第8話 閑話 不死王の独白

 ――かつて不死王と呼ばれた最強のアンデッドが居た。

 スケルトンやゾンビ、ゴーストといったこの世ならざる不死のモンスターを総べるアンデッドの王にして頂点。

 そのあまりに強大な力ゆえに人と魔族、当時の勇者と魔王が一時的に手を組み、その命を犠牲にしてようやく封印した程の化け物である。

 その封印場所は厳重に守られていたが、時が経つにつれてだんだんと人々の記憶から忘れ去られていった。

 今ではハリボッテ王国の郊外の森の一角にひっそりとその封印石と封印の札だけが残されるばかりである。

 かつてアンデッドの楽園を創ろうとした不死王の封印の地に、命ある人々が作り上げた王国が繁栄を極めるとはなんとも皮肉な話だ。

 だが、もし仮にこの封印が解ければ、この世界は一気に地獄と化す。


 そう、不用意に誰かが封印の札でも剥がない限りは……。


「――汚いし、剥いじゃえこんなもんっ」


 そんな地獄の蓋が、とある竜王(現在無職)の手によってあっさりと解かれた。

 家屋が汚かったのでイライラしていた。そんなしょうもない理由で。


『――ォォ……ォォオオオオ、オオオオオオオオオッ! 自由だ! 遂に我は自由を手に入れたぞ! クハハハハハッ! 千年だ! ようやく我が再びこの地を支配する時が来たのだ!』


 封印を解かれた不死王は舞い上がった。

 今度こそこの世界をアンデッドの楽園に変えてやろう。

 さしあたり目の前の女を最初の住民としてアンデッドに変えてやろうと考えた。


『クックック、コイツが我の封印を解いたのだな。何も知らない愚かな人間よ……。だが光栄に思うがいい。我が封印を解いた功績をたたえ、貴様を我が最初の下僕にしてやろう』


 不死王が手をかざすと禍々しい大鎌が顕現する。


『この不転の大鎌は肉体を斬らず魂のみを切り裂く武器! そして斬られた者は我の従順なる僕と化すのだ! さあ、我が下僕となるがいい!』


 不死王は目の前の人間に向けて思いっきり大鎌を振りかざした。

 スカッ。


『………………あれ?』


 おかしい。

 斬ったはずなのに目の前の人間はアンデッドにならない。それどこか斬られた事にすら気付いていない。というか、不死王の存在にも気付いていない。


『ど、どうやら封印が解かれたばかりで少々力に不具合が生じているようだな……』


 不死王はもう一度集中する。

 体内の魔力をきちんと循環させ、封印前の力がきちんと戻っている事を確認。大地に不転の大鎌を近づけると、その禍々しい魔力にあてられて大地が黒ずんでゆく。不転の大鎌もきちんと効果があるのも確認。――ヨシッ。

 確認作業は大事。不死王は基本を怠らないのだ。


『……よし、魔力も武器もちゃんと機能しているな。ふははははは! 待たせたな愚かな人間よ! さあ、今度こそ我が僕となるがいい』


 スカッ。

 効果が無かった。


『あ、あれー? な、なんで? どうして魂が傷つかない!? 何故アンデットにならないのだ!?』


 というか、斬ったはずなのになんでこの人間は何の反応も示さないのだろう?

 魂が傷つけられるのだ。普通ならば耐え難い苦痛に襲われ泣き叫ぶはずだ。

 これで斬られたら不死王だって痛いんだぞ。


『えいっ。えいっ。えいっ』


 スカッ。スカッ。スカッ。


 しかし効果はなかった。

 魂を斬っている感覚はある。だが斬っても斬ってもキリが無い。例えるならあり得ない程に巨大な大樹を草刈り鎌で斬り倒そうとしているような、そんな果てしない感覚だ。


『お、おかしい。こんなのおかしいぞ……? 我は不死王。こんな事、あり得ない……』


「ん? なにこの人形?」


 すると、ようやく女がこちらの方を見た。

 その瞬間――不死王はゾワリとした。

 まるで失った筈の心臓を鷲掴みにされているかのような圧倒的な恐怖が全身をかけめぐる。ヤバい。目の前の人間は何かが『違う』。これは人の皮を被った別のナニカだと確信した。


