第2話 支援者からの提案

 村の孤児院はあれから創竜の翼の支援もあり食べ物などに困る事は無くなった。食料はもちろん、支援が始まってすぐに大工が何人も訪ねて来て子供達の部屋の増築と広場を囲う柵を頑丈にしてくれた。それを見て村人は領主様が支援を手厚くしてくれたのかと思っていたが、それが冒険者達が合同で金を出し合っていた事が分かると冒険者達との関係は今まで以上に良化した。

 そしてダンやジュリアの呼びかけもあり、創竜の翼と親交のある冒険者達がレミト村に来る事があれば孤児院に顔を出してくれ、生活で不自由な事を聞いてくれたり子供達に体の鍛え方や勉強を教えてくれたりと生活環境の向上に手を貸してくれていた。


 そう言った事もあり、レミト村自体の環境も少し向上しており新たに貸し馬車屋が開店していた。これは歩きでレミト村を訪れ、森の中や周辺である程度の成果が得られた冒険者達にとっては「帰りは奮発して馬車を借りよう」と言う新たな村の経済も生み出した。

 村の宿屋も利用されることがこれまで以上に多くなり、従業員を孤児院から雇い入れ来年を目途に宿屋の増築も考えていた。孤児院からすると簡単なお手伝い程度とはいえ、同じ村の中で孤児たちの仕事が見つかる事は本当に有難かった。そうでなければ村の外に仕事を求める事になり、それは孤児院から出ていく事を意味している。


 孤児院に辿り着くと広場にいた子供たちが一斉にこちらに向かって走ってくる。「エル兄ちゃぁ~ん」とか「ダン師匠~!」とか「レオ~~!!」とか本当に騒々しく集まって来る。そんな勢いを満面の笑顔で三人は受け止める。もみくちゃにされながら一人一人に挨拶していると広場の奥から大きな声が聞こえてくる。


 「ほらっ!終わりだぁ!師匠たちが困ってるだろ!!はい!ちゃんと離れて挨拶!!」

 「「「こんにちわぁ~~~!!」」」


 子供達に声をかけたのはやはりリックだった。子供たちの世話役として面倒を見ている。自身は冒険者を目指して孤児院の手伝いをしながら日々体を鍛えている。リックはエル達に近付くと深く礼をして挨拶する。


 「ダンさん、レオさん、お久しぶりです。いつも寄付ありがとうございます。みんな、助かってます。」

 「ははは!リックはまた体が大きくなったな。鍛錬頑張ってんだな。」

 「はい!教えてもらった素振りは毎日続けてます。・・・エル、久しぶり!」

 「うん!一か月ぶりだね!」

 「リックくん、今日はシスターにお願いしたい事があってね、リックも同席して貰えるかい?」

 「え・・・俺もですか?分かりました・・・でも、難しい事は分かんないですよ?」

 「大丈夫。年長者として聞いといて貰いたいだけだから。」

 「分かりました。シスターは中です。ご案内します。」


 ジュリアやシスター、他の冒険者達の指導もあってリックも年上や目上の人と話せるくらいの敬語はこの三か月で身に付けていた。冒険者を目指すなら絶対必要だとほとんどの冒険者が教えてくれたので、素振りと同じくらい練習したリックだった。

 孤児院の中ではシスター・エミルと孤児の猫人族ワーキャットの女の子ルチアがお茶の準備をしていた。外の子供たちの賑やかさでレオ達が来た事が分かっていたようで挨拶と共にお茶を出してくれた。


 「レオさん、ダンさん、エルさん。ようこそ、いらっしゃいませ。子供達が騒がしくて申し訳ありません。」

 「いやいや。子供達もお腹いっぱい食べれてるからか、みんな体格良くなってきたんじゃないかい?」

 「そうですね。本当にどれだけ感謝しても足りません。空腹が無くなった事で体も動かせるようになり、体調を崩す子供も少なくなりました。」

 「あとで倉庫の方に薬草や食料は下ろしていきますから。足りない物とかありませんか?」

 「いえいえ。本当に助かっています。今は十分に蓄えも作れていますので大丈夫です。」

 「シスター。ダンさんがシスターに話があるんだって。俺も一緒にって。」


 それを聞いてエミルは少し真剣な顔になる。外部の人間から子供達を同席しての話がある場合はほとんどが孤児院から子供を引き取りたいと言う話だ。最年長者であるリックがこの孤児院を出ていく事は今の孤児院にとっては子供達の頼れるお兄さんがいなくなる事であり悲しみは大きい。

