第19話 月に一度は天使とケーキを(後)


「噓でしょ。あの子、ツインズ受けたわ」




私はパン作りをしているアイリの元へ愛佳の血がついた羽がフワフワと舞って戻って来たところを間近で見て、信じられなかった。

愛佳の血判のついたアイリの羽、それがツインズの契約のサインだ。


私は愛佳がツインズを受けたことにも驚いたが、愛佳がたったの1日で返事を返してきたということも驚きだった。

てっきり、愛佳は気味悪がって手紙を捨てるか、はたまた、契約するか10日ほど迷うだろうと思っていたからだ。



「あんた手紙に何て書いたの?」



私は少し大きな声を出して、ふわふわと羽が向かっていく先、つまり店内で作業をしているアイリへ、尋ねた。

それを聞いたアイリは「ん?」と手を一瞬止め、そして少しの間を置いて、手紙の内容を少し大きな声で、話した。



「えーと、まずあたしの名前と、あたしが最近不幸にも死んで天使になったことと、あとお前に最近ずっと目を付けているぞってことと、毒は入れないから月に1回ケーキを食いに来いってこと、あと秘密を人に漏らしたら後悔するぞってことかな……」



それを聞いた私はまるで脅迫文のような手紙の内容に、他人事ながら、青ざめ、げんなりとした。



「その内容でよく、受けたもんだわ……」



小さく「食い意地でしょ」と言ったアイリの羽に、赤い血のついた羽が再び、くっついた。




それから幾度かの愛佳とアイリの手紙のやり取りがあり、会食の日時は14日後の土曜日に決まった。


場所はもちろん、ケーキ屋『天使の羽』。

当日はケーキ屋は身内による貸し切りにすることにした。



時間は、朝の午前10時。

その時間になると、愛佳は紫のゲートをくぐって、人間界から天界にやってくる。


その時を誰よりそわそわと待ったのは、無関係な私だった。

私は「まるでケンカの仲裁をする親か何かなのかね、私は」と煮え切らない思いを胸に秘めた。



14日間は、あっという間に過ぎた。


と言っても、それは私だけの話で、会の準備のためにどたばたと店内を走り回ったり、当日の段取りを考えたりと、私が大慌てだったからだ。

アイリはというと、普段と変わらないテンションの日々を送っていた。その態度を見るたびに、私の雲タバコを吸う回数は増えた。



そして、ついにやってきた、当日の朝。

天候は絶好の晴れ。ケーキバイキング日和だ。



すでに午前9時半から、私は心臓、はないのだが、心臓あたりをドキドキとさせて、いてもたっても居られなかった。


「なんで私がこんなに緊張しなきゃいけないのよ」と小言を言っても、それを聞いてくれる者はいなかった。

というのも、ツインズの片割れであるアイリは平然と、店内でケーキを作っているのだ。

緊張で感覚が鈍っている私に、店内でアイリが作ったレモンケーキの酸味を含んだいい匂いが漂ってきていた。



私はアイリを溜息とともに横目に見つつ、ヒトメガネで愛佳の観察をした。


地上にいる愛佳はまるで披露宴にでも着ていくような豪華なワンピースを着て、仏壇の前に座っているのが見えた。

その愛佳の目は前のように沈んではいなかった。まるで何かやらなければいけないことを見つけたかのように、まっすぐな目をしていた。


そして、そろそろ愛佳の観察を終え、さてゲートの前で彼女を待つかと思っていた私が最後に、ヒトメガネごしに目の端で捉えたもの。

それは、黒い仏壇の傍らにある、見慣れない黄色い物体だった。


それはレモン色の、ケーキであった。




「ほ、本日はお招きいただき、本当にありが―」

「いやいやいいのよ!気を遣わないでー。自分の家だと思ってくつろいでいってね」



午前10時。


時間通り、天界へやってきた愛佳はやはりというか、緊張でがちがちで、まるで20回は練習したかのような教科書通りの挨拶文を読もうとしたので、私はそれを止めさせた。

私の静止に、小さく、「はい」と言った愛佳であったが、全てが不慣れな環境であろう、しょっちゅう周囲をきょろきょろ見たり、雲である足場にも恐怖心が芽生えるのか、そろそろ歩きをしたり、まるで異世界に来たばかりの冒険者のように私には見えた。



