第3話 ローザ、主に期待を寄せる

『君というやつは本当に素晴らしい人間だと思う。一体何を考えたら俺の時間を奪うのか、その高大な考えを披露してくれないか?』


『君は時間に囚われない自由な人格を持つらしい。いつになったらその仕事が終わるのか、もしかして日が落ちるまでか? それならば君はとても無駄な努力をしているといえよう』


『うるさいうるさいうるさい。今の俺に関わるな鬱陶しい。いつまでそこに突っ立っているんだ? さっさと出ていくがいい』


 ふと、過去の言動の数々を思い出す。


 私——ローザは幼少期よりヴィクトル様に仕える従者です。


 ヴィクトル様はある日を境に大きく変わられた。昔はとても優しく、戦災孤児である私に手を差し伸べてくれたのに……。


「ふふっ、今日はとても幸せでした……あ、もしかするとヴィクトル様に試されていたり?」


 優しかったヴィクトル様の性格は今となっては大きく歪んでいました。


 家族からの差別、一人だけ別邸に追いやられる、兄弟からの虐め……そして母君の死。


 それら全てが押しかかり、いつしかヴィクトル様は根暗で嫉妬深い、小心者ゆえの攻撃性を兼ね備えた危ない性格になったのです。


 私達のことは自分よりも下の都合のいい道具としか見ておらず、その待遇に耐えかね、従者が一人、二人と辞めていったのは記憶に新しいですね。


「私への忠誠心を試されているのでしょうか……? 飴と鞭と言いますし、それにヴィクトル様の言っていたところには何もないですし」


 あの時はついつい舞い上がってしまったが、今になって気がつく。


 私はヴィクトル様に試されているのではないか?と。


 ヴィクトル様の性格の悪さは近くで見てきた私だからこそよくわかります。


 ヴィクトル様は嫌味を直接口にする事は少ないです。大体は褒め言葉のように嫌味をつらつらと口にしてきます。


 今日はいつもと少し違いましたが……、私の忠誠心を試すためにあえてそうしているのなら納得がいきます。


「私への忠誠と能力を試されているということですね! 恐らくこの目的地には何も……!」


 私はふとつい最近のヴィクトル様の言葉を思い出します。


『おやまた君か。くくく……あれほど言われて他の奴みたく辞めていかないのは何故なんだ? もしや俺に忠誠でも誓っているつもりか? ならば無駄だよ。君みたいな善人ぶった図太さが取り柄の人間は嫌いでね。君がいつ恨み言を吐いて辞めていくのか楽しみで仕方ないよ』


 という凄まじい早口で言われたことを私は一字一句記憶しています。


 人間が嫌いと公言するほどの人嫌いであるヴィクトル様は、こうやってなかなか辞めない従者に対して嫌味を連ね、無理難題を押し付けることをします。


 中々辞める気配のない私を見て、ヴィクトル様はやり方を変えてきたのでしょう。


 ヴィクトル様が指す場所に行ったところで徒労に終わるでしょうね。かと言って変に嘘をつけばすぐに見抜かれて、どんな嫌味が飛んでくるか分からない。中々厄介な性格です。


「ヴィクトル様の考えがどうであれ、私は諦めませんよ。ヴィクトル様は私の命を救い、生きる理由をくださったお方。これしきのことで離れるわけにはいきませんから!」


 それに……ヴィクトル様の性格の悪さが伝播したのか、私はこの森に行って帰ってきた時のヴィクトル様の反応が見たいと思っています。


 これに懲りて少しは人間性を取り戻してくれるといいのですが……期待薄ですね。


「さて、指定した場所はこの辺……ってえ?」


 私はその光景に足を止めて、自分の目を疑います。


 目の前に広がっているのは御伽噺に出てくるような小さな楽園でした。青く澄んだ水、色とりどりの水々しい果実、様々な色に光り輝く鉱石が地面から生えています。


 無駄な徒労をさせて忠誠心を試す……ヴィクトル様ならやりかねないと覚悟して、てっきりそうだと思ったのに、予想もしていない楽園があって私は驚きを隠せません。


「偶々……? いえ、頭のいいヴィクトル様がそんな偶然に任せたことはしないはず」


 ヴィクトル様は卑下こそしますが、頭の回転は早く、目立っていないだけでゾディアック家で随一の頭脳を持っています。


 特に人の嫌がらせに関してはピカイチで、ありとあらゆる偶然を徹底的に無くして嫌がらせをするほどです。


「ここは間違いなく、噂に聞く秘境。行けばわかる……その言葉の意味は嫌がらせではなく、私に何かを期待してのことなのでしょうか?」


 ヴィクトル様が本当に変わられた可能性。


 今日のヴィクトル様は頭を打つ前と後でかなり対応が違っていました。いつもなら嫌味をたっぷり言ってくるところをあんなにも柔らかい、むしろ私を気遣うような対応までして……。


 それに召喚術を勉強しようとしていたのに、頭を打った途端急に錬金術の勉強を始めて……。


 利己的な人間であるはずなのに、心を入れ替えたかのように誰かのために勉強まで始めて……。


 私はヴィクトル様が変わったのか、それともここまで含めて手のひらの上なのか分からなくなっていました。


「…………いえ、変わったかどうかは帰ればわかります。今は自分のやるべきことに集中しなくては」


 ヴィクトル様の言動、一挙手一投足には意味があります。私にここまで来させて、来ればわかると言ったことには意味があり、同時に私に何か期待しているのでしょう。


 先程までの行動をまとめると……錬金術、もしくは召喚術に使えるような素材を集めてこいと指示しているのかもしれません。


 液体採取用の小瓶、採集用のポーチ、念のため持ってきてよかったです。私は少量ずつですが、この地にある貴重な資源を回収していきます。


「ネクタルに、ミスリル、これは神陽樹の葉じゃありませんか! こんな貴重な素材ばかり……ヴィクトル様はどこでここを知ったのでしょうか?」


 家に一日中引きこもっていることが多いヴィクトル様。一体いつの間にこの場所を知ったのか……何を考えているのかより分かりません。


 しかし、これだけは言えるかも知れないです。


 ヴィクトル様は私なんかでは考えが及ばないほどの深謀遠慮なお方なのかも知れません。


 私はヴィクトル様に対する考えを改める必要がありそうです。本当に変わられたのかどうか……それを確かめるためにも。


「ヴィクトル様……貴方には何が見えているのでしょうか?」


 私は帰宅後、ヴィクトル様がどんな顔をするのか、不安と期待を胸に秘めて屋敷へと戻るのでした。

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