01-07 図書館棟の幻の階段

「大学の歴史についてだったら、この大学に在籍していた人が論文として書いているものがあるはずだ」

 利哉は腕を組みながら小声で独り言を呟く。


 過去の学生が卒業時に残した卒業論文がぎっしり並べられている棚をじっと見つめ、適当に1冊取り出して開いた。


 著者は18年前の魔術研究学科の学生で、GFP学院大学の由来を卒業研究のテーマとしていたのだろうか、それらしき内容が短く簡潔に書かれている。

 適当に取った1冊とは言え、入学式当日の深夜に一翔が話していたことを思い出すと、かなり関心のある内容だった。


 要約するとこんな感じだ。


 グリフォンの体の一部分、つまりパーツが乾燥した状態で見つかったことに由来している。約4000年前に2頭のグリフォンが激しい争いをしていた結果、羽根や足の表皮が剥がれて落下した場所にその大学が建てられた。それがフェリウル歴8000年の話だ。

 創立者はディールス・ルチアという当時の大シャーマンと言われた男性だ。ルチアは元々占術師だが、先天世界が必要に応じて見ることができたと言い伝えが残っている。

 しかし、彼は大シャーマンではなく予言者だったことが、論文の著者の研究で判明した。大学名を付ける時に、遠い未来の学生は虹彩の色を決める遺伝子の近くに、緑色蛍光タンパク質、すなわちGFPを作る情報が組み込まれることは初めからお見通しだったという知見もある。

 だから、グリフォンパーツと緑色蛍光タンパク質を掛け合わせてGFPという略称が付いたと考えられる。


 実際、タンパク質の方のGFPが見つかったのは比較的最近の話である故、論文の紙質が割と新しいのも頷ける。


「18年前のヤツだから、事実と乖離しているところはあるかもしれんけど、何てひどい話だ。オレらの目が緑に光るのをわかってGFPという略称をつけるとか、未来を馬鹿にしているようだぜ」

 利哉は眉間にしわを寄せ、その表情を変えずに論文を棚に戻した。



「歴史書だったら、ここのコーナーかな」

 一翔は歴史に関する本がずらりと並んでいる本棚と対面する。


 中でも『GFPを憎む者』と書かれた背表紙に目が留まった。120ページ程しかなく、他の本に比べると薄い方だが、実際に読んでみると思わず血の気が引いてしまう内容だった。


『何故、私たちの目は緑色に光らなくてはならないのだろうか。確かに魔術を使えない身として生まれてきたとは言え、人に善を尽くすために魔術を習得すべく通っている学校がGFP学院大学。生まれながら魔術を使用してきた魔術界ヴァールの魔術師からすれば、私たちが憎い存在かもしれない。けれども、夜に私たちの目を光らせ、学内のイベントで広場へ集まっていたところを狙い、殺された人は数えられない。本当はGFP学院の学生であることは誇りに思いたい。しかし、歴史が変わらない限り、殺人者だけでなく、学校も光る目も、みんな憎い存在だ。誰が私たちの目を光らせたかは不明だが、必ずいるに違いない。目が光らなくなれば、尊い命は輝き続けるのだろう。』


 一翔は手を震わせながら本を静かに閉じて棚に戻した。


 彼が手に取った本は、57年前に魔術界ヴァール出身の多くの魔法戦士がGFP学院の学生を全滅させようと画策し、実行した過去が綴られていた。

 魔法戦士学科の教員や学生が決死の思いで戦ったお陰で、GFP学院は今も存在し続けているが、命を落とした人は数万人に上るというGFP学院史上最大級の大惨事だった。


「GFPの遺伝子を組み込んだ人は、GFP学院の存在を憎んでいる人らのはずだ……!」

 一翔は真剣な目つきをして奥の方へ歩いて行った。


 奥まで進むと左右に通路が延びていた。

 左右に視線を動かすと、左側には雅稀、右側には利哉が離れたところに立っていた。


 彼らも気づいたようで、3人は合流した。



「過去の学生が出した卒業論文を調べるとはなかなか良いセンスだね」

 一翔は無表情のまま利哉の顔を見る。


「魔術研究学科なら、歴史も勉強するだろうと思ってな。けどよ、大学が建てられた時から目が光るようになるのをわかってGFPという略称をつけたんだぜ」

 利哉は目を細めて腕を組む。顔には出ていないが、内心は怒りに満ちているのを雅稀は感じていた。


「俺は全然違う分野の本を見ていたけど、全知全能インフィニティ属性を体得した魔術師がGFPの遺伝子を組み込んだんだと思うんだ」

 雅稀は足元に視線を落とすと、利哉と一翔は不思議な目で「何それ?」と聞く。


 雅稀は顔を上げて『偉大なる戦闘魔術集』に書かれていたことを話すと、一翔ははっとして

「そうかもしれない……」

 と目を大きく開いた。


「人の遺伝子を操作するのは容易ではないどころか不可能に近い。けれども、全知全能インフィニティ属性であれば、想像したことが何でも現実にすることができる。きっとそうだよ!」

 一翔はポンと手を打った。


「俺らも前世はそうだったと思うけど、魔術を悪用する人が世の中にいるもんなんだなあ」

 雅稀はため息をついて視線を逸らす。


 刹那、彼が何かを睨みつけるような目つきに変わったのを利哉は気づいた。


 どうした? と利哉はそう思いながら雅稀の視線を辿ると、薄暗い階段が見えた。


「こんなところに階段ってあったっけ?」雅稀は体をそちらに向けると「いや、ゲート側の1ヶ所だけだよ」と一翔は唇を少し尖らせた。


「ちょっと行ってみるか」

 利哉のかけ声に続いて雅稀も一翔も後を追った。


 利哉は存在しないはずの階段に足を一歩踏み入れた途端、姿を消した。


 驚く間もなく、彼の周りにいた雅稀たちも謎の引力で一緒に巻き込まれた。

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