腹から大量の髪の毛が検出された男の話

瑳和希

腹から大量の髪の毛が検出された男の話

私はとある会社に務めるジャーナリストだ。今回、心霊現象特集などという企画を編集長が企画しやがったもんだから、怖い話が苦手ながらも色々と調べてまわっている。


今日は事故物件に住む男が病院に搬送されたという話を聞き、その取材に向かっているのだ。搬送された男は既に退院し、家に帰っていたため、男の家で取材する運びとなった。


男の家はなんの変哲のない二階建てのアパート。強いて言えば少し古いと言うだけで、ここが事故物件などと言われても、今回のことがなければ信じなかったかもしれない。男の部屋と聞いている ―取材前に電話で確認したのだ―204号室のインターホンを押すと、チェーンをかけた部屋の隙間から大学生ぐらいの青年が顔をのぞかせた。


垂髪うない様のお宅でしょうか? 私、お電話させていただいたジャーナリストの岸谷と申します」


そう言うと、青年は納得したような表情で「上がってください」と言ってドアを開けてくれた。


一声かけて上がった部屋は至って普通の部屋であった。彼の案内でリビングのような場所に座らされ、いよいよ取材が始まろうとした時、一人の女性がお茶を持ってきたくれた。


「これは、わざわありがとうございます」


そう声をかけるも、その女性は返事をせず部屋の奥に向かってしまう。なにか失礼があっただろうかと男に視線を向けると


「彼女、人見知りなんです。僕も付き合い始めてようやく色々話すようになって・・・・・・」


と照れくさそうにしている。


そんなこんなで、互いに佇まいを正していよいよ取材がはじまった。


「では、あなたが病院に搬送された時の話を聞かせてください」


私がレコーダーに電源を入れると、彼はゆっくりと自身に起こった話を語り始めた。







僕に起こった話をするために、まずはこの家に住み始めた時のことからお話させてもらいます。


僕は今年大学合格を機に上京したんですが、なにぶんお金がなかったんです。だから、不動産屋さんにできる限り安く済むところがいいとお願いしてここを紹介してもらいました。


住み始めた頃は良かったんです。何事もなく過ごせて。なんだかんだ怯えてはいたんですが、結局幽霊なんて嘘っぱちなんだと思いました。ただ、入居から1ヶ月ぐらいたった時なにか音が聞こえたんです。パキッ、パキッ、って。住んでから初めての心霊現象に震え上がってましたよ。それからもその音―ラップ音と言うらしいですね―は定期的になっていて、寝てる時には金縛りもありました。ついにはポルターガイスト何かも起こって、コップが割れたりなんかしょっちゅう起こるようになりました。

初めのうちは我慢できたんですけど、それが1ヶ月、2ヶ月と続くといよいよ参っちゃって、夜は寝れないから昼間寝るしかなく、そうすると授業に集中できない。バイト中もぼうっとするようになって、もう引っ越そうかなと思い始めてたんです。バイト代はある程度溜まってたので。そんな時です。決定的なことが起こったのは。


あの日はバイトがすごく忙しくて、あぁ居酒屋なんですけどね、とっても疲れて家に着く頃にはウトウトしてたんですよ。せめてシャワーだけはと思って風呂で髪を洗ってた時です。違和感を覚えました。長いんです、髪が。僕ってどう見ても短髪じゃないですか。なのに、湿った髪の感触が背中ぐらいまであって。恐る恐る薄目を開けると、鏡に黒髪の女が写ってたんです。髪を顔が見えないぐらいな垂らした女が。もうびっくりして、急いで髪とか流してろくに水気を取らずに着替えて家を飛び出しました。近くのコンビニに駆け込んで息を整えながら、凄い恐怖が襲ってきたのを覚えてます。


そして、そのコンビニでコンディショナーやらトリートメントやら香油やら買い込んで家に飛んでいきました。え? そりゃそうですよ。男が使うシャンプーを女性に使うなんて論外ですから。まさか男用のを使ったのかと恐ろしくなりましたね。


そうして、家の風呂に入るとまだ居たんですよ、その女性。で、目を奪われたわけです。その美しい黒髪に。水に濡れている髪が色っぽくて、ぬばたまの髪とはこうなんだと思うほどに綺麗な黒。思わず彼女の目の前で土下座して「どうか髪を洗わせてください!」って言っちゃったんです。最初、彼女は驚いて、そのまま消えてしまいました。そりゃあ突然の事だったし、驚かせたのは申し訳なかったですけど消えることないじゃないですか。それから、彼女が現れる度に髪を洗わせてくれ、と頼みまして、ようやく首を縦に振ってくれたんです。

