01-22 着目されたGFPと史上最悪の悪夢

 雅稀たちはフォール=グリフィンが初めてGFP学院を襲撃してから413年後の世界へやって来た。


 非魔術界ル=ヴァール現実世界ベスマールでは、オワンクラゲがもつ緑色蛍光タンパク質、英語ではGreen Fluorescent Proteinと言い、その頭文字を取ってGFPと呼ばれるタンパク質が見つかったことで、一部の人の間で話題になっていた。


 フォール=グリフィンの拠点の一室と思われる薄暗い部屋に4人程集まっていた。フードを被っているせいで、彼らの顔がはっきり見えない。


 魔術語で書かれた新聞記事にはタンパク質の方のGFPの立体構造が大きく載っていた。

 それを見て思いついたのか、4人はローブの懐から杖を取り出し、息を合わせて杖を縦に振った。


 その仕草を見た雅稀たちはGFP学院の寮付近に立てられている時計棟へ移動した。


 深夜なのか、外を出歩いている学生は少なかったが、緑色にうっすら光った細長いリボンが彼らの目に入っていくのが見える。

 虹彩の色を決める遺伝子の上流にGFPをコードする遺伝子が組み込まれたのだ。


 その頃、寮から起きていた人が寝室で寝るときに、急に虹彩が緑に光る様子を目の当たりにし、ルームメイト同士で悲鳴を上げていた。



「この時から、俺らにGFPが組み込まれたのか……」

 雅稀は俯いて足元に視線を変える。


 これをきっかけに、フォール=グリフィンはGFP学院生にgfp遺伝子を組み込み、GFP学院生であるか否かの判断材料にし、狙いを定めていたのだろう。


  ――***――


 あれから3年が経った世界へ雅稀たちは時空移動水晶ヘリクラン・クリスタルに連れられた。


 孤島に建つGFP学院の敷地の中央辺りは屋台が並んでおり、大勢の学生が縁日や食べ歩きを楽しんでいる。

 学生の目に注目すると、全員虹彩が緑色に光っていた。


 この様子を上空から見ていたフォール=グリフィン一味は一斉に襲い始めた。

 473年前の襲撃とは違って、メンバーはざっと5000人はいる。時代と共に規模が大きくなっているのを感じる。

 


