第11話 竜王様の想い、ピザーノに届けられる

 王城の自室にてピザーノ大臣はほくそ笑んでいた。


「ぬっふっふ、上手くいきましたねぇ……。勇者の一人が魔力無しと判明した時は焦りましたが、これはこれで好都合……」


 彼が太い指を鳴らすと、物陰から黒ずくめのいかにも怪しい男が現れる。ピザーノの部下だ。


「お呼びでしょうか?」

「奴隷商に連絡を入れなさい。珍しい品が入ったとね……ぬっふっふ」

「御意に」


 男が姿を消すと、彼はワインをグラスに注ぎ、のどを潤す。


「魔力が無いとはいえ、異世界から召喚された勇者。うまくいけば大金貨百枚……いや、百五十枚はいけるやも……。笑いが止まりませんねぇ。ぬっふっふ」


 ピザーノ・デブハット大臣。

 太った豚のような醜い外見をしたこの男は、その内面も見事なまでに腐り果てていた。

 ハリボッテ王国の重鎮でありながら、裏では奴隷商、暗殺ギルドとも繋がりがある生粋の悪党であった。孤児を攫っては奴隷商に売り飛ばし、政敵がいれば暗殺者を雇って事故に見せかけて殺す。そうやって今の地位までのし上がってきた。金と権力。それこそが彼にとっての全てなのだ。


「アズサ様も今は気にしているご様子だが、いずれ戦地に赴けば気にかける余裕もなくなるでしょう。タイミングを見て、旅に出たとでも言えば納得するはず……。そして勇者の武功は当然、パトリシア姫とその側近である私の手柄に……」


 ピザーノは今の地位に甘んじるつもりはない。いずれは王家に取り入り、やがてはこの国を表からも裏からも支配する真の王となるのだ。


「ぬっふっふ、笑いが止まりませんね。ぬーっふっふっふ」



『――成程、千年経ってもこういうゴミはどこにでも湧くのだな』



 自分しかいないはずの部屋に、別の誰かの声が響いた。


「……はへぇ?」


 ピザーノは声のした方へ振り向く。

 そこにはどす黒いオーラを纏った死神が居た。

 一瞬、ピザーノは幻覚でも見たのかと思った。


「不死、王……? いや、そんな馬鹿な。あり得るはずが……ッ」


『ほぅ……ゴミの分際で我を知っているか。腐っても一国の重鎮という訳か……』


「ッ……ひ、ひぎゃあああああああああああああああああああああああ」


 次の瞬間、ピザーノは即座に逃走を図った。

 彼は今でこそどうしようもない悪党だが、決して馬鹿でも無知でもない。この国の歴史や過去に存在した名を馳せたモンスターは全て把握しているし、魔法も魔力感知も並みの魔法使い以上には使いこなせると自負している。

 その知識、そして感じる魔力から、目の前の存在が幻覚でもなんでもない本物の不死王であると理解してしまったのだ。


「ひっ、ひっ、ひっ……っ! あか、開かない……? なんで……っ!?」


 彼は狂ったように扉をあけようとするがまるで開く気配がない。

 バキッと、ドアノブが折れた。

 今度は体当たりや魔法で扉を壊そうとするがびくともしない。


『無駄だ。扉も窓も、天井や床の抜け穴も全て封じた。貴様如きの魔力では決して開く事はない』


 開く気配がないと分かると、ピザーノは今度は何度もドアを叩き、大声を上げる。


「おぃいいいいい! 誰か! 誰かいないのか!? 緊急事態だ! 誰でもよい! 私を助けに来いいいいっ!」


 しかしどれだけ叫んでも、外からは何の反応もない。喉が枯れ、血がこびりつくほどに叩いてもドアは壊れることもなく、外から誰かがやってくる気配もない。


『無駄だ。諦めるがいい』


 逃亡が無駄だと悟ると、ピザーノは即座に不死王の前に跪いた。

 額を地面にこすり付け、これ以上ない程に命乞いをする。


「た、助けてくれえぇ! 金なら! 金ならいくらでも払う! それとも魂か? 生贄ならいくらでも用意しよう! わ、私ならばたとえ百人だろうが、千人だろうが用意できるぞ! 子供だろうと生娘だろうとな! だから、な? 頼む、助けてくれええええええ!」


