第8話私の実家、レントバーグ家(リリア回想)

私の手のひらがまだ小さい頃の話だ。


「あれ?父様、母様、ここに飾ってあった絵はどこにやったのですか?」


一月ほど前、絵が趣味の私は一つの絵画を描いて飾った。

それはこの屋敷から見える庭園の一角を描いたものだ。

父と母が好きな場所だと言うので何日も何日もかけて仕上げた。

ところが、その絵画が掛けてあった暖炉の上に、黄色のチューリップと赤い薔薇というなんとも不思議な組み合わせで花瓶に花が刺さっている。


「フォレスティーヌが花を飾ったんだよ。私たちをイメージしたそうだ。お前の絵は邪魔だからどかしておいたぞ。自分の部屋にでも飾っておきなさい」

「そんな…私一生懸命描きましたのに」

「そうねえ、そう言われてもねぇ」

父はどこか怒っている様で、母は困った様に笑った。


(なによそれ)

と思ったけれど、言ったら面倒なのだろうと思って何も言わずに部屋を出た。

自室のデスクの上に置いてあった油絵に目を落とすと、何だかとても哀れな気持ちになったので、ナイフでキャンバスを切り裂いてみる。

少し前のわくわくしながら描いた気持ちばかりが思い出されて、ちっとも気持ちは晴れない。


暖炉の上に置いてあった花はすぐにダメになった。

(当然だわ、切り花が常に温められているようなものだもの)

けれど、二ヶ月経っても三ヶ月経っても枯れた花は置かれ続けた。

花瓶の底からカビた臭いがする。


「お姉様。あのお花、もうダメになっているみたい。捨てるか替えるかしないと…」

「あら、じゃあリリアがやって」

「私が?なぜです?侍女にお願いしてやってもらえば…」

「気づいた人がやれば良いのよ。貴方はお茶をこぼしたとして濡れたままで外を歩くの?」

「それならば、お姉様は三ヶ月もの間気づかなかったと?」


ばちん!と頬を叩かれた。


「その口答えが気に入らないのよ!」


突然の怒声に、お父様とお母様が驚いて飛んできた。

怒りの表情を浮かべたまま、ふうふうと息を荒げていた姉は、両親がいることに気づくと、すかさず父に駆け寄る。

「お父様!この子ったら私が叱ったら口答えするの!」

子どもの喧嘩に対して人一倍敏感な父は私の胸ぐらを掴んだ。子どもの喧嘩なんぞ世界一くだらないと思っているからだ。


「貴様は!お姉さんが叱ることをどうして素直に聞けないんだ!」


(そんな目で見ないで、恐ろしくて気が狂いそう)

怒気を孕んだ大人の目は青黒く濁っていて、どんなに恐ろしい叱責をしてやろうかと思案している様に感じる。


父の腕を揺すりながら母が嗜めに入る。

「もうみんなやめてちょうだい。うるさくてかなわないわ」

その声で父の手が離れたが、しかし私に人差し指を立てて言う。

「お前はとにかく性格が悪い!見てくれだけの馬鹿だ!姉さんを見習え!」


(そうなのね、私は愚かで性格が悪いのね。気をつけて生きていかないと、みんなが嫌な思いをする。そしたら嫌われる。みんなが父様みたいな怖い目で私を見るようになる)

でも本当の本当は、父と母の決めつけとフォレスティーヌの立ち回りのせいだと分かっていた。






「全く二人の喧嘩には困ったものだな」

「幼いうちは喧嘩もしますでしょう、二人とももう少しお姉さんになれば自然になくなりますよ」


その日の夜、トイレに行こうと両親の部屋の前を通った時声が聞こえてきたので、そっと扉に張り付いた。


「全く、あの子は気が強くていけないな。だからフォレスティーヌが頭に来るんだろう」


(私、気が強いの?気をつけなくては。このまま大人になったら社交界で生きていけないわ)


「リリアは神の祝福を得て産まれてきたから何に置いても恵まれているというのに。それを小賢しくひけらかすから喧嘩になるんだわ」

「それが馬鹿だというのだ。わざとらしく絵なんか飾ってみたりして。フォレスティーヌが可哀想だ」


もちろんそんなつもりは微塵もない。憶測と決めつけ。それがこの家の全てだ。


(父様も母様も私の何が恵まれているのだと言うのだろう。私は何もできない子で良いから、お姉様より優先されてみたい)


「でもあなた、あんまりあからさま過ぎるわ。姉妹のどちらも大事な娘なのよ」

「私はリリアが産まれた時に誓ったんだ。あの髪だけでも引く手数多の嫁ぎ先候補が現れるだろう。そして一生贅沢ができる家に嫁げるだろう。なぜフォレスティーヌにはそれがない?可哀想で堪らないのだ」

「フォレスティーヌだって別に醜いわけではないじゃないの、器量良しだと思うわよ?」

「馬鹿だな、お前は。姉妹ならどうしたって比べられる。ましてや姉さんより先に妹に縁談が来てみろ。年頃の娘がどんなに傷つくか」


(この人達は何か大きな勘違いをしている)

私はそう思ったけれど、うまく言葉にできそうになく、そのまま部屋に戻った。


ベッドにもぞもぞと潜る。

自分の髪を一束掬って月光に透かしてみる。

キラキラと言うより、色んな色がチカチカしていた。

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