第8話 西大倉高校の七不思議・第5番目の怪『魔の13階段
「うおおおおステータス!ステータス出ねえのかよ見せろよステータース!!」
全速力で廊下を突き抜けながら、ヒロはあらん限りの声を張り上げた。
仮に『アンデッドビー』と名付けた蜂が自分に狙いを定めて追いかけてくる姿を振り向きざまに見るも、RPGゲームのようにHPやらレベルやらが視界に表示される事はない。
これはゲームなどではないのだから当然ではあるのだが、もしも見えたら対策を講じられるのに、と思わずにはいられなかった。
最初は1匹だったのが、壁をすり抜け、床をすり抜け、どうにかして逃げ切ろうとしていたのに行く先々で新たなアンデッドビーに遭遇してしまい、結果今は5階の廊下で5匹に追いかけられる有様になっている。
どうやらアンデッドビーは学校中に入り込んでいるらしい。
ほんの数分でこの状態だから、きっとかなりの数が校舎内にいるはずだ。
全員が咄嗟に四方八方に散開して逃げてしまったものだから、各々で対処しなければならない。
先程のように、一覇に助けてもらえる事も無い。
(大体、あんな蹴りできるのは斬塚先輩だけだから!)
あれは素人目に見てもすさまじい攻撃だった。
壁に叩き付けられ、地べたで痙攣するアンデッドビーに一瞬同情してしまったくらいだ。
それと同じ事を、凡人平民一般人のヒロに出来る訳がない。
(くそっ、振り切れない・・・!このままじゃ駄目だ)
ヒロ達を実体のないゴースト系アンデッドと区別するなら、アンデッドビーは実体を持ったゾンビ系アンデッド。
どうやら実体があるため建物をすり抜ける事はできないようだ。
そしてその為に、周囲への物理的な被害を出し始めた。
「・・・!」
砕け散る窓ガラス、ひしゃげた教室のドア。
痛覚などないアンデッドビー達が校舎内の備品を壊しながら、ひたすらヒロを追いかけてくる。
学校が、自分達の住まいが、めちゃくちゃになっていく。
それを見て、恐怖以上の感情がヒロの胸中に広がる。
声の震えはもはや恐怖からではなかった。
それは単純で、純粋な怒り。
「何・・してんだよ・・・・」
この学校は、特別な場所だ。
逃げ続けていた足を止めて、体を反転させる。
眼前に迫り来る殺意と狂気の塊。
だが今は、そんな事はどうでもいい。
亜紀やまほろ、先輩達と出会えた場所。
俺が唯一安心して暮らせる所を。
それを。
「俺の居場所を、お前らみたいなのが荒らすなよ!」
アンデッドビーの腹部の先端から伸びる毒針は、まるで槍の穂先のように大きく鋭い。
毒云々以前の問題で、あんなものが刺さればるそのまま体を貫通してしまうだろう。
「ギイイイイイイイ!!」
金切声を上げて、5匹のアンデッドビーが毒針の狙いを正面のヒロに定める。
強く拳を握り、唇を噛みしめた。
それでも瞳は逸らさない。
殺意に対抗する闘志をみなぎらせて、ヒロは今まさに自分の命を奪おうとする怪物たちに啖呵を切った。
「やって・・・・・みろよぉ――――!!」
ミサイルのように、一斉に射出される毒針。
風を裂く勢いで、顔に、胸に、腹に突き刺さらんとしたその毒針を映したヒロの瞳が見開かれ、青白い光を放つ。
そして光と共に、ぐわん、と。
強固で大きなものが激しく歪んだ音が響き―――空間が、波立った。
「ギグウウウウ!!」
毒針が貫通したのは、それを放った当のアンデッドビーだった。
跳ね返したわけではない。
〝
自分の腹に何故、自分の毒針が刺さっているのか理解できてない様子で、アンデッドビーはふらふらと力無く飛ぶ。
3匹が紫色の胃液を吐いて、冷たい廊下の地面に倒れ伏した。
わずかな痙攣の後、先程一覇が倒したもののように、淡い水色の粒子となって周囲に飛び散る。
「ご自慢の毒針の味はどうだったよ・・・?」
残った2匹のアンデッドビーが一斉にヒロを向く。
何だこいつは、とでもいいたげな様子で。
「単なる幽霊だったら、学校の七不思議なんて大層な肩書を名乗れる訳ないだろ。こんな俺でも・・・あんな情けない死に方をした俺だからこそ、出来る事があるんだよ」
こんな形で使うのは初めてだけどな、とヒロは少しだけ唇の端を吊り上げる。
自分を奮い立たせるために。目の前の敵に立ち向かうために。
大切な場所を、護る為に。
戦う決意を固めて、薄く笑った。
今まで情けなく、自分達から逃げ続けていたはずの獲物ではなかったか?