「これって……もしかして……」

 一翔は真っ青な顔をして全身をガクガク震わせる。

 え? と雅稀と利哉は一翔に顔を向ける。


「僕が一昨日図書館で読んだ……57年前にあった襲撃事件だ。この時に死者が数万人と学院史上最悪の大惨事だったやつだ……」

 一翔の話を聞いた2人は思わず口を軽く開けたまま凍りついてしまった。



 おそらくGFP学院の前夜祭と思われるイベントで学生たちは楽しんでいたが、突如ハリケーンのような突風が吹き、屋台が夜空へ飛ばされる。

 猛烈な風で多くの学生も敷地外の海へ放り出された。

 この時点で泳げなかった人が多かったのか、そのまま溺れてしまう様子が上空から見えた。


 そこから、さらに追い討ちをかけるかの如く、巨大な渦潮が溺れた大半の学生を飲み込んだ。

 魔法戦士の学生と思われる人は飛ばされた後、建物のサッシや木の幹を必死で掴んだ。

 そうしている学生の襟元と袖口の色を見ると、全員緑階級ベルンクラス以上だった。対戦をある程度経験していないと、いざという時の対応が難しいのかもしれない。


『今日は天気が良かったはずなのに、何があった?』

 サッシを掴んでいるある男子学生は視線を上空に向ける。

 そこには、数え切れない程の黒いローブを羽織った人が利き手に剣を握っている。


『……こいつらの仕業か……』

 彼は球体のバリアを張り、突風から身を守った。

 他の魔法戦士の学生も彼と同じようにバリアを張り、剣を握った。


 さっきまで屋台で並んでいたエリアは芝生と化し、戦闘には好都合の場所に着地した。

 その数は1000人くらいで、部外者と比べて数が少ないのはGFPの学生らはわかっていた。


 上空で待機しているフォール=グリフィンの連中のごく一部は建物があるエリアへ移動し、大半の人はGFP学院生が集う広場へ着地した。


 炎、水、木、風、光、そして闇属性の魔術が広場を彩り、そこら中で基本的な技から派手な技まで飛び交い、戦いが繰り広げられていた。


 最初の襲撃事件と比べて圧倒的にフォール=グリフィンのメンバーが多い故、学生の方が不利だった。

 それだけでなく、運悪く夜の出来事なので、学生の目は緑に光っている。向こうからすれば標的ターゲットがわかりやすい。


 緑階級ベルンクラス青階級ブラウクラスの学部生と紫階級ヴィオルクラス以上の大学院生は必死で部外者と戦っている。

 1対1で戦っているところもあれば、数人を相手に戦っている学生もいる。


 しかし、学部生の大半は後者のパターンで戦っていた。

 しかも、相手は銅階級コブレクラス以上だ。


 自分より階級の低い学生から排除してしまおうというフォール=グリフィンの卑怯な作戦としか思えない。


 GFP学院の大学院生は部外者と戦うのに必死で、周りを見ていられる程の余裕はなかった。



 戦闘が始まって10分経った頃、少し余裕ができた大学院生は他の学生の援助に入った。

 数人を相手にしていた学部生の多くはうつ伏せ、あるいは仰向けに倒れ、意識がなかったり、呼吸をしていなかったりと部外者にやられていた。


 この時点で、戦えるGFP学院生は100人くらいに減っていた。

 しかしながら、部外者はまだ4500人以上はいる。


『おーい、学部生は俺たちの後ろに移動せーっ!』

 金階級ゴルムクラスの男子大学院生は左右を見渡して大声で叫ぶ。


 学部生はすっと彼の背後に回った。

 彼の掛け声で、広場の南側に部外者、北側にGFP学院生が集まり、まるで戦いの振り出しに戻ったような感じだ。



 一方で、建物が並ぶエリアへ向かったフォール=グリフィンのメンバーは人気ひとけがないことを確認していた。


『火球で建物を丸焼きにするという古典的なやり方は似合わない』

 フォール=グリフィンのある女性は冷酷な目つきで建物を見つめ、指を鳴らした。


 地面から地雷が爆発したような轟音を立て、建物は一瞬にして燃え、全壊した。

 この時に発生した大量の木くずに火が燃え移り、それが建物を囲む木々を燃やした。


 その様子を見届けた一部のフォール=グリフィン一味は、広場で戦っている仲間と合流しに向かった。



 広場にいる学生は西側からの轟音に驚き、その方角に目を向ける。

 もう既に建物の姿はなく、山火事のように多くの木が火の海に囲まれていた。


 まさに、東側の広場へ燃え移るかは時間の問題だが、動揺している場合ではなかった。


『……ここであの禁断の技を使うしかないか……』

 先程大声を上げた金階級ゴルムクラスの男子大学院生は呼吸を整え、

根源呪縛オリジン=ゼロ

 と冷静な声で切先ポイントを部外者が集まっている方へ振り下ろした。


 即座に部外者は魔術に掛かって、体が全く動かせなくなった。


『何だ……? 全然動かねぇぞ……』


 相手が剛直している隙に、GFP学院の他の大学院生らを中心に、剣を握っている反対の手を相手側に息を合わせて広げた。


 最前線で戦う学生から2メートル離れたところから、猛烈な吹雪が部外者を襲い始めた。

 学生らはこれでもかと言わんばかりの険しい表情で吹雪の威力を上げる。


 剛直している部外者らの体は次第に雪で覆われていき、最終的に雪だるまのように全身に雪をまとった。


『とどめだーーーっ!!!』

 攻撃魔術を出していなかったGFP学院生の一部は切先ポイントを夜空へ上げた。


 剣身ボディから紅色の炎が雪をかぶった人に向かって伸びていく。

 数千人単位の部外者に炎が届いた瞬間、ボウっと鈍い音と共に燃え上がった。


 これがおよそ3分続いた。



 吹雪と紅の炎が収まると、そこにいた部外者全員は焼け焦げ、ドミノ倒しのように後方から前方へ倒れた。

 この激しい戦いで、広場で戦っていた部外者全員の命を絶つことになった。


 建物を全壊しに行っていたフォール=グリフィン一味は上空から想像できない場面を目の当たりにした。

 彼らの襟元や袖口から、紫階級ヴィオルクラス以下であることがわかる。


 そんな彼らが、広場で生き残っているGFP学院生を襲撃しに行こうとしても、自分より階級が上の人がいるため、当然太刀打ちできない。

 それ故、彼らは黙ってフォール=グリフィンの拠点へと退散した。


 部外者がまだ数人残っていたことを知らず、襲撃事件で生き残った学生は西側へ目をやると、燃え広がっていた炎は消えていた。

 全壊した建物から生き延びた教員や他の学生らが消火活動を行っていたのだ。


 広場にいた学生たちは建物エリアへ移動し、彼らと合流した。

 教員を含め、生存者はたった300人程しかいなかった。


 部外者による襲撃がなければ、あんなに数多くいた学生が夜のイベントを楽しんでいた。


 それ以前に、短時間であれだけの命を失うことはなかった。


 幸いにも生き残ったと言っても過言ではないが、GFP学院や多くの学生が悲惨な事態に遭ったことに心を痛め、彼らは号泣せずにはいられなかった。



 ――この57年前の襲撃事件はGFP学院史上最悪と言える程、凄惨だった――

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