私と愛佳がケーキ屋に入ると、アイリがようやく顔を出した。



「遅かったわねー!一回目なんだから、1時間前には来なさいよ」



腕を組み、仁王立ちのアイリが中で待っていた。


それを見て、私は心の中で「あちゃあ」と毒づき、溜息をつきたくなった。

ふと、愛佳の反応が気になり、横目でチラっと見ると、愛佳はアイリを見て茫然とした表情をしていた。

私はそれを気遣い、愛佳に対し笑顔を作って「ごめんねーこの子、ちょっと世間知らずでさ」と言ったが、愛佳は無反応であった。



「何?あたしの顔に何かついてるの?」



ぼーっとした愛佳の態度にアイリは不機嫌そうにそう言った。そのアイリをちらちらと見つつ、愛佳は言った。



「すみません、身内にあまりに似ていたものでつい……

失礼しました。


それにしても、いいのでしょうか?

私は何の取柄もない人間なのに、こんなにもてなしてもらって……赤の他人なのに……」


「あーはいはい、そういうとこ、だめ。

自分がしたいことをちゃんと言えって言ってんでしょ。

今日はケーキバイキングなのよ。食いたいの?食いたくないの?」



愛佳の台詞をまたぐように、アイリは大きな怒声を吐きつつ、愛佳の背中をぐいぐい押して、サンドイッチが並んだテーブルへ連れていこうとしていた。


「え?あ、うんと、食べたい、です」


「それで、よし」



アイリはせっかちなことに、もうすでに人数分のお茶を入れ始めていた。

私は二人のそのやり取りを見て、愛佳に「ごめんねぇ、この子いつも、こうなの」と同情するように、言ったが、愛佳はなぜかふと、笑顔を浮かべた。



「なんか、懐かしい感じです」



それは私が久々に見た、愛佳の笑顔だった。

テーブルにはお茶を準備し終えたアイリが、さらにキッシュやサラダなども準備し始めていた。




「今日は堅苦しいことはなしよ。あたしたちはツインズ、そっちで言う双子なんだから。

敬語も禁止よ」



アイリのそれが会食の合図となった。




30分後。


あらかた、華やかなテーブルが散らかされた後。

まるで目の前のテーブルのように、愛佳だけが突然、少し曇り空のような表情に変わり、そして彼女の口が突然、開いた。



「ごめんなさい」



そう言って頭を下げた愛佳の目の前にいたのは、アイリであった。

アイリが「ん?」と反応した時、彼女はその口には大きすぎるサンドイッチを詰め込んでいる最中であった。



「いきなりアイリさん、いえアイリに謝るのは変なのは分かってるけど、聞いて欲しいことがあって」


「はにほ?」



何よ、と言ったのだろうなと思いつつ、私は一緒に話を聞こうと席についていた。

もしかしたら、アイリは食っている最中で、話などできないかもしれないと思ったのだ。場合によっては自分が代弁を、と私はまた身構えた。



「この話は地上の誰にも言ってないの。

言ったら、あたしはどう責められるか、また自分で自分も許せなくなりそうで……。

でも、ここで話すのもおかしいんだけど―」


「ようへんを、いいなはいほ!」



アイリの返事を聞いて、私は「アイリは、要件を言えって言ったのよ」と愛佳に通訳をした。



「ああ、ごめんなさい。

あまり明るい話じゃなくて」



そういって始まった愛佳の話は、

今日の天気には相応しくない、曇った空のような内容だった。



「あの……律が事故にあった日、実は私も律と一緒にいたの。

あの時は、二人で買い物に行った帰りだった。


横断歩道を渡ってる時、横から車が突っ込んできて、その車が向かってきたのは私の方だった。

本当は車に轢かれるはずだったのは私だったの。


でも律は私をつきとばして、

私だけ助かって、

律は―


本当にどうしていいのか、

どうやって償えばいいのか……

最近は毎日、そのことばかり考えてた……」



