01-31 フォール=グリフィンの拠点

 灰色の小惑星の上に白色の建物が小さく見え始めた。

 480年前の世界で見たフォール=グリフィンの拠点と同じように見えるが、建物の大きさは今の方が3周り以上大きい。時間と共に規模が大きくなったことを示しているのだろう。


「ここがフォール=グリフィンの拠点。基本的に建物の中で訓練をして過ごしている」

 ネアはため息まじりの声で建物をぼんやり見つめる。


 外見はフランスの世界遺産の一つ、シャンボール城を思わせる。

 白い砂のような色で見るからに美しいが、静電気を引き起こしたような刺激が体に伝わる。

 魂だけの状態であるからなのか、普段より敏感に感じてしまう。


「入り口は中央の扉と、左側の地面に設置されている隠し扉の2ヶ所ある」

 セルラは入り口のあるところを目で追う。


「さ、入るわよ」

 メイリアは宙に浮いて閉ざされた中央の扉へ向かう。


「えっ、正面突破して大丈夫なんですか?」雅稀は動揺するとメイリアは振り返って「肉体は脱いでいる状態なのだから、通り抜けられるわよ」とそのまま扉を通り抜けて姿を消した。


 ああそうか……と雅稀は我に返ったような感情で地面を蹴り、扉へ向かって飛んだ。



 メイリアの言った通り、体は中央の扉を通り抜けた。

 真上を見上げると高い天井が視野に入る。

 両隣には上の階へ進むらせん階段があり、1階には扉がある。

 入り口の正面は建物のメインの部屋を意味する大きな扉が構えている。


「ここの時間はうおの刻。そろそろ起床時間ね」

 セルラは右腕に着けている黒色のバンドをちらりと見る。


「フォール=グリフィンは黄道12星座で時刻を表していて、うおの刻は午前6時から8時までの間を指すの」

 セルラの隣に立っているネアは時刻について解説する。



 フォール=グリフィン一味の寝室は拠点の4階の大部屋にある。

 部屋の中は縦方向にベッドが10台積み上がっており、それが歩幅くらいの間隔でぎっしり並べられている。


 雅稀ら3人と反逆者3人は敷き詰められたベッドを天井から見下ろしている。影になって見えないところもあるが、ほとんどのベッドは人が横たわっており、薄手のタオルケットを布団代わりに使っている。


「……見るからに窮屈だな……」

 利哉は小声で呟く。


「フォール=グリフィンのメンバーは学生から既卒の人までたくさんいるけど、この場所で寝泊まりするのは大体既卒の人。学生は大学に寮があるからね」

 メイリアは腕を組み、少し嫌そうな顔をする。


 確かに、こんな息苦しいところで一夜を過ごすことを思えば、メイリアがその表情をするのは納得できる。


「私たちは学生だから、長期休みの時しか使ったことはないけど、パーソナルスペースが限られていて、あまり好きに過ごせなかった」

 セルラはふぅーっと長めに息を吐く。


 突如、天井に取り付けられたシャンデリアが点灯した。起床の合図だ。

 ベッドで寝ていた人らは体を起こしながら目をこすったり、背筋を伸ばしたりする。


 ベッドから降りた人は寝室の出入り口を出て最上階へ向かう階段を上る。

 時空移動水晶ヘリクラン・クリスタルの世界で見たものと同じ、黒地で逆さに描かれた銀色のグリフォンを背負ったローブを羽織っている。

 ローブが黒いが故に、大勢の人がぞろぞろ歩いている様子は、まるでアリの大群が餌場へ向かって行進しているようだ。


 社会人なのか、袖口の色は白金色や金色ばかりだが、妙に黒っぽかったり皮脂で酸化したような色だったりしている。

 当然の如く、赤階級ロドゥクラスどころか白階級みならいの雅稀たちが到底太刀打ちできる相手ではない。


 それは、反逆者と称する長身女3人組も同じことが言える。


「毎朝起きたらね、最上階の教会部屋行って朝礼があるんよね」

 ネアは黒ずくめの群衆が行く先としている部屋へ向かう。


 他の女性2人も雅稀たちも黙って最上階へ移動した。



 最上階の大部屋の壁には金色のロザリオが掲げられており、両脇には見覚えのある金髪男性が描かれたステンドグラスが設置されている。

 それを目にした雅稀はローレンツ・ドナデュウかと思い、眉をひそめる。

 利哉と一翔の双眸から放たれる冷たい眼光はドナデュウを射ている。


 一方で、反逆者たちは見飽きた顔をしている。


 金のロザリオの近くに茶色の壇があり、そこに1人の男性が登壇した。


「まず、スローガンの唱和から」

「打倒グリフォンパーツ学院大学。ローレンツ・ドナデュウ様の無念を晴らさんと誓う」

 1人の男性に続いて、ロザリオと対面する気に入らない輩は気合いを込めて語る。


 この様子を見たメイリアは深いため息を漏らして

「毎朝、これを言わされたの。もううんざりだった。どれだけ頑張ってもGFP学院の学生たちを大会で負かすことはできなかった……」

 と不満を語る。


「大会でGFP学院の学生と戦うことはあっても、天蒼星アマネル・ネオ中探してもGFP学院が見つかっていないって言うのにね……」

 セルラは両腕を腰に当てて、他人事のように吐き捨てる。


「そもそも、ローレンツ・ドナデュウのことをどう思っていたんですか?」

 一翔は顔ごと反逆者たちに向ける。


「そうねぇ……」メイリアはひと呼吸おいて「入りたての頃は尊敬してたわ。全知全能インフィニティ属性を若い時に体得したから、強かったのねって」と強い口調で答える。


「でも、2年前かな。疑問に思うことがあって。全知全能インフィニティ属性であるドナデュウが若くして死んでしまったのは何故か。周りは将来のメンバーに託して、ドナデュウが持っているすべての魔力を分け与え、力尽きて死んだんだと言っていたけど、不思議と腑に落ちなくてね」

 メイリアは急に声が沈み、目を閉じる。


「腑に落ちないって……?」

「魔力を分け与えたのであれば、もっと昔にGFP学院を倒せたのではないかと」

 一翔の質問にメイリアは左手で顎を支えるように当てる。


 魔力を分け与えた――とんだ言い伝えだな、と横で聞いていた雅稀は目を細める。

 正しくは、GFP学院を初めて襲撃した時に偶然再会したモールと戦ったものの、詰めの甘さで急所を狙われて気絶し、火球に体を投げ入れられて死んだのだ。

 そもそも、プライドが高く、高飛車で冷酷だったドナデュウが他人に力を分け与えることをするとは到底思えない。


 雅稀らは時空移動水晶ヘリクラン・クリスタルで過去の世界を見に行ったから真実を知っているが、彼らは誤った事実を植えつけることで士気を高めさせているのかもしれない。


「わたしたちがフォール=グリフィンを脱退するきっかけになったのは、そのことだけじゃないんだ」

 ネアは教会部屋を斜め上から見下した目でフォール=グリフィンのメンバーを凝視する。


 ん? と雅稀たち3人はネアに視線を合わせ、頭に疑問符を浮かべる。


「こっち。ついて来な」

 ネアは彼らを1階の大部屋へ誘導した。

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