 エミルは出来るだけリックを不安にさせないようにダンに向き合う。


 「お話とはどのような事でしょう?」

 「シスター。ご安心を。リック君を引き取るとかそう言う話ではありません。見方によっては近い話になるかも知れませんが、すぐにこの孤児院からいなくなるとか言う話ではありません。」


 緊張するエミルに向けてダンの話した内容とは、孤児院の子供達の将来についてだった。エミルが秘密を口外しないと言う約束が守られる限りこの孤児院が飢えに苦しむ事は無くなった。その中で子供達と交流し様々な事を指導している創竜の翼含めた冒険者達の心配はこの子供達を将来どう言った形で孤児院の世話にならなくて済むように導いてあげるかだ。

 前提として勘違いしてはいけないのは孤児院と言う物は本来無い方が良いに決まっている。が、この魔物の跋扈する辺境都市では不幸な事故で親を失う子供がいなくなる事はない。であるならば、この孤児院では数年、または十数年いれば立派に社会に出ていけると言う実績作りをしていかなければならない。


 そこで他の冒険者達とも相談してダンがエミルに提案した事は、「リックとルチアを冒険者として登録して収入確保と独立を目指す事」、そして「今後この村に支援金を基にして学問所を作ると言う事」だった。エミルはただただ驚いているが、ダンはとりあえずこちらの提案を全て話してそれから疑問点を聞いていくと伝えた。


 まず「リックとルチアを冒険者とする」事に関しては、冒険者たちは本当に基本的な事を子供達の体力づくりの一環で指導している中で、リックは冒険者に対して強い憧れと根気強い努力姿勢があり、ルチアに関しては冒険者になれたら良いなと言う程度の気持ちだが弓に関する才能が長けており他の冒険者からも成長したら自分たちが指導してパーティーに加えたいと言う申し出があったほどだった。

 その話を受けて二人の保護者であり責任者でもあるエミルに話をしようと言う流れになった。本人たちからは冒険者になりたいと言う希望は聞いているが、エミルが反対なのであればこの話は無かった事になる。なによりリックもルチアも孤児院を支えてくれている年長者だ。急に抜けると言う事は孤児院の環境の維持にも多少は影響が出そうだ。


 「お話は分かりました。二人の希望は叶えて上げたいと思っています。しかし、今二人に急に抜けられると言うのは孤児院の運営を考えると厳しいと言うのが本音です。」

 「本音で話してくれてありがとうございます。そこは僕たちも予想していた事でサーム様と相談してエミルさんに提案できる事とすると、冒険者として登録はしますが当面の冒険者としての活動はエル君がワックルトに行く時に僕たちに同行し森へ帰る時に村へ一緒に戻ると言う活動条件に制限を付けると言う事です。これならばどんなに頻繁でも二週間に一度、三泊ほどの遠征になります。それで活動していく中で子供達の中で運営の手伝いが出来る子を引き継いでいきつつ、本人たちが冒険者として生活出来るようになって希望するならリック君やルチアちゃんの家をレミト村内に構える事も将来的には考えられるかと思うのですが、いかがでしょう?」


 創竜の翼は言わばこの孤児院のスポンサーのようなもの。よく才能ある庶民に対して貴族が生活を支援するパトロンのような話は聞いたことがあるが、冒険者パーティーが孤児院を支援するなどと言う話は初めて聞いたし、まさか自分が経験するとは思わなかった。

 だからこそ、その支援者が提案する事に関しては出来る限り応えていきたいとは思っている。それに創竜の翼は孤児院に対して支援は存分にしてくれるが要求は一切してこない。そんな中で初めて提案された内容にエミルは有難く思いつつも悩んだ。


 「リック、ルチア。どうしますか?ダンさん達はこう言ってくれています。二人の気持ちをちゃんと皆さんに伝えなさい。」

 「俺は・・・冒険者になりたいです。みんなを守れる強い男になりたい。俺はレミト村から出ていくつもりはないし、もし冒険者として生活出来るようになったら師匠たちのように孤児院の生活を助けられるような冒険者になりたい。」

