死場所をえらぶ、処刑台の人生

明鏡止水

第1話

転生モノとかでよく出てくる処刑台。

ギロチンや、絞首刑のための垂れ下がった縄。

そんな描写のある漫画や作品。

最近もまだよく見ますよね。

「わたくしはやっていません!」

と叫ぶ。

傷ついた身分の高かった少女や、諦観に沈む昏い眼をしたお姫様。

女の子だけでなく少年や青年も追放されたり、仲間に裏切られてパーティから追い出されたり。

果ては裏切られて命を落とす。

そして、記憶は引き継いだまま、〝以前〟の自分へ覚醒する……。

よくできたお話です。

溺愛ルートから仕返しルートまで様々なお話の展開と世界観の拡げ様がある。

錬金術、魔術、社交界、上流階級、ミステリー。


もしも、もう一回。

後もう一回。

それでもまだまだもう一度。

何度でも自分の生をやり直すことが出来たなら。


昔、通っている心療内科が合わなくて、地元の内科の先生に泣きついたことがあります。その先生もずっと患者を診っぱなしでお腹も空いてて機嫌が悪いだろうに、まあ、親切であったかわかりませんが。

若い頃の私の話を聞いてくれました。

心療内科や精神科医を渡り歩いていた10代の自分は自律神経の乱れからもおかしくなっている、と考えていたのです。

「神経」。

その言葉もまた精神疾患やうつ病に関係のある項目だと思い、神経科のある地元の女医さんに今の先生が酷くて辛い、と泣きついたのです。先生からしてみれば普段の患者に加えて内科にとんでもないのが駆け込んできたので困ったことでしょう。

後に、

「確かにここは神経科もあるけど、それは脊髄とかそういうのの関係であって心療内科の範囲ではないの」

そこで、私の目元は涙で決壊したような覚えがあります。

望みが絶たれた。

大嫌いなあの男の先生から逃れてきたのに、自律神経と神経科は関係がないモノ……。

けして自分を恥ずかしい奴とは思いませんでした。

間違いだった。

もうほかに行くところがない。

女医の先生は私が「辛そうな患者」に見えたのでしょう。

大声で、

「ねえ! 他に女の先生がいる病院知ってるー???」とクリニック内に響くように叫びました。

その時の、女医さんの気持ちは今でもわかりません。

私が本当に辛そうに見えたから思わず声を張り上げたのか。

神経科という項目に惑わされてやってきたメンヘラが邪魔だったのか。

数年後。

体の揺れから私はまた、その先生に相談に行くことになりました。我が家では何かあったらとりあえずその病院なのです。腕は確かなのでしょう。

ちなみにこの体の揺れも心身の不調だったのでしょうが。

先生も内科や神経科の専門。いちいちメンヘラに構っていられません。

「これ以上は漢方しかない」

漢方。

なんだか怪しい響きです。

貧血が酷いわけでもなく、多少の栄養失調。

匙を投げられていたのでしょうか。


もしも、〝以前〟の自分に戻れても。

子供の頃の自分に戻れても。

回避できない〝瀕死〟があるのです。


どんなに戻れても、必ずどうにもできない今に続く人生。回復の呪文も、復活の呪文も、教会でのお祈りも効かず、やり直しの効かないロールプレイングゲーム。


そんな人生の中で、私はどんな死を望むだろう。

家だと、部屋が汚れる。お風呂で死んだら家族や今後そこに住む人が困るなあ。

リビング? うち陽当たり悪いし暖かで麗らかな春の陽気の中逝けなそう。

和室。寒い。却下。簡易仏壇が嫌いだし。遺影に見られながら倒れたくない。

お手洗い。

なんか、トイレで倒れるのも現実味があって怖いなあ。具合悪くなって吐いてそのまま死ぬ、みたいな。

部屋。

グッズが心残り。集めるだけ集めて使ってないバッグやポーチのアニメプリントのグッズやキーホルダー。アクスタが山ほどある。


神殿が欲しい。常に最高の映える写真が撮れる祭壇付きの。

あるいはおしゃれでサイズのあった靴や服が揃った洋館や、日本家屋。


障がい者である自分でも、障がいを持つきょうだいと将来一緒に住みたくない。


たとえ両親がこの家を遺してくれるとしても、住み慣れていても困るのだ。


己の死場所は、病院かな。

そう直感していた。

年代が上の人や普通の人は自分の家で趣味や家族、ペットと触れ合いながらぽっくり逝きたいらしい。


世の中、そんな良い死が溢れていないことをなぜか思う。

どんなにグッズに囲まれて過ごしたくても、結局は全部身辺整理されて良ければ老人ホームに入っているかもしれない。


そう思うと、人間、虚無になってしまう。

どんなに積み重ねても、結局は、生まれて生きて、時に働く人と働いたことがない人がいて、どんなに素晴らしいものを見ても、体感しても、それらは写真が残っていても絵空物語。


人の一生は、儚いなんて可憐な響きじゃない。

人の一生は、どう恨んでどう憎んで、どう睨め付けてきたか。

そんな人生になるくらいなら、趣味だった貯金なんて忘れて物を増やして生まれて掃除もしないで、感動した漫画も読み返さないで、感銘を受けた映像作品や小説を読み返さないで。


人生の心の墓場。死への思い描いた道筋。家族も全てこの世を去った最期。


この世には、自分しかいない。


孤独が待っている。


だから、みんな、処刑台へ歩を進める。


石を投げられ、罵詈雑言を浴びるのを回避した人生でなら処刑くらい。


「死刑になりたかった」


誰かが、確実に言いました。


そのために、起こされた「場面」は画面でしか知らない。


何かに、夢中になれる、人生が、よかった……。

そんな遺言を、映画 ハイキュー‼︎ ゴミ捨て場の決戦を観て感じた。

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死場所をえらぶ、処刑台の人生 明鏡止水 @miuraharuma30

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