第2話 兜の令嬢 アイアン・メイデン

 コン、コン、コン。

 戸を叩く音がしたので私は「どうぞー」と、元気よく迎い入れた。


 扉が開き目に飛び込む姿を見て、私も師匠もハッと息を呑む。


 薄暗い部屋に踏み入れたのは、甲冑の兜をかぶり、赤い艶やかなドレスに身を包んだ女性だった。


 私と師匠は、その奇抜な組み合わせのドレスコードに戸惑った。

 先に師匠がこの沈黙を破る。


「えー……手紙で依頼を頂いた、ヴァルトナ嬢でよろしいかな?」


「あっ、驚かせて申し訳ありません。ワタクシ、ヴァルトナ男爵の娘、アラベラと申します」


 令嬢アラベラは兜の口を押さえ、動揺した後にスカートの裾を軽く持ち上げ、頭を下げて挨拶した。

 鉄柵のような目隠しから聞こえてくるので、声がくぐもっていて、地下室から聞こえる声を拾っている感覚になる。

 誰だってこの姿を見たら聞かずにはいられない。

 むしろ、聞かれ待ちしているとしか思えない。

 師匠は迷うことなく聞いた。


「なぜ、ドレスの上に兜を? まさか、何者かに命を……」


 令嬢は慌てて手を振り否定した。

 厳(いか)めしい兜と、気品あるドレスと上品な所作のバランスが悪く、少し不気味だった。


「この兜はお父様のコレクションですわ」


「それはぁ……良い趣味だな」


「兜はワタクシの気の持ちようなので、お気になさらず」


「誘い水としか思えんが。第一、その姿では通行人の目を引くのでは?」


「ここまでは馬車で来たので、人目に着くことはありませんでした」


「あぁ、なるほど……」


 微妙に話が噛み合ってない。

 納得したようなしてないような、不思議な感覚に囚われた。

 師匠は手を椅子にかざして着席するように促す。


「これは失敬。客人を立たせたままにしてしまった。こちらに腰をかけなされ」


「では、失礼しますわ」


 彼女は長いスカートの膝から上を掴んで、十センチほどまくり上げて、スソが床に着かないように歩く。

 丸椅子に腰を下ろすと背筋を伸ばし、手をスカートの上に交差させて置く。


 やっぱり本物の淑女は見て取れるほど優雅。

 こんなジメジメした工房に迎い入れるのが心苦しい。


 アラベラ嬢は話を切り出す。


「お手紙でお伝えした通り、アナタ様が町で一番の研魔職人の方と噂を聞いて、お仕事のご依頼を出させて頂きましたの」


「いかにも、我が研魔士のダーケスト。ちまたでは、我のことを"恫喝のダーケスト"と不名誉な通り名で呼んでいますがね」


 恫喝のダーケスト。

 その名は広く知れ渡れば渡るほど、師匠にとって不名誉極まりない通り名。


 研魔職人にとって通り名とは、それ自体が看板と同じ意味を持つ。

 町で"なんとかの研魔職人"と言われれば、お客さんは噂に釣られ、魔法の靴を履かされたように工房へ勝手に足を運んでくる。


 師匠も最初は魚人のダーケストと呼ばれていたけど、工房へお客さんが足を運ぶようなると、多種多様な人たちの要望を聞くことになる。

 やれ値引き交渉やら、やれ作業に時間がかかり過ぎると、イチャモンをつけられ、それに対して師匠はお客さんだろうが、偉いお役人だろうが気にくわなければ、躊躇ちゅうちょなく怒鳴り散らし、追い返してしまう。


 結果、良くも悪くも恫喝のダーケストと言う通り名が町に広まってしまった。

 アラベラ嬢はそれを聞いて一呼吸置き、気重に工房へ足を運んだ経緯を語る。


「実はワタクシには、幼少より将来を共にし、家名を継ぐ約束をした方がおりまして」


 女子なら敏感に反応してしまう。


「婚約者ってことですよね? おめでとうございます」


「ありがとうございます……ですが、それは破談になるやもしれないのです」


「え? 婚約破棄ってことですか?」


「ありえる話でして……その……」


 令嬢が兜をうつむかせると、カチャ、と金属の擦れる音が響く。


「彼に言わせると、ワタクシはみにくい人間なのだそうです」


 それを聞いて私は、どう返せば言いか解らず黙ってしまった。

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