第5話 スキルってなぁに?

 昼食を終え、採ってきた薬草を種類や品質ごとに分別する作業を終えるとサームがエルを錬金部屋に誘った。小屋の中は大きな一間の作りになっており、壁には棚が置かれたくさんの道具で埋め尽くされていた。そして部屋の真ん中には大きな半円形の鍋が据わってた。普段嗅いでいる薬草の匂いとも違う不思議な匂いに部屋中が包まれていて、エルはその雰囲気が嫌いではなかった。




 部屋の中をきょろきょろと見回すエルにサームは近くにあった丸椅子に座るよう勧めた。




 「ここが儂の錬金部屋じゃ。錬金術師や薬師と言うものは関連のスキルを授かり、それぞれのギルドに登録をすれば公に資格があると認められ素材の売り買いや依頼の授受等の許可が国より与えられる。なので、そうなる前の修行中の者は見習いとしてギルドに登録する。ここまでは良いか?」




 エルでも分かるように丁寧に教えてくれる。エルは聞き逃すまいとサームから与えられたメモとペンでサームの言葉を書き留める。




 「あのお師匠様。質問してもよろしいですか?」


 「もちろんじゃ。何が知りたい。」


 「スキルを授かるとはどうやって授かるものなのでしょうか?」




 スキル・魔法。。。エルの知らない事はたくさんある。やっと知る事の出来る環境に出会えて。サームから聞き漏らす事無く知識を得るのだ。やる気に満ちていた。




 「ふむ。そうか。スキルとはな、職業だけに関わらず儂らがこの世で生きていく為に行う全て事に対して手助けを行ってくれる技の事じゃ。例えばそれは錬金術であったり、大工の技術であったり、剣を扱う事に優れた技術であったりの。獣人族やはるか東にある東ドリア大陸の民族の中では技能と呼ばれたりもする。」


 「技能。。。」


 「そうじゃ。スキルを得る為には伝承型と恩恵型と呼ばれる二つの獲得方法がある。伝承型とは伝承系のスキルを持つ者が教えたい相手にスキルを与える事じゃ。他にもスキルブックと呼ばれる本を読む事で得たスキルも伝承型と言えるの。」


 「人にスキルを受け渡せるのですか?しかし伝承のスキル以外を持っていなければ意味がないのでは?」


 「ふむ。エルはなかなか賢いのぉ。その通り。伝承スキルは伝承スキルそのものを受け渡す事は出来ぬ。それでなくとも伝承スキルに目覚める事は非常に稀じゃ。長い歴史の中でも伝承スキルのスキルブックが発見された記録はない。だから、伝承スキルを得た者は国によっては基本的に保護をされ、国の機関で働く事が多い。」




 そうだろうなとエルは納得する。さっきサームが話してくれたように生活に役立つ大工などのスキルならば良いが、剣術のスキルとなればやたらと伝承すればそれだけで戦闘集団が作れてしまう。伝承のスキルは危険とも背中合わせのスキルなのだ。




 「そして恩恵型スキルじゃが、これは言葉の通り神の恩恵によって与えられるスキルじゃ。」


 「神様?・・・っているのですか?」


 「ふむ。いる。と断言したいが儂もお姿を見た訳でもないし、お言葉を聞く天啓を賜った訳でもない。しかし、その歴史の中で神の御姿を拝した人物が記されておったり、天啓を受けたとされる出来事は書物に記されておる。なにより神の御手でなければ説明のつかぬ事象などもあるのじゃ。」




 神は存在する。そう知っていたならば自分はどれだけあの牢の中で祈り続けただろう。そう思いながらサームの言葉に耳を傾ける。




 「恩恵型は教会で恩恵スキルを得た神官から得る方法と、これこそ稀じゃが何かしらの条件を重ねる事によって自然発生で得られる場合とがある。この恩恵型に関しては教会で得る場合も自然発生で得る場合も何のスキルを授かるのかは分からんと言う事じゃ。」




 それはつまり家業を継ぎたい子息達がその家業に役立つスキルを得る為には伝承系のスキルを持ち尚且つその家業に関するスキルの伝承をしてくれる者を見つけなければならないと言う事だ。これはなかなか運任せになってくるんだなぁとエルは理解した。




 「当然ではあるが、教会で恩恵によりスキルを授かるのは無償である場合が多いが、伝承でスキルを得る場合はそれなりの金銭が必要となる。こればかりは一般の民ではなかなか難しい。同じ集落で家業と同じスキルを恩恵で受けたものを養子に貰い、逆に自分の息子達が授かったスキルが必要な家に養子に出したりする。」