『う……うわぁあああああああああああああああああああああああ!』


 不死王はがむしゃらに鎌を振り回す。だが――、


「危ないよ。いくら脅かすためとはいえ、こんなの振り回しちゃ」


『!?』


 あっさりと、目の前の人間は不転の大鎌を掴み上げると、その辺にぽいっと捨てた。

 アンデッド以外の存在が触れれば、瞬く間にその体が腐り果ててしまうはずの不転の大鎌をだ。

 というか、雑に捨てられた不転の大鎌の方がちょっとヒビが入ってる始末。


『えぇー……』


 なんなの、コイツ?

 不死王である自分を怖れないばかりか、まるでその辺の小石でも見るかのような興味のなさ。

 不死王は酷く混乱した。


「まずは掃除だ。――浄化魔法 クレンザ


『!? な、なんだこの強烈な光は――ぎゃぁあああああああああああ!』


 そして混乱している内に、不死王は消滅した。

 千年前、この世の全てを恐怖のどん底に陥れた最凶最悪の化け物のあまりにもあっけない最後だった。


「――時間回帰魔法モドール


『…………………ゑ?』


 と思ったら、次の瞬間には復活した。

 いったい何がどうなっているのだろうか?

 今しがた、確かに自分は消滅したと思ったが、アレは幻覚だったのか?


『……いや、幻覚などではない……』


 アレは確かに聖光魔法の光だった。

 それもかつて不死王が苦戦したとある皇国の『聖女』が使ったモノよりも遥かに強力な。


『ば、化け物め……! よもや我を超える存在が居るとは……。くっ、こんなところで終わるのか、我の野望は……。なんと口惜しい……』


 ようやく封印が解けて、千年前の宿願を果たせるかと思った矢先にくじかれるなんて。悔やんでも悔やみきれない思いだ。


「あ、修理終わったし、はいこれ。返すね」


『え、あ……はい。どうも』


 不死王は思わず反射的に不転の大鎌を受け取ってしまう。

 あまりにもぞんざいな扱い。きっとこの人間にとって、不転の大鎌なぞその辺の草刈り鎌と変わらないのだろう。……自分が不死王になってから研鑽と研究を重ねた武器のにと、不死王としてはちょっと複雑な心境だ。。


「……というか、もしかしてこれ人形じゃなく生きてるのかな?」


『なにを……言ってる……?』


 生きている?

 生きているだと?

 この不死の存在を前にして、この人間は何を言っているのだ?


「……寂しかったでしょ。ずーっとここで独りぼっちで」


『……ハッ、何を馬鹿な事を……』


 独りぼっち? 寂しい? そんなはずはない。千年の封印なんぞ不死王にとっては一瞬に等しい。

 そもそも己の力の前には誰もが傅く。最強にして孤高の存在。それが不死王だ。

 寂しいだの、独りぼっちだのそんな陳腐な感情などありはしない。

 ――そう、否定したいのに、この胸を締め付けるようなこの感覚は何だ?

 心臓など自分には存在しないのに。何故、この人間の言葉にこんなにも魂がざわめいてしまうのだ?


(……我が間違っていた? い、いや……そんな訳ない!)


 不死王が自分の行いに疑問を持ったのはこれが初めての事だった。


(人間は愚かだ! 生きている限り常に間違いを犯す! 裏切り、謀り、他人を蹴落とす! だから不死の存在にしてしまえばきっと……!)


 きっと――なんだ? その先に、自分は何を求めていた?

 そもそも何故、自分はアンデッドになったのだ? 何故全てをアンデッドに変え支配したいと考えたのだ?

 命ある者が気に食わなかったから?

 全てを支配したかったから?

 いいや、違う。本当に求めていたのはきっと――、


「どこか行きたいところがあるの?」


『……』


 自分が辿り着きたかった境地。見たかった風景。在りたかった姿。

 本当に欲しかったものを自分は見失っていたのではないか?


