第12話いつかのあの日 1 (フォレスティーヌ視点)
私に与えられるものはいつだって不要な、つまらない、凡庸な、二番目の、劣った、違う方、じゃない方、求めていないもの、模倣した、もらって困るもの、そういうものだった。
対してリリアはいつも美しい、おもしろい、一番の、優れた、本物の、楽しそうな、欲しいもの、真似できない、選ばれたものだった。
私が十のころ、屋敷にリリアとの共通の友人を招いてお茶会を開いたことがある。
招くよりもお呼ばれする方が多いので、とても記憶に残っている。
(この黄色いドレスには絶対このシルバーのネックレス…)
ふと見ると、リリアは誕生日に買ってもらった青いドレスに、シルバーのネックレスをしてパールのついたヒールを履いている。
途端に自分が付けているネックレスに意味をなくす。同じシルバーだけれど、あちらの方が優れていた。
「リリア、このネックレスとあなたのネックレス、交換してよ」
「良いけど、どうして?お姉様」
妹の質問を無視して、鏡に向かって付け直し、自分が付けていたものを妹の掌に乗せた。
妹はうまくネックレスをつけられずもたついていた。
鏡に向き合うと、自分の金髪が黄色のドレスのせいでぼんやりと見えて仕方ない。
「リリア、ドレスを交換してよ」
「嫌よ。これは誕生日に買ってもらった…」
「良いから脱いでよ!」
「やだあ!やめてよ!うええええん!」
無理やり袖を引っ張った上にリリアが抵抗して転んだので、ドレスが破れてしまった。
「何をしているんだ!」
父が怒鳴りながら入室してきた。
怒っている大人を制御するのは実に容易い。
鉄は容易に曲がらないが熱すれば曲がるのと同じ原理なのだと思う。
物を壊した時の初手は黙るに限る。まずは相手の出方を見て自分の身の振り方を決めるのだ。
リリアはまだ小さくてその理屈を知らないから、自分から勝手に悪者になってくれて助かる。
「お姉様が私のドレスを破いたのよ!」
「何だと!?なぜそうなるんだ!フォレスティーヌ!」
「まさか。着ている服を破くなんて難しいと思うけど。どうしてすぐ人のせいにするの?自分が転んだのでしょう?そうやって人のせいにばかりすると人からの信頼を失うわよ」
ちょっと背伸びした言葉を使ってみると、大人にはより効果的だった。
「そうだな、お前のそういうところは良くない」
ほら、かかった。
もうこれでお叱りの八割はリリアに向く。
怒りの矛先を向けられたリリアは、どうしてそうなるのだろうという眼をしている。それがだんだんと涙で重くなって今にも落ちてきそうだ。
父がリリアに散々怒鳴り散らかしている横で似たような青いドレスがないか探したが、いまいち同じようなものがない。
(なんで私は持っていないの?あれがいいのに)
そう思って横目でリリアを見ると袖がすっかり破れていたので
(あれはもう着れないし)
などと思ってガッカリした。
どうしていつも私に与えられるものは面白くないのだろう。
実につまらない。
「だってお姉様が引っ張って…」
「言い訳をするんじゃない!」
ぴしゃん!と音がしたので見ると、体重の軽いリリアは風の強い日の紙袋みたいにふんわりと浮いたかと思うと肩から床に落ちた。
こういう時、リリアは大声で泣かない。啜り泣きながらこちらを睨んでさっさと退出していくのだ。
(気に入らない)
だから、もう一発くらい引っ叩かれればいいのだ。
「リリア、どうして睨むの?あなたの目はどうしてそうキツいの?まるで彪か蛇のようだわ」
「貴様は!この期に及んで姉さんを睨むとは頭がイカれてるんじゃないか!?」
父はずかずかと大股で歩いてシルバーのネックレスをぐいと引っ張ると「ぐえっ」という声が聞こえて、それからもう一発お見舞いされた。
そんな訳でその日のお茶会をリリアは欠席したのだ。
呼んでおいて当人が欠席。
私がヒロインになれるはずだった。
なのに。
「リリア様はどうされたの?」
「大変、お風邪でもひいたのかしら」
「せっかく美味しいお茶菓子を持参しましたのに」
遠くで父がリリアに怒鳴る声が聞こえる。「貴様が出ないとは何事か」概ねそんな内容だ。
(やめてよ。この家が恥ずかしいってバレるじゃない)
幸い微かに聞こえる程度だった為、私はなんとか誤魔化したけれど、父に対しての嫌悪感ばかりが膨らんでいく。
なんとなく気まずい中で啜るお茶は渋かった。
どうにか話題を広げるけれど、最後は結局リリアの話しになって、それで…そうしてみんな私をじっとり見て、『違う』という顔をした。
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