 「それでは本当の親子で家業を継いでいる家は少ないと言う事ですか?それは・・・辛いですね。」


 「確かにの。しかしな所謂、町民や村民のような民たちからすればスキルは無くとも仕事は覚えられるし仕事も出来る。確かにスキルがあれば作業効率は上がるし、新しい技術も身に付きやすい。しかし、そこまでしても村民などでは新しい店を興したりする収入を得るのは難しい場合が多い。」


 「では、どうするのですか?」


 「なぁに、簡単な事じゃよ。エルが儂の仕事を手伝ってくれておるのと同じようにスキルなしでも仕事は出来るであろう?錬金術師や薬師、他にも特殊な職業においては国の許可と関連スキルが必要じゃが、漁業や農業、革細工や鍛冶師など生活に密着した職業はスキルは無くとも働く事も店を持つ事も出来る。だから、スキルだけでそのものの人生が決まる訳ではない。」


 「そうなのですね!安心しました。僕には何もスキルが無いので。。。」




 自分にスキルがあるなんて話は聞いた事が無いし、国の機関で伝承された事もましてや神殿なども訪れた事が無い。スキルのない自分がこの世界で生きていけるのか不安だった。




 「エルは成長の声を聴いた事がないのじゃな?」


 「成長の声ですか?」




 成長の声とはスキル獲得時や何かしら大きな成長を遂げた時に、他人には聞こえない声が頭の中に響くのだそうだ。昔は神のお告げなどど言われたらしいが聞く人が増えるにつれ、これほどまでに神の声が乱発されるはずがないとして【成長の声】として定義付けられた。


 もちろんそんな声は聞いた事も無いし、ずっと牢に閉じ込められていたのだからスキルを得る機会すらなかった。サームの話では貴族や集落に教会がある村では7~8歳くらいには恩恵でスキルを得る者もいるのだとか。そう考えると自分はスキルに関しては大きく遅れていることになる。


 エルはそこで一つの疑問をサームに投げかけた。




 「全ての手を尽くしても自分がお師匠様のお手伝いが出来るようなスキルを得られない事もあると言う事ですか?」


 「ふむ。。。」




 サームは考え込む仕草を見せた。エルはサームの顔が見れなかった。どのような絶望的な言葉が待っているのか。ほんの数日とはいえ、やっと手に入れた安息の地は早くも失われる可能性を見せている。祈る気持ちで言葉を待った。




 「エルよ。さっきも言うたじゃろう?スキルは無くとも仕事の手伝いはその者の努力で何とでもなる。確かに国に認められる為にはスキルは必要じゃ。しかし、スキルだけに心が囚われてしまってはいかん。それにおぬしにスキルが無いからと言って儂は仕事を手伝わせないような心の狭い爺ではないぞ?」




 思わず顔を上げる。目の前には優しい笑みのサームがいた。鼻の奥がきゅぅっと痛くなる。泣くな。まだ自分の人生は始まってもいない。




 「その手伝いをしておる中でおぬしがスキルを得られる道が見つかるかも知れんし、一生懸命見習いで頑張っておればその稼ぎで錬金術や調合のスキルを伝承してもらえば良いではないか。儂がいくつまで現役かは分からんが、焦ってはそれ以前の所でつまづく事になるぞ?」




 焦りは禁物。分かってはいたが目の前にはっきりとこれほどまでに見事なニンジンがぶら下がれば飛びつくなと言われる事の方が難しい。しかも、生まれて今までニンジンは知っていても見せられた事すらないような人生だったのだ。




 「はい。申し訳ありません。少しづつ自分と言うものを知りたいと思います。宜しくお願いいたします。お師匠様。」


 「うんうん。エルよ。覚えておきなさい。錬金術も調合も、そして恐らく人生も同じじゃと儂は思う。急ぎすぎるあまり、結果を焦るあまりに辿り着くべき場所を見逃さぬように。」


 「辿り着くべき場所。」


 「左様。おぬしは儂には想像に及ばぬ地獄を抜け出した。時間を取り戻したい気持ちは如何ほどか知れぬ。しかし、この爺からすればおぬしにはまだまだ時間は有り余っておるわ。有意義に有効に使いなさい。」




 頭の中を稲妻が走るほどの衝撃を受ける言葉だった。自分には時間が無い。早く一人前になりたい。焦っていた。自分の焦りなどサームからすればまだ始まってもいない明日の夕暮れの天気を今から気にしているようなものなのだろう。


 深く息をする。これからは自分を変えていかなければ。牢の中にいた時間が自分を精神的に追い込んでいるのだろう。これからは一歩づつ確実に歩まなくては。これからどんな事が待っているのか。楽しみでしかなかった。




 「はい。お師匠様。」

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