第4話 新しい生活

 次の日からエルは手伝える事は何でも手伝った。朝起きて、川から水を汲み家にある大きな水瓶2つを満たす為に何度も往復した。


それが終わるとまた水を汲み、その水を畑に植わっている野菜や薬草の苗に撒いていく。その時にサームから苗の手入れなども教わった。余分な草を抜き、枯れた葉は取り除いた。そうする事で土の中にある養分が余分な所へいかないようにするのだそうだ。


それが終わると朝食を食べる。サームが用意してくれるが、エルも出来るだけ手伝いながら簡単な料理が出来るようにと習う事も忘れなかった。


そして朝食を終えるとサームと二人で森へと出かける。畑で育てる事が難しい薬草や木の実などは森の中で見つけて採るのだそうだ。その時もどんな種類でそんな効果があるか、毒はあるか、売れるか売れないか、本当に細かく教えてくれた。やる事は探せば1日中あった。でも、その全てがエルには新しく、楽しかった。




 学ぶ事の一つ一つが今までにない経験だった。そして一つの事が出来る度にサームは満面の笑みで褒めてくれた。そして作業を終える度に感謝を伝えてくれた。何をしても「遅い!早くしろ!」と打たれ続けた日々だった。何か出来るようになっても「こんな事も簡単に出来んのか」と蹴られた。達成する事の喜びをサームは教えてくれた。だからこそ、もっと早く、もっと上手に、とエルは頑張った。その姿を見る度にサームは、




 「焦るな焦るな。エルの人生はエル自身からは逃げたりはせん。ゆっくり学びなさい。」




 と、笑顔で頭を撫でてくれる。この老人に生きる喜びを教えてもらえた。ゆっくりとその喜びを返していこう。出来る事を増やし、『自分がここに居ても良い』理由を作りたかった。サームにとって自分が大切な存在になりたかった。不器用な恩返しはこうやって始まるのだった。




 そんな事を続けていたある日、森の中で薬草採りをしていた時にエルはサームに聞いてみた。




 「サーム様、畑でも薬草を育てたり森でもたくさん採って来てますが、何に使っているのですか?」


 「おぉ。そうか。エルにはまだ調合を見せた事は無かったな。畑のそばにある錬金室があるじゃろ?」


 「はい。時々サーム様が作業されている小屋ですね。」




 それは生活スペースの家からは離れた場所に建てられており、夜になると時折サームがその部屋に籠って作業しているようだった。エルは入ってはいけないと言われている訳ではないが、どんな事も許可なくしてはいけないと奴隷時代に植え付けられている為、小屋に近づく事はしなかった。




 「そうじゃそうじゃ。あの小屋は錬金や調合を行う為の部屋なんじゃよ。生活する家に錬金する部屋を作ると薬品や調合した物の匂いが飯を食っとる時にもしてくるのでな。敢えて離して建てたのじゃ。」


 「錬金・・ですか。それと調合?」




 聞いたことが無い。何か難しい作業はしているのだろうとは思ってはいたが。




 「錬金とは主に鉱石などを用いてそれを金属へと変える事を言う。まぁ、他にも様々な事が出来るのじゃが、簡単にまとめればそう言える。調合は様々な物を組み合わせて薬や物質を作る事を言う。調剤や調薬と言ったりもするが、調合でも意味合いはざっくり合っておる。」


 「金属。。。薬。。。ですか。想像もつきません。」


 「まぁ、言葉で言われただけでは分からんじゃろうなぁ。儂はそうして錬金や調合した物を売って生活しておるのじゃよ。」


 「え?いつ売っていたのですか?全く気づきませんでした!!」


 「はっはっは!いやいや!儂が売っておる訳ではない。薬は街にある薬屋に卸し、金属は鍛冶工房に卸して武器や防具として売られておるはずじゃ。」




 エルは全く気付いていなかった。サームの家で世話になって2週間ほど経つが、小屋で作業をしていた事は知っていてもそれを街に卸していたとは。




 「街に行かれていたんですね。もしかして昼間は僕がいるから卸しに行けなかったのでは・・・」


 「ほほほ。違うぞエル。勘違いしてはいかん。街に卸すのは月に一度、街から知り合いの冒険者が取りに来てくれるのじゃよ。その者たちが街まで運び、卸した時に貰ったお金で生活に足りない調味料やら調合の道具を買ってくれてまた翌月に納品の物を取りに来がてら持ってきてくれるんじゃよ。」




 冒険者に大事な品物を預けてお金を届けてもらい買い物まで頼むなんて。余程の信頼関係が無ければ成り立たないだろう。品物を持って逃げる事も出来るだろうし、何より売却したお金はサームの一か月分の生活資金を賄う以上の金額なのだから。




 「なるほど。そうだったんですね。では、まだ僕はお会いしてなかったと。」


 「そうじゃな。エルの事は知ってはおるがまだ会ってはおらんな。」




 ????