初めて彼女の髪を洗う時はそれはもう気をつかって、国宝扱うみたいに丁寧に洗いました。彼女も気持ちよさそうにしてくれて、それが途轍もなく嬉しかったですね。

それから、彼女の髪を洗うのが僕の役目みたいになって、彼女が洗って欲しい時は金縛りで合図するようになりました。


ただ、それが日常になるともっと上を目指したくなるのが人間なんでしょうね。僕は段々と、こう思うようになりました。


」と。


いくら髪フェチの僕でもこれは気持ち悪いと思いました。でも、彼女の綺麗な髪を毎日見せつけられて、もう生殺しみたいな感じだったんですよ。で、ついに言っちゃったんです。髪を食べたいって。

彼女はそれはもうドン引きしてました。顔は見えなかったんですけど雰囲気でわかりました。でも、どうしても彼女の髪を食べたかった僕はまた土下座してお願いしたんです。それが1週間くらい続いて、ようやく彼女が折れました。


だから、僕はまずハサミを用意したんです。ちゃんと神社や寺で清めてもらった散髪用のハサミを。そして、いよいよ運命に日がやってきました。お風呂場で座る彼女の正面に立ち、恐る恐る髪の先を持ち上げ刃を当てました。葛藤はありました。自分なんかがこの髪を切ってもいいのか、この髪を切ることは髪フェチ失格なのではないか。でも、髪を食べたいという欲望には逆らえずついに彼女の髪を切り落としました。長さを失ってもなお彼女の髪の美しさは変わりませんでした。切り落とした髪のひと房がとても愛おしく感じました。余談ですが、初めて顕になった彼女はとても可愛らしい容姿をしていました。


切った髪を見て僕は悩みました。どうやって食べようか。 色々と候補はありましたが、結局素材の味を楽しもうとサッと茹でて麺つゆと一緒に食べようと決めました。沸騰したお湯に髪を入れて、少し待ってから取り出してお湯をきる。氷を入れたお皿に丁寧に盛り付け、麺つゆを用意して、そして食べました。


僕は、気づいたら涙を流していました。口に入れた髪は麺つゆとよく絡んでかつお節の風味を引き出しつつ、自身の個性を消していなかったのです。むしろ、相乗効果的に旨みが高まっていました。シャキシャキとした噛みごたえは僕を魅了しました。そして、のどごしも爽やかで、今まで食べたどんな麺類よりも美味しいと感じたのです。


それから、僕はその味の虜になってしまい、月に1回のご褒美に彼女の髪を食べるようになりました。彼女は途中から無表情になってました。申し訳ないとは思ったんですけど、欲望には逆らえませんでした。


そんなある日、僕のお腹はとんでもない痛みを訴えました。あまりの痛みに僕の額には脂汗が浮かんでいたと思います。何とか救急車を呼んで病院に搬送されました。搬送先の病院でレントゲンを撮ると、僕のお腹に大量の髪の毛が。当たり前ですけどそれが原因で炎症? かなんかを起こしていたらしいです。お医者様は僕に「心当たりはあるか?」と尋ねました。だから僕は素直に自分で調理して食べたことを伝えるとお医者様は烈火のごとく怒ってもうするなと怒鳴りつけたんです。さすがの僕も反省して、涙を流しながら頷きました。それから、経過観察として1週間ほど入院して家に帰りました。







「これで、僕の話は終わりです」という彼の姿に私は恐怖を覚えていた。イカれてやがる。何をどう考えたら髪を食おうなどという考えにいたるのだ。理解できない。欠片も理解できない。そもそも、風呂に現れた幽霊の髪を洗おうという発想からしておかしい。普通に考えてまずお祓いすべきだ。

そんな考えが頭の中でぐるぐると回っている中、辛うじて「お話ありがとうございます」とだけ言った。声が震えていたが構いやしない。それだけ恐ろしい話だったのだ。人は未知に恐怖すると言うがそれがよく分かった。


「それで、今どうなされてるのですか?」


そう尋ねると、彼はニッコリと幸せそうに笑った。


「今も彼女と一緒に暮らしています。あれから恋人になりまして・・・・・・ほら、さっき出したお茶彼女がいれてくれたんですよ」


私は逃げ出した。急いで玄関に向かい、靴を履き外へと飛び出した。失礼などと考えもしなかった。命の危機を感じたのだ。

そのまま足を止めることなくオフィスに駆け込み、こうして記事を書いている。どうやら、あの部屋には上司のパワハラに悩んで首吊り自殺をした女性の霊が出るらしい。


最後に、私に言えることがあるのであれば、いちばん怖いのは幽霊などではなく変態だということだ。皆さんも変態にはどうか気をつけて頂きたい。


記: 岸谷 龍斗

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

腹から大量の髪の毛が検出された男の話 瑳和希 @1876311

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画