(……我はただ心から信じられる仲間が……居場所が欲しかったのかもしれないな……)


 あっさりと不死王は絆されてしまった。なんやかんや千年も封印されてぼっちを拗らせたうえ、最強の竜王であるアマネと出会ってしまった事は正しく劇薬だった。

 不死王はゆっくりと彼女の言葉に頷いた。


「凄いね、そこまで頑張るなんて私には出来ないよ」


『……?』


 出来ない? これ程の力を持った存在でも、まだ出来ない事が、叶えられない望みがあるというのか? 不死王は己が酷くちっぽけな存在に思えてきた。


(絶大な力を持ちながら、この謙虚さ……。あぁ、この御方だ……。間違いない。この御方こそ我が主……求めていた存在に違いない)


 不死王の思考がどんどんおかしな方向へと加速してゆく。


「私もさ仕事、いっぱい頑張ったんだ。でも全然ダメでさ。私がいくら頑張っても喧嘩も争い事も全然減らないし、もう嫌になっちゃったんだ。だからしばらくはここでのんびり暮らす事にしたの。だから気が向いたら、またいつでもここに来なよ。たくさん驚かされてあげるから」


『……畏まりました。この身を賭して主様にお使え致します』


 その瞬間、不死王に莫大な魔力が流れ込んできた。

 意図せず行われたソレは眷属化。不死王はアマネの――竜王の眷属となったのだ。

 勿論、アマネは気付いていない。流れ込んだ魔力はアマネにしてみれば爪の甘皮ほどもなかったからだ。あと会話が全然かみ合ってないのにどんどん進行し、それに付随して不死王の勘違いも加速してゆく。


『ぉぉおお……なんと、なんと素晴らしい魔力。今ならば三日でこの国を死の楽園に変える事も出来そうだ……!』


 勿論、主が望んでいないのでそんな事はしないが。

 アマネは平和を望んでいる。ならばその実現の為に働く事こそ、眷属となった不死王の存在意義だ。それはかつて不死王が求めた望みよりも遥かに困難な道かもしれない。それでも不死王はやる気に満ち溢れていた。


(とりあえず、我が主の為に今の世界の情報を集めるとするか……。それに各地に封印されているであろう我が武器や宝具も回収せねば。そう、全ては我が主の平和の為に!)


 どのような形で平和を実現するにしてもまずは現状を把握しなければ意味がない。本音を言えばずっとアマネの傍で使えて居たいが、そんな甘えは眷属として許されない。しばしの別れだ。


「あ、そうだ。その鎌貸して」


『……?』


「えーっと、ここをこうして――あとこれをこうっと。はい、これ。餞別代りにちょっとだけ性能良くしといたよ」


『おぉ……まさか魔力を分けて頂くだけでなく、我が武器にもその寵愛を注いで頂けるとは、この不死王光栄に極み――ってええええええええええええええええっ!?』


 感動に打ち震えようとして、不死王は仰天した。

 受け取った不転の大鎌はあり得ない程のパワーアップを遂げていたのだ。

 アズサの世界にあるゲーム画面的に説明するならこんな感じだ 。


『竜王の大鎌』

 HP +9999

 MP +9999

 攻撃力+9999

 防御力+9999

 速力 +9999

 特殊効果 破壊不能、防御貫通、相手は死ぬ。絶対死ぬ。どう足掻いても死ぬ。

 ※但し竜王や眷属、所有者は死なない。相手に利用される心配はないよ♪


 こんな感じである。

 なんか不転の大鎌がとんでもない武器になってた。というか、名前も変わって いた。ゲームだったら「これ一本あれば他はゴミ」とか言われるレベルのぶっ壊れ性能だ。


(……いや、いや、いや、いや、いや、いや! ちょ!? え、なにこれ!?)


 こんな武器この世にあっちゃいけない。神代の代物だ。紛れもない神器だ。不死王は別の意味で昇天しかけてしまった。


『は、ははは……本当にとんでもないお方に封印を解かれてしまったな。さて、それでは行くとしようか』


 こうして不死王はアマネの眷属となり、この世に解き放たれた。それがどのような結果をもたらすかは、まだ誰も分からない。

 ただ一つ言えることは、不死王による世界の危機は未然に防がれたということだ。

 ……そもそもアマネが封印を解かなければ何も起きなかったのだが、それは言わないお約束である。


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