第3話 政略結婚 ポリティカル・ウェディング

 令嬢は二の句を継いだ。


「容姿が醜いと言われてから、素顔をさらすのが怖くなりましたの。それで、顔を何かで隠していないと、落ち着かなくなりまして」


「それで兜を」


「婚約者様のお気に召す女性になろうと必死でした。勉学はもちろん、音楽とダンスのレッスン、芸術、多岐に渡る技術を習得して、格式高い女性になろうと努力しました。ですが、それでも婚約者様に『君は心までも醜い』と言われて」


「ん~、心無い言われ方ですね」


 ふと、黙って話を聞く師匠の様子をうかがうと、彼は眼を閉じ何かを考えているように見えた。

 呟くような囁きが聞こえてきたので、耳を済ますと。


「Zzz……」


 昨日は徹夜で作業をしていたので、さぞ眠いことでしょう。

 し・か・し、今は仕事の依頼を聞かねばならない上、お客様の前で居眠りとは、なんと失礼なことか。


 私の頭で何かが千切れる音が聞こえ、師匠の耳に両手を沿えて大きく息を吸い――――


《起きろぉぉおおー! ダーケストォォオオー!!》


 魚人は魚眼を見開きパニックに。


「な、なんだ!? 終末のラッパが鳴らされたのか? 世界の終りに七人の天使が舞い降りたのか!?」


「師匠、夢の世界は楽しかったですか? じゃぁ、仕事のお話をしましょうね」


「う、うむ」


 にしても、貴族の世界は平民生まれの私には憧れるけど、悪口とも取れる物言いを我慢して結婚するなんて、理解できない。


「未来の奧さんに、そんな冷たい言い方する人と結婚できるんですか?」


「込み入った事情がありまして」


「どんな事情なんですか?」


「私の一族は代々、貿易業で財を成して、王国から男爵の称号を与えて頂いた家系なのです。ですが、私の家柄は名家と言われるほどではありません。むしろ、没落貴族になりつつある家で、王政に庇護される貴族様との結婚が成立すれば、私の家は一族を存続することができるのです。この婚約は家を救う為にも必要なことなのです」


 私は聞いた話を頭の中で整理すると、自分の耳を疑い問い質す。


「え? 政略結婚ってことですか?」


「おっしゃる通り。お相手は軍閥の一族で、代々、王家に使える伯爵。血筋も高貴な家系なのです。ですから父の考えは由緒正しき貴族へ嫁げば、ヴァルトナ家は安泰と考えているのです」


「ヒドイですよ! それじゃ、アラベラさんが貴族の道具みたいじゃないですか?」


「仕方ないのです。貴族の世界は、やはり血筋が全て。生きる為には、どの家柄に組するかが必要不可欠なのです。後……」


 兜をかぶる令嬢はためらいがちに話した。


「やはり婚約者様は由緒正しき一族を背負うお方。花嫁候補は他にもいらっしゃるのです」


「他にも?」


「はい。花嫁は行く行くは婚約者様の子を産み、貴族の一族を繁栄させる役目を担っています。ですから、多方面から候補者を集め、より有能な花嫁を選ぶのです。私はその花嫁の一人に過ぎません」


「え~と、いわゆるキープってヤツですか?」


「捉え方によりますが、そう、解釈して頂いて構いません」



「もう、サイテー! どうしてそんな男性と――――」


 聞けば聞くほどストレスで気が狂いそう。

 私の悪態を師匠は静かに諭す。


「弟子よ。客人に無礼な物言いだ」


 師匠に言われて軽はずみな言動を反省した。

 令嬢は兜越しでも、熱量が伝わるくらい訴えかけてきた。


「心を磨くには研魔士様の力を借りるしかありません。お願いです。ワタクシにはもう、ここしかないのです」


「依頼とあらば、お引き受け致しましょう。それが研魔士の仕事ですからな」


「ありがとうございます」


 令嬢は兜を傾け深々と頭を下げた後、小さなか拳を口に寄せて少しハニカミ気味に聞いた。


「ここまで来て、お恥ずかしいのですが、ワタクシ、研魔士様のお仕事を存じないものでして、具体的にどのようなことをされるのですか?」


 師匠はまぶたを閉じ、腕を組しながら小さく喉を鳴らした。

 "よく知りもしないで何故来たのだ?" と、言いたげだ。

 私は焦りながら師匠の肩を揺さぶり、解説をうながした。


「し、師匠?」


「あぁ……まぁ、貴族の皆さんは神の寵愛ちょうあいの元に、この世に生を受けたと思っていますからな。内面は元より潔癖と唄い、心の研魔なんぞいらないと、声を高々にするお方はザラにいます」


 なんか、余計な前フリが入ったなぁー。

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