こいつは、単なる人間のアンデッドではないのか??
たじろいだ様子のアンデッドビーに、ヒロは高々と言い放った。
「どうだ・・・これが『西大倉高校七不思議5番目の怪』を担う、俺の力だ!」
西大倉高校七不思議、5番目に数えられる怪談―――『魔の13階段』。
本来は12段しかないはずの怪談が、深夜になると13段に増える。
それを登りきった先は冥界であり、決して戻ってはこられなくなると言われた恐怖。
その正体は、ヒロ固有の霊能力【空間歪曲】だ。
一定範囲内かつ自分が認識できる空間を歪め、接続する。
人も、動物も、有機物・無機物関係なく。
静止していようがいまいが、それこそ放たれた毒針だろうが、別の空間同士を切り取って繋ぎ合わせるこの技なら、
あらゆるものを望み通りの場所に転移させられる。
だから、必要な道具もモーション1つで取り出せる。
こんな風に。
「来い!」
ぐにゃり、とヒロが手をかざした先の空間が歪む。
水面のように波立った空間から出てきたのは・・・すぐ隣にある数学準備室の三角定規。
授業の際に教師が説明用として用いる、アクリル製の大きなその三角定規を持つ。
アンデッドビーに向けるのは、最も鋭い30度の角度。
「先端が尖ってるものは人に向けるなって教わらなかったのか?おかえしだ!」
勢いよく地を蹴って、ヒロがアンデッドビーに突進する。
避けようとした1匹だったが、腹部に突き刺さった毒針のダメージで満足に動けず、ヒロの持つ三角定規の先端が顎に突き刺さった。
腐敗している体はもろく、三角定規が刺さったところから顎が上下に裂ける。
人の頭がすっぽり入ってしまいそうな大きさに広がったその口からは、腐敗臭と腐った胃液が吐き出され、ヒロの目の前に爛れ落ちた。
臭い。汚い。おぞましい。
正真正銘のバケモノ。
けれど、だからこそ。
こんな奴らが今、この学校にいる事が・・・
「我慢ならねーんだよ!!」
三角定規を握りしめる手に力を込めて、怒声と共に先端をアンデッドビーの喉奥へと押し込んだ。
「グゥブギュッ」
びくりと大きく体を震わせたアンデッドビーの羽が、その動きを止める。
「ギイイイイ!」
と、死角からもう1匹がヒロ目掛けて飛び出してきた。
腹部には穴が空いたままだが、射出したはずの毒針は再生している。
抉るように突いてきたそれを、ヒロは顔をひきつらせながら間一髪のところでかわす。
三角定規で応戦しようとしたヒロだったが、しかし右腕が動かない。
「ちょっ嘘だろ!?」
先程まで相手にしていたアンデッドビーに、三角定規はよっぽど強く突き刺したためか全く抜けない。
そうこうしているうちにヒロの頭上に飛んだアンデッドビーが、ヒロの脳天を目掛けて毒針を突き刺す―――
よりもわずかに早く、ヒロは左手の先に別空間を繋ぐ。
すぐ後ろの教室からイスだけを転移させて、その脚を握る。そして振り向きざまに思いきり頭上の敵を殴りつけた。
遠心力で手からすっぽ抜けたイスは、アンデッドビーごと窓ガラスをぶち割って外に放り出される。
ガラスが地面に落ちて盛大に砕ける音と、イスがひしゃげる音が真夜中の学校に木霊した。
「ハアッ・・ハア、ハア・・・・」
荒い呼吸を繰り返しながら、三角定規を握る手から力が抜ける。
突き刺さったままだったアンデッドビーも、光の粒子となって消えた。
窓の下から同じくわずかな水色の光も見えたから、墜落した最後の1匹も消えたのだろう。
「・・・終わった?」
今、廊下に立っているのはヒロ一人だけ。
「・・・勝った?」
呼吸を整えると同時に湧き上がる実感と、勝利の熱。
「―――!」
ようやく現実を理解して、自然と口角が上がった。
頭を、胸中を歓喜が占めた。
「やった・・・!やったぞ!やってやったぞ!コノヤロー!」
勝ったのだ。あんなバケモノを倒した。
この俺が。こんな自分が。
思わずガッツポーズをして勝利の雄たけびを上げる。
「・・・はっ、そうだ。他のみんなは!?」
割れた窓から校舎を見渡した、まさにそのタイミングで。
視線の先、中庭の向こうにある第2校舎の屋上から巨大な水柱が上がった。
