第4話 出会い系を使って

件名 そのうちお会いしましょう

わたしは日曜日は、ひまなのですよ。お食事をしてから、映画でも、と、いきたいところですけれど、町田には映画館は、なかったのでしたわね。お食事代も、わたしが持ちますから、気になさらなくていいのですわ。小田急デパートの上で、よく食事をしますし、あなたのお好きなところでも、よろしいわよ。

というメールを金曜の夜に受け取った浜野は、興奮した。三十八では、それほど歳でもないし、第一、お小遣いをもらえるのだから、しかもそれは並みのAV男優よりは、もっと多いはず。

件名 了解しました

もちろん、あなた様の、お選びになるところなら、何処へでも、お供します。

返信メールは割りと、すぐに来た。それは、二十分以内だった。

件名 待ち合わせ場所

それでは、日曜の朝、十一時にJR町田駅前の陸橋の出口のあたりで。わたしは、小田急線で来ますけど、小田急の出口って、人が、ごちゃごちゃ、していますから、歩いていきますわ。

浜野も、それには、すぐに返信した。

件名 了解です

お待ちしています。

さて、ポイントだが、浜野は最初のメールで、自分の携帯番号を載せて送信している。

白山社長の出会い系の女性も、彼が自分の携帯番号を載せて送信する、返信が来た。これが、ひとつのコツなのだ。熊本出身の浜野は、とても純朴である。何の用心もなしにやったのだが、これが、出会い系で、うまくいった原因である。

昨今、出会い系で会えないと嘆く人は、随分多いのだが、直メールを知らずに会うのは難しいし、直メールの後は電話番号を知らないと、すんなりと、会いにくくなる。

男性が自分の直メールを教えずに、相手から聞き出すのは困難だ。できれば、これはと思う相手には先に自分から携帯番号を教えれば、うまくいくという方法がある。都会の人間は用心しやすい。そうすれば、相手も用心して、ずるずると、メールのやり取りで時間も、お金も消費していくのだ。そこが、出会い系業者が儲かる要因の一つ、となっているのだが。最低でも自分の直メールは教えよう。そこに返信してこない女、か何か知らないが、その相手は、決して貴方には会う気などないよ。といっても、これを読んでいる人が出会い系を使う人、かどうかは、こちらには分かりませんが。


日曜の朝十時ごろは、町田駅近辺の人通りは、すでにかなりなものとなっている。

JR町田駅から小田急線の町田駅までは、屋根つきの歩道となっている。地上二階という感じだ。幅も広いのに両駅に向かう人達は、左側通行で歩いていく。浜野が指定された場所に行くと、そこには周りの人間とは違った、中肉中背の女性が帽子をかぶって立っていた。浜野は、その女性に、

「もしかして、緑山さんですか?」

「ええ、お待ちして、いましたわよ。」

「えっ、そんなに早くからですか。」

「五分ほど前に来ていたのですわ。気になさらないでね。」

ハンドルネーム緑山、であった、その女性はニッコリ微笑むと、

「小田急デパートの上へ、行きません事?」

「ええ、参ります。喜んで。」

二人はそれから、小田急の駅の方へ歩き出した。

小田急駅に入ると、デパートへ行くエスカレーターがある。そこから、最上階のレストラン街へと着いた。緑山は高価な香水の匂いを漂わせていた。時間としては店内には、どの店も人は、まだあまり入っていない。ガラス張りに町田の景色が見えるレストランへ、緑山の後を浜野は店に入った。席に着くと、

「浜野さんですね。」

「はい。ぼく、町田の美術大学に通っています。」

「わたしね、本当の名前は、緑川っていうの。まあ、美術って、すばらしいわね、うん。わたしの叔母が銀座で画廊を、していたわ。わたしも、将来やりたいなっ、て思っているのよ。」

「それは、素晴らしい。でも、ぼくは、イラストレーターにでも、なろうかって思っているんです。画廊に出展できるものを、描けるようになれるなんて、ぼくは思っては、いないんです。」

「そうかしら、そう?才能っていうのは、磨けば光るものでしょ。叔母はね、一人の画家を有名にしたことが、あったわよ。最初は、でもね無名の青年だったけども。」

「え、誰なんですか、その人の名前は?」

「うん、名前は言わなかったなぁ。画廊の名は銀月だったと思うけど、ね。」


町田にも、やはり親のいない子供たちが入る施設がある。

義務教育は受けられるけど、それが終わると就職するしかないのだ。折からの不景気で、引き取って養おうとする人も、今は中々いないのだ。

そんな孤児たちの一人、佐山牙は、その名前も少し変っているが、そもそも、母親と思われる人物が、ある雪の日に施設を訪れ、赤子同然の、その子を預けていった時に、書類に、その名前を書いたというのだ。

受付の中年の男性事務員は、

「牙だけで、いいのですか。」

「はい。」

「牙男とかでは、ないのですね。」

「いえ、一文字です。」

何か、ゆらりと、その若い女性は揺れた。

「わかりました。それで、そちらの、ご住所も書いてもらわないと、いけないんですがね。」

「住所は霊界です。」

事務員は、それを聞いて失笑した。

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