてみることにした。


「……お名前を教えて頂いても宜しいですか?」

「アマネだよ。よろしくね」

「アマネ様とお呼びしても?」

「いいよ。てか、様もつけなくてもいいけど」

「いえ、そんな恐れ多いです。アマネ様、私と共に魔族領に来ていただけませんか? 勿論、お連れの方々も一緒に。アマネさまは……その、人間ではないのでしょう? 貴方の居るべき場所はここではないはずです」

「……そうだね。でも残念だけど私はこの地を離れる事は出来ないよ。まだやるべき事があるからね」


 そう言ったアマネは酷く悲しそうな表情を浮かべていた。


「ッ……そうですか。分かりました」


 間違いない。やはり彼女は人間に無理やり従わされここから離れることが出来ないのだ。アイはそう勘違いした。

 アマネに改良して貰った『支配のブローチ』を握りしめる。


「……いずれ必ずお迎えに上がります。その時までなんとかお待ちください」


 アイは心に誓った。

 必ず彼女を縛る拘束魔法を解除し救ってみせると。


 少なくともこの時はまだ、何の打算もなくアイは本心からそう思っていた。

 

 握りしめた『アマネ改良版支配のブローチ』からかすかにアマネの魔力が漏れて自分に混ざり込んでいる事に気付かぬまま……。

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