水の中でダイナマイトでも爆発させたような勢いに圧倒されて、
思わず目が点になる。
あそこはプールだ。ということは・・・
「まほろ、か?」
他にも、校舎の所々で光や音が派手に起こっている。
さながら室内打ち上げ花火だ。爆発音や倒壊音に混ざって、アンデッドビーの断末魔の叫びもわずかに聞こえる。
「・・・・こう見ると、やっぱ俺って地味だな・・・」
先程の勝利の喜びが、しゅるしゅるとしぼんでいく。
凡人・地味コンプレックスは、そう簡単には治らないようだ。
◆
『学校の七不思議』に数えられる彼らが、他の浮遊霊や地縛霊などと決定的に違う点。
それは、彼ら一人ひとりが固有の霊能力を持っている事だ。
その強力な霊能力は、生前の特技、もしくは死因に関連している。
ヒロの場合は、自分の死に方に対する強い反発と未練だ。
あの時、転んだ場所が階段でなければ。
頭の打ちどころが角でなければ、落ちた先が固い床でなければ。
そんな思いから、別の空間を繋げる能力【空間歪曲】が生まれた。
違う場所であれば、助かったかもしれないのに―――
そんな未練を、未だに抱いて。
そしてそんな悔恨や、もはや叶わない望みは、他のメンバーもしかりである。
❇︎
「こ、怖かったあ~!」
恐怖で泣きにながらも、アンデッドビーを迎え撃ったまほろ。
ありとあらゆる水場はまほろの独壇場である。
プールに入り込んだ時点で、アンデッドビーの敗北は確定したと言っていい。
びしょ濡れになったプールサイドには、水圧で潰れた状態で打ち上げられたアンデッドビー。
プールの中にも溺死した数匹が沈んでいる。
「・・・で、でもこの惨状・・どうしよう・・・」
❇︎
「な、なんとか全部やっつけたわね・・・」
周りを見渡し、亜紀が安堵の息をつく。
第1校舎2階の廊下には、アンデッドビーの死骸が点在していた。どれも黒炭になるまで燃えたようだが、周囲に火気物は一切ない。
ただ、亜紀の手には携帯マイクが握られているのみである。
「ヒロ・・まほろちゃん・・・先輩達は大丈夫かな?安否確認の放送かけなくっちゃ!」
❇︎
「ご清聴、ありがとうございました」
眠るように息絶えているアンデッドビーに向かって、双樹はピアノから手を離した。
それほど広くは無い音楽室。
窓から差しこむ月の光に照らされた長い黒髪が煌めかせながら、ピアノの前に悠然と座る双樹は、まさしくこの部屋の主人だった。
「さて、この虫さん達を弔って差し上げた後で、みなさんと合流しましょう」
❇︎
第2校舎の1階、渡り廊下の先にある体育館。
奥のステージ中央に、一覇は片膝を抱えて肘をつき、気だるそうに座っていた。
体育館はなかなかの荒れようだった。
防球ネットに絡まったまま、ネットの支柱やバスケットボード、
卓球台の下敷きになって潰れている多くのアンデッドビー。
剣道の竹刀や床金具式の鉄棒に貫かれているものもいる。
しかし奇妙なのは、備品も死骸も、どれもが一覇から離れた場所に散乱していることだ。
近づく事すらできなかったという事だろう。
「・・・・・・」
光の粒子となって徐々に消えていく死骸を見渡すその目には、何の感情も浮かんでいない。
つまらなそうに、一覇はため息だけを吐き出した。
❇︎
「みんな一段落ついた感じかな?」
最も多くのアンデッドビーを倒したであろう八雲は、相も変わらずニコニコとしている。
広い校庭の中央に立つ八雲の周囲には、無数のアンデッドビーの死骸が散らばっている。
その数が異様な程に多く見えるのは、頭部と胸部、腹部それぞれが全てバラバラに千切れているからだ。
校庭全域に広がる死骸は全て、尋常でない力で無理矢理捩じ切ったような跡がある。
一斉に大気に飛び散ったアンデッドビーの光の粒子。
淡い水色の光が、朗らかな笑みの中に言い知れない不気味さを滲ませた八雲の顔を闇夜に映し出す。
「さて。夜の学校を取り締まる七不思議として、今後の方針を決めないとね」
心底楽しそうに、八雲は夜の校舎を見上げながら呟いた。
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