『……どこまでも見下げたゴミめ……。貴様のようなゴミが主と同じ世界に居ると思うだけで虫唾が湧く』


 不死王は大鎌を構える。


『用事のついでだ。主様に害をなすゴミを我が排除する』


 命乞いが無駄だと悟ると、ピザーノは再び逃走を図る。

 だが、逃げる場所などありはしない。

 あっという間に部屋の隅に追い詰められる。


『死ね』


「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ」


 振り下ろされた大鎌がピザーノの首を刈り取る寸前で――止まった。


「……はへぇ?」


 心臓が止まるかと思った。

 何故殺されなかったのか?

 ピザーノはずるずるとその場にへたり込んだ。あまりの恐怖に涙やら鼻水やら下の水やらが全て溢れ出す。もはや尊厳もクソもなかった。

 一方で、鎌を止めた不死王は真剣な表情で考え込む。……骸骨なので表情はないのだが。


『これは……感謝の念? 我が主よ……、貴方はこんなゴミ屑にまで慈悲の心を与えるというのですか?』


 不死王が止めた理由。

 それはアマネからの感謝の念が、ピザーノへと送られていた事に気付いたからだ。

 アマネの眷属となった不死王だからこそ、その微細な魔力の波動を感じ取る事が出来たのだ。


『……成程、ただ悪を滅ぼすだけでは意味がないという事なのですね。悪を滅ぼそうとも、代わりの悪が生まれるだけ。ならば我が主の望みを――平和を実現するためにすべきことは……』

「……?」


 不死王が何を言っているのかピザーノは理解出来なかった。


『……記憶魔法ヨミコーム


 不死王はピザーノの額に手を当て、彼の記憶を見る。


『成程……貴様それでも若い頃は国を良くしようと奮闘する文官であったか。同僚の裏切り、運営していた孤児院の悲劇、妻の不貞、上層部の腐敗……それらを目にしていくうちに己も腐り、悪に染まったのだな。……気持ちは分からんでもない。その方が楽だからな……。堕落に身を委ねる方が』


「な、なにを……言って……?」


『……良いだろう、貴様で実験しよう。悪に染まった男はもう一度善人に変わる事が出来るのかをな。――悪心吸収魔法キレイニナーレ


「かはっ……?」


 ズズズズとピザーノの体からどす黒いオーラが放出される。不死王の手に収まったそれはピザーノの悪の心だ。


「な、なんだこの清々しい程の気持ちは……? そ、それにこのとめどなく湧きあがる罪悪感と涙は……っ! わ、私は今まで何をしていたのだ……っ」


 ピザーノはこれまでの悪行を思い出し身震いした。自分は何と悍まし行為に手を染めていたのだろう。罪悪感が溢れ出したかのように、涙やら鼻水やら下の水やらが再び大洪水である。

 流石に今度は不死王もちょっとドン引きした。


『……貴様の悪しき心を消しさり、初心を思い出させてやった。もう一度、やり直してみるがいい。それでも堕落するようであれば今度は容赦なく殺す』


「あぁ。不死王様感謝いたします……! 畏まりました。このピザーノ、今度こそ初心を貫いて見せましょう」


 ピザーノは全身全霊で頭を下げる。そこには今までの欲望に染まった醜い豚ではなく、文字通りつきものが落ちたような清々しい表情の豚が居た。


『さて、それではアレを回収するとするか。さらばだ――……』


 不死王が去った後、ピザーノは即座に行動を起こした。

 やがてピザーノはパトリシア姫の真の側近として、この国を更生するために奮闘することになるのだが、それはまた別のお話。

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