(四)四人の集い
ある街の郊外にある茶屋でのこと。店内の端っこ片隅にて会談が行われていた。
人数は四人。西洋人の女性が一人、中国人の男性と女性、そして林継。彼らはテーブルを囲むように座っており、互いに目を合わせようとはせず、まったく別の方向を見ていた。
「呼び出しとは、一体どのような事で。
髪を首元まで伸ばした中国人の女性が言う。他の三人と比べれば、彼女は誰よりも若いように見える。しかし、その姿は凛々しく、力強さを感じる者であった。
「きっと彼のことでしょう。そうですよね、宋星さん」
宗星と呼ぶ男。そう、この会談を執り行い、太刀会をまとめあげる男が彼である。
男は「あぁ」と返答し、この場に集まった三人の顔を見渡す。西洋人の女性は変わらず目を瞑ったまま、細く微笑んでいる。
「張福成について、当初は我々の同志として迎い入れようと考えていた。だが、俺は本日を以って敵と見なそうと思う。お前たちは、どうだ?」
「う~ん、そうですね。それって殺す標的、って事ですかね。だったら反対ですね」
真っ先に声を出したのは林継であった。
「兄さん……いえ、林継殿。その考えは何故? 彼は確かに我らに敵意を向けていた」
「うむ、そうだな。
驚きを隠せずに言う徳児。そしてその傍らで双方の意見を纏めんと疑問を問いかける宋星。
「手合わせしましたが、アレは相当な実力の持ち主です。生かしておくのが武の道のためだと思うんですよ」
「そういう視点、考えもあるのだな。どうだ、徳児?」
仲介役かのように宋星は聞く。けれども彼女は気に入らない様子で語る。
「それはそれ、です。武の道のためになれど、組織に危害を加える存在であるという事は、我ら同志たちに刃を向ける者です」
あくまで組織の敵、彼女の考えはそういったものであった。そもそも、林継と林徳児は兄妹ではあるものの行動理念が違っていたのであった。それ故に最近では衝突することが多々ある。そして今回もそうであるのだ。
「これは一人の家族として言わせて欲しい。兄さんはもう少し組織のことを考えるべきだ。兄さんの行動は――」
「徳児‼ 彼も考えあっての事だ」
彼女の名を叫び、言葉を遮ったのは宋星であった。彼は両者の顔を見て、互いの意見を踏まえたうえで考えた。そして、双方が納得のいくような言葉を選ぶ。
「ではこうしよう。徳児、お前が福成を殺せ。そして林継、お前は徳児に殺される前に奴をどうにかしろ。どうするかは、お前に任せる。それで、双方共に納得かな?」
「わ~お、それはつまり競争ですね。そうとなれば私はもう行きますね。今日の会談はどうせこれだけなんですから」
立ち上がり、店内から出て行こうとする林継。そしてそれを追うようにして立ち上がる西洋人の女性。林継を宋星は止めようとはしなかったが、もう片方は違った。
「アンナ。お前はどうするつもりだ?」
「あら、私に意見を求めるつもり。雇われているだけの私に」
彼女は宋星の方を見返り言う。どの者たちとも一線を引いているような彼女はまるで、当初からこの会談に興味も無いようであった。
「君の評価が下がればこれ以降の依頼や仕事に支障をきたすのではないかね」
アンナの態度が不服なようであったのか宋星は睨みを利かせて言う。そして彼女は不敵な笑みを見せて言った。
「マッド・ラインでは報酬額によって仕事のやりようを決めれるの。私を自由に動かす駒にしたいのなら、今の額の十倍は必要ね」
そう言い残すと、林継の後を追うかのように店を出て行ったのであった。
大きなため息を吐き、徳児と自分だけが残った席を見る。このままの状態が続けば、恐らく目的を達することは出来ないだろう。改善のためにも一手を決めなければならない。
六年であった。宋星がここまで事を運ぶために準備した期間である。それが泡となれば次のチャンスなど来ないだろう。
最後までそこに居た徳児は、彼が何か思い詰めている事くらい分かっている。けれどもそれを自分が気にしていい事なのかは分からなかった。
「ん、先程はありがとう。林継の言い分も分かるが、お前の言う通りでもある。我らは組織だからな。ああ言ってくれて助かった」
「い、いえ。あれくらい、当然です。兄さんは危機感が無いんです。武のためとは言え、自分たちの家が無くなっては意味が無いのに」
同じ道を歩く者たちのはず。一人でも多くの同志たちを救い、未来に残す、そういう目的の下に彼女は組織に入会した。そしてまた、太刀会にいる者たちの多くが彼女と同じ考えであり、そのような感情を抱いている。故にこのような状況は良くない、と考えるのであった。
「そうさな。ある程度……危機感を持ってくれるか、統一性を持って欲しいな」
彼は遠い何処かを、徳児とはまた違った視点を持っていた。
宋星と徳児を置き去り行く二人。彼と彼女は別段と仲が良い訳では無い。けれども此度は良い感じに意見が合ったのだろうか。
「珍しいですね。アンナさんがこうにも気を損ねるなんて」
「あら、分かるのね。勘がいいこと」
その様は普段通りの装いであるようであった。証拠に宋星と徳児はいつも通りであると疑いの念を向けていなかったのだ。だが彼は、その本質を見抜いていたのだ。
アンナという女は、ある者から依頼を受けて太刀会の用心、あるいは暗殺者としてマッド・ラインと呼ばれる暗殺執行組織から派遣されて来た。故に太刀会の成すこと、目的などはどうでも良かった。だが、今回に限っては何やら気に喰わないものがあったようだ。
「命じられればやる。ビジネスはとことんビジネスとして割り切るし、プライベートも同様よ。けど、今回のようないざこざがあるものは反対。目的を一つにしなさい」
「ビジネスはビジネス、プライベートはプライベート」、といった事をモットーにして生きるのが彼女であった。けれど、その依頼者が組織間や仲間内でいざこざを起こすのは気に入らないようだ。
二人は立ち止まり、互いを見つめる。そして先に声を発したのはアンナの方であった。
「もしも、仮に彼と本気でやり合うのなら心してかかる事ね」
「ん? それって、福成の事ですよね。彼の事、知ってるんですか」
「もちろん。戦い合ったから分かるわよ。そんな私から言えるとしたら……」
一呼吸置き、笑みを浮かべる。その笑みがどのような意図で意味を持つのかは林継には分からなかった。けれど、その瞬時に彼は、彼女が福成に対して何らかの特別な感情を抱いている事を読んだ。
「戦って生け捕り、なんて甘い考えは捨てるべきね。アレは、福成は効率的に殺してくるわよ」
それが意味を指すことは、此方が手を抜いて戦う一方で福成の方は常に本気で殺しに来る、という事だ。
彼の事を誰よりも知っている、正確にはその戦い方を。尊風な彼女の言葉に林継は少し興味が沸いた。彼女と福成にどのような事があったのか。また、彼と彼女ではどちらが強いのか。
笑みには笑みで返し、自信に満ちた顔で言う。
「僕は彼と殺し合いでは無く、試合がしたいんですよ。だから、僕は僕なりの全力で戦いますよ。貴女も、そうでしょ?」
「ええ、そうね。私も私なりに全うする。同行するわ。どうせ、目的地は同じなのだから」
二人は再び歩き出した。目指す場所は同じではあるが目的は互いに違う。誰かに殺される前に福成に出会う、それだけが二人の共通目標であった。
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