 「え?どういう事でしょう?」


 「エルが森で倒れていたのを見つけてくれたのはその冒険者たちなんじゃよ。森からデカい声で呼ばれてな。それで急いで儂の家に運んだんじゃ。」




 自分の命を救ってくれたのはその冒険者だった。聞けばサームとの付き合いは長く、サームが街に住んでいた頃からの付き合いで森で暮らし始めてからはその冒険者たち以外が家に来た事は無いそうだ。これまで生活をしている中でも会話に出て来てはいたが、この家はエルが逃げ込んだ森の相当奥にあるようだ。そう考えるとその冒険者はよく自分を見つけてくれたと今になって怖くなった。あの時は命など顧みずに奴隷商から逃げる事しか考えていなかったが、冒険者が見つけていなければ間違いなく魔物の餌になっていたことだろう。




 「今度、家に来られた時にお礼を言わせてください。」


 「もちろんじゃ。会うてやってくれ。かなり心配しながら街に帰っていったからのぉ。まぁ、あと10日ほどでやって来るから、その時は挨拶すると良いじゃろう。」




 そんな会話を続けながら薬草を採り続けた。背負子にたくさん採れたのでそろそろ帰ろうとなった時に不意にサームが聞いてきた。




 「エル。興味があるなら錬金術か調合を学んでみるか。」


 「・・・えっ!?良いのですか??」




 話で聞いているだけでも危なそうだし、何となく秘匿されている技術のようにも感じていた。なので、興味はあったが知る事は出来ないだろうと諦めていた。




 「いや、確かに学ぶ事は難しい。しかし、錬金術師や薬師としてこの先、エルが生活していける可能性があるならば学んでおいて損はないじゃろう。」




 それは願ってもない事だった。もちろん自分の手に職を付けられる事は嬉しかったが、それ以上に錬金や調合を学ぶ事で自分がまたサームの役に立てると思ったからだ。簡単な作業でも手伝えれば、何かしら生活の手助けになるのではないかと思った。そんな事を考えているエルにサームは真剣な顔で向き合った。




 「しかしな。エル!良いか。錬金と調合を学ぶにおいて心に刻み忘れぬようにしてほしい考えがある。」




 サームの見た事のない真剣な顔にエルは聞き逃してはならぬと真剣に目を見つめ首を縦に振った。




 「錬金・調合を学ぶ中でエルはこの世の理も共に学んでいく。その技術・知識が人を活かしもすれば殺しもするという事。どのように優れた知識を用いる先を誤れば己だけでなく周りも破滅の道へ歩ませてしまうと言う事を知っておかねばならぬ。」


 「破滅の道・・・」


 「そうじゃ。木の実を採る為、動物を解体する為に作られた良く切れるナイフも使い方一つで誰かの命を奪いかねん。それはその知識を使う側も伝える側もしっかりと理解しておかねばならん。分かるか。」


 「・・・はい。サーム様から教えていただいた知識を人のために活かせるよう頑張ります。」




 まだそれがどれだけ大変で長い道のりなのかはエルには分からないが自分を生かし愛してくれているサームの気持ちを受け止めたい一心だった。




 「分かった。なら、少しづつエルにも教えていこう。これからはエルを儂の弟子として扱う。今までと違い厳しく接する事も多くなるが付いてこれるな?」


 「はい。付いていきます。サーム様。いえ、お師匠様。」


 「ふふふ。まぁ、今から肩に力を入れすぎてももたんわぃ。さぁ、帰って昼にしよう。」




 サームはいつもの優しい笑顔でエルを家のある方向へと誘った。エルは少し緊張しつつもこれから始まるまた新たな生活に胸躍らせるのである。

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