01-22 ドナデュウの最期

『ふっふっふ……グリフォンパーツ学院大学は終わりだな……』

 ドナデュウは冷たい笑みで空から様子を眺める。


 しかし、背後から気配を感じ、そんな悠長なことを言っていられる暇がなくなった。


『ここで何をしている?』

『!?』


 ドナデュウは青ざめた顔で体ごと振り返ると、7年前の学生大会で戦った覚えのある赤みを帯びた黒髪がいた。

 群青色の無地のローブを羽織っており、襟元と袖口はドナデュウと違って清らかな白金色を放っている。


『お前、まさか。バルア・モールじゃねぇか』

『ああそうだ。よく俺のことを覚えていたな、ローレンツ・ドナデュウ。こんなところで再会するとはな』

 モールのマッシュヘアはそよ風で穏やかに揺れる。


『この俺に何か用があんのか?』

 ドナデュウの右手に大剣が現れる。


『たまたま仕事でこの周辺を見回っていたら、母校がこんなことになっていたからな。それを嘲笑うかのように見下ろしていたから、見逃す訳にはいかんだろ』

 モールは獲物を狙うような目つきをドナデュウに向け、言葉を続ける。


『まあ、お前がGFP学院やこの俺を憎む気持ちはわからなくはない』


 それを聞いたドナデュウは目を三角にして唇を少し尖らせる。


『……貴様に何がわかる……?』

 ドナデュウは血が騒いでいた7年前の決勝戦とは違って落ち着いている。


『俺が博士ドクターの学生の時、白金階級プラクタルクラスと博士号を得るために、前世は何をした人だったかを模索していた。その時にわかったんだ。前世の俺はお前の母校、ヘヴンソウル大学を全焼して多くの犠牲者を出した罪人だったと』

 モールは視線をGFP学院の敷地に移す。火球やGFP学院生と部外者が争っている様子が小さく見える。


『あの決勝の時、初対面だったにもかかわらず、物の言い方と言い、すごく傲慢だったし、嫌悪感を抱いているのを感じた。結局勝ったけど、あれから自分の因縁と関係しているのかもしれないと考えるようになった結果、その答えに辿り着いた』

