短いおはなし
名前は決まっていません
第1夜
「振り返ってはいけないよ。」
そう聞こえた。
仕事の帰り道。毎日残業続きで、今日もしっかり終電を逃し、仕方なくタクシーで近所のコンビニまで。腕時計の針は深夜1時を過ぎて尚時を刻み続けている。コンビニで何か買おうかと思ったけど、早く帰って寝たい。迷ったものの、結局コンビニに入ることを諦め、ほとんど街灯のない暗い夜道をひとり歩き始める。こんなことならアパートの前まで送ってもらえばよかった。
明日までに仕上げなきゃいけない資料は未だ終わっていない。今日も取引先との商談は上手くいかなかった。今期の営業成績も絶望的だ。上司からは毎日怒鳴られている。私は言い返すこともできず、ただ「すみません。」と言い続ける。そんな私を見る周囲の目はどこかほっとしているように見えた。味方など何処にもいない。みんな自分のことで精一杯なのだ。
明日のことを考えるだけで、目の奥が痛くなる。吐き気がする。体が重い。足を引きずるようにして歩く。何年経ってもヒールに馴れず、足が痛い。
ふと目の前の街灯の灯りがちかちかと点滅した。立ち止まってその灯りをぼぉっと眺める。
私は何のために働いているんだろう。決して給与がいいわけではない。休みの日は出掛けることもなく夕方まで寝る。実家にはもう何年も帰っていない。友人とこの前会ったのはいつだったっけ。学生時代の友人から結婚式の招待状が送られていた気がする。返事したっけ。そんなことを考えながら灯りを眺める。
何のために生きているんだろう。
「振り返ってはいけないよ。」
またそう聞こえた。
そう聞こえた気がした。
だから、私は振り返った。
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