 「私もレミト村を出るつもりはありません。冒険者のみなさんには才能があるって言ってもらえたからその才能は生かしたいと思っています。でも、急に自分達だけで活動するのは不安です。」

 「そこはちゃんと支援するよ。二人が弟子入りしたい冒険者がいるならその冒険者に面倒見てもらう事も出来るし、もし特にないなら僕たちがしっかり大丈夫だと判断出来るまでは指導するよ。」

 「俺は!師匠たちに教わりたい!最初から見てくれてたし、俺が一番憧れてる冒険者は師匠たちだから。」

 「私はリックやエル君と一緒に経験を積めたらって思ってます。一人で冒険者の方に教わるのはちょっと不安です。」


 その話を聞いてダンは少し考える。二人の希望を出来る限り叶えられる方向性を決めてあげたい。そこでダンはエルの顔をジッと見て再び考え込む。エルは急に自分を見られて困惑している。


 「そうだね・・・うん。レオ、どうだろう。この三人でパーティー登録すると言うのは。」

 「おいおい。まだ依頼を受けた事も無い者同士でパーティーか?ちょっと気が早すぎるんじゃないか?気が合うかどうかも分からないのに。」

 「気が合う合わないならリック君とルチアちゃんは問題ないだろ。だって小さい頃から一緒に暮らしてるんだ。お互いの性格も理解してる。あとはエル君がそこに合わせていけるかって所だけだ。それは鉄ランクの依頼を受ける中でギルドにも判断してもらえるんじゃないか?」

 「・・・確かにそうだな。まぁ、しばらくは様子を見るって事でどうだ。判断はギルドに任せるって事で。」

 「うん。そうだね。エル君はどうだい?二人とパーティーを組む事に不安はないかい?」

 「依頼を受けた事も無いので不安しかないですが、とりあえず何度か依頼を受けてみて判断したいです。」

 「分かった。シスター、いかがでしょう?」

 「当人同士が納得できているなら私としては否はありません。どうかよろしくお願いします。」


 上手く話をまとめられてダンはホッとする。これが成功すればここの子供達の自立に大きな一歩が刻める。また二人とも村から出るつもりが無いとの事だから、成長した二人が孤児院の世話をしてくれれば今後の支援も安定しそうだ。


 「話がまとまって良かった。もう一つの学問所の件に関してはかなり込み入った話になるので、この後打ち合わせましょう。シスター、明日からワックルトに僕たちは向かいますが三日間二人を連れて行っても構いませんか?急な話になって申し訳ないのですが。」

 「それは大丈夫です。今は孤児院の運営も非常に安定していますから数日くらいでしたら問題ありません。子供たちは寂しがるでしょうが、こう言った事はこの先必ず起こりうる事ですから。今から慣れていってもらわないと。」

 「分かりました。じゃあ、二人は明日の朝までに荷物を用意しておいてくれ。数日分の着替えと訓練で使っている武器があるならそれも持っていこう。心配しなくてもワックルトまでの間は僕らが守るからね。」

 「分かりました。準備しておきます。宜しくお願いします。ダン師匠、レオ師匠。」

 「よろしくお願いします。」

 「うん。じゃぁ、また明日ね。レオは子供達の指導だろ?僕は道具屋に行って貸し馬車屋で馬車を用意しておくよ。」

 「分かった。じゃあエルもリック達と一緒に稽古しよう。」

 「はい!」


 そう言って子供たちとレオは外へ出ていく。外ではレオの「稽古始めるぞぉ!」の声に子供達が歓声で応えていた。孤児院の中はシスターとダンだけで奥の部屋にはまだ言葉も分からない幼い子供だけとなった。


 「お約束、守っていただけているようで良かった。支援は変わらず続けていきますのでご心配なく。」

 「ありがとうございます。エルさんももう知らない仲ではありません。彼の危険に繋がるような事は絶対に致しません。それにこれからはリックとルチアも関わってくるのですから。」

 「また新しく分かった事があればお知らせします。それでは学問所の事について話して宜しいですか?」

 「はい。こんな村に学問所を作っていただけるなんて、本当に有難いご提案です。」


 二人は学問所設立について話を進める。外からは子供達の元気な「やぁ!とぉ!」と言う素振りの声が聞こえてくる。本当に孤児院は生まれ変わった。この変化をより良い物へと繋げていかなければいけない。シスター・エミルは決意を新たにする。

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