 モールの右手に細長い剣が現れた。見た目はシンプルだが、剣身ボディは研ぎ澄まされた輝きを見せていた。


『そうか。ヘヴンソウル大学が再建した話を学生の時に聞いたことがあったが、貴様の仕業だったって訳か』

 ドナデュウは大剣をモールの方へ構えると、モールは呆れた顔で大きなため息をつく。


『俺の仕業じゃなくて、俺の前世の仕業だ。今の俺と一緒にするな……』

 モールの剣身ボディから橙色の炎と水が交互にらせんを形成する。


『……まあいい。ここで7年前の雪辱を果たす時が来た!』

 ドナデュウはどこか嬉しそうに目を輝かし、彼の剣身ボディに怪しい紫色の稲妻をバチバチ走らせる。


 2人の剣身ボディがGFP学院の上空で激しくぶつかり合う。

『俺は若くして全知全能インフィニティ属性を体得していたことも見せつけてやる!』

 ドナデュウの目は赤く光り、切先ポイントから多くの金柑の木の葉が勢いよく現れ、モールの体の周りをらせん状に舞う。


 モールは柑橘系の甘い匂いを鼻で感じた。

 すると、彼の体の周りから静かに燃える赤い炎が現れ、一瞬にして木の葉を残すことなく燃やした。


 ドナデュウはこれでもかという気持ちでGFP学院の敷地を囲む海に視線を送った。

 海は左回転に渦を巻き始め、海水を巻き込んだ大きな竜巻がモールの背後から少しずつ近づく。


 モールは剣に念を送るような険しい顔つきをする。

 モールの剣身ボディにまとっている炎と水は混ざり合うことなく、切先ポイントから2つのエレメントが伸び、二重らせん状に巻きながらドナデュウの頸椎を狙う。


 そうしているうちに、竜巻はモールに接近していた。

 ドナデュウはモールが竜巻の存在に気づいていないなと思いながら、全身にダイアモンドのバリアを張る。


 モールは口を閉じた状態で笑みを浮かべた途端、ビッと姿を消した。


 さっきまでいたはずのモールの居場所には巨大竜巻がドナデュウに迫っていた。

 ダイアモンドのバリアを張ったまま、ドナデュウは竜巻に巻き込まれた。


 竜巻がドナデュウを通過したあと、海へ沈んでいった。

 バリアを張ったお陰で彼は無傷だが、モールがどこへ逃げたかを目で追う。


 そうしている間に、ドナデュウの頸椎にモールの技がピンポイントで直撃した。

 痛い! と反応する前にドナデュウの意識が朦朧とし、上半身がうなだれた。


 ドナデュウの後ろ姿が見える高い位置に、切先ポイントをドナデュウの頸椎に向けていたモールがいた。


 モールは下降してドナデュウの襟元を左手で鷲掴みにし、モールの顔付近まで持ち上げる。

 ドナデュウは何も反応せず、ただ呼吸だけしている。


『……気絶したか。こいつの詰めの甘さは7年前と変わってなかったな』

 モールはGFP学院の敷地に目を向ける。ドナデュウと戦っていた間にその場で怪我を負って倒れている人がかなり増えていた。


 彼は哀れみと憎しみの気持ちが込み上がり、涙が目尻から溢れそうになった。


 GFP学院の講義を行う建物周辺の火球はまだ宙に浮いた状態で存在していた。

 モールは鷲掴みにしているドナデュウの襟元を火球に目掛けて放り投げた。


 ドナデュウが張っていたダイアモンドのバリアは、細かいガラスの破片のようにパラパラと散りながらドナデュウは何の抵抗もなく火球へ向かう。

 バリアが剥がれる様子を見たモールは我に返ったような顔をしたが、もう遅かった。


 ドナデュウは体ごと火球の中に突っ込んでしまったのだ。



 GFP学院の敷地内で戦う学生やフォール=グリフィンの連中はそんな戦いがあったことを知らず、気がつけば火球はパーンと弾ける音を立て、火花が散るように割れた。

 割れた火球から丸焦げになった人の姿があり、重力に従って雪のマットへ落下した。


 何故火球から人の姿が現れたのか、彼らには知る術がなかった。

 驚きの出来事に、火球を食い止めていた人と火球で建物ごと丸焼きにしようとしていた人は何も言い出せずにいた。


 フォール=グリフィンの1人が丸焦げになった人におそるおそる近づき、体を揺すったが反応はなかった。


 今度はその人の手を軽く握ると、既に冷たくなっていた。


 この日、GFP学院周辺は極寒とも言える寒気に覆われていた故、生きていなければ、こんな短時間で冷え切ってしまうのも不思議ではなかった。


 手を握っていた女性は視線を顔に移した途端、青ざめた表情に変わった。

 その様子を見かねたフォール=グリフィン一味は彼女の元へ近づいた。


 ――そこにはフォール=グリフィンの創設者、ローレンツ・ドナデュウが無惨な姿で息を引き取っていた――


 フォール=グリフィンの別の男性は撤収の合図を送った。

 それは他の場所で戦っているフォール=グリフィンのメンバーにも行き渡った。


 フォール=グリフィン一味はその場から姿を消した。


 さっきまで彼らと戦っていたGFP学院生と教員は辺りをキョロキョロ見渡したが、どこかで戦っている様子は感じられなかった。

 その後、この戦いで命を落とした学生を探しに散らばった。


 上空で様子を見ていたモールは目を閉じ、複雑な気持ちを抱いたまま、この場をあとにした。

 


 これが今から473年前、フォール=グリフィンが初めてGFP学院を襲撃した出来事だった。


 フォール=グリフィンの拠点に生きて戻ってきたメンバーは僅か38人だった。


『大半のメンバーもそうだけど、まさかドナデュウさんがこんな姿で死んでしまうなんて……』

 フォール=グリフィンの女性幹部はドナデュウを抱えながら涙ぐむ。


『……こいつが成し遂げられなかった、打倒GFP学院の目標を俺たちが必ず叶えなくてはいけない。ドナデュウの遺志は……後世にも伝え続ける……』

 ドナデュウの同級生だった男性は涙を飲みながら両手を合わせる。


 生き残ったフォール=グリフィンのメンバーもその場で黙祷を捧げた。

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