愛佳がそこまで話したところで、やっと口の中に物が無くなったアイリが声を出していた。



「謝りたいの?妹に」



そのアイリの声は今までのような苛立ったものではなかった。

凛とした、真剣さに満ちた言い方であったように、私には聞こえた。


そのアイリに対して、愛佳は小さく、はい、とだけ答え、アイリはなおも話を続けた。



「妹に謝りたいなら、あたしが代わりに1回だけ聞いてあげるから、それで終わりにしなさい。


でもあんたの妹の律だっけ?は、あんたに悩んで欲しくて助けたわけじゃないと思うけどね。

というか、妹さん、いなくなって、良かったんじゃない?」



私はしんみりした話が続きそうだったので、自分が話を聞かなくても大丈夫だろうと思い、お土産用のパンを焼くためにオーブンのそばにいた。

だから、アイリがいきなりとんでもなく不謹慎なことを言い始めた時、心の中で「あのバカー!」と叫んだが、オーブンのパンの焼け具合を見なければいけず、その場を離れられなかった。


なので、彼女を止める者はなく、アイリの不謹慎な話は、なおも続いた。



「あんたの妹がさ、毎日あんたのそばにいたから、あんたは頼りっきりだったんでしょ?

だからあんたは、今でもナヨナヨしてるのよ。


あんたの妹みたいな存在は、月に1回くらいそばにいるくらいで丁度いいの。

これからは、月に1回だけだけど、あたしが代わりになってあげるから感謝しなさい。

でも普段はそばにいないから、何かあったら自分で解決すんのよ」



その傍から聞いたら無茶苦茶なアイリの論理に私は心の中で本日何度目になるか分からない溜息をついていた。

しかし、愛佳はその逆で、何か納得したような、悟ったような顔つきになっていた。



「なるほど、そうかもしれない……。

あたし、律に感謝することにする……」



私はその2人を見つつ、どうしてこの2人はちぐはぐなのに、なんというか、馴染んだように話が進むのか、疑問に思った。

まるで、長年一緒にいる姉妹かのように、私には見えた。




しんみりした話が終わり、愛佳の顔は外と同じ、青天になった。


そこで、メインイベントが始まるように

どでかい皿を2つ持ったアイリがやってきた。


その皿には、4分の1ホールはあるかのような、レモンケーキが乗っていた。



「んじゃ、問題は解決したわね?

じゃあ、後はしんみりは無しにして、あたしのとっておきを食いなさい」



レモンケーキを見た愛佳は明るく目を輝かせた。

私はさっきまでとはまるで別人のような愛佳に、内心、驚いていた。

生きていた頃の妹が半分、混ざったかのように、見えた。



「実はこれを食べたいってのもあって、契約したの」



そう言いつつ、愛佳は嬉しそうに、フォークでレモンケーキを大きく、割いた。

それを席に戻りつつ、アイリは得意げに眺め、

自分のティーカップのお茶を注いだ。



「実はあたしこそ、ケーキが好きなの。

三食、ケーキでもいいわ」



そう言ってアイリは、愛佳以上の大きいカットで、ケーキを裂いて、口にがばっと入れた。



「この世界に来たあたしは、なんでか知らないけど、まずケーキ屋を探したのよ。

理由はよく覚えてないんだけど、いつか、誰かにケーキを食わせたいって、なんか思えた気がするんだけど、あれは多分、自分にだったのね。


地上でなんか良く分かんない不幸があって、あたしは多分死んだんだろうけど、ケーキを食って、自分を幸せにするためにここに来たんだわ」



そこまで一気に話したアイリは、目の前があまりに静かだったので、目の前でケーキを食べているはずの愛佳の顔を見た。




目の前にいた愛佳は

真顔のまま、泣いていた。


レモンケーキを一口、食べた時の姿勢で、愛佳の時は止まっていた。




「あ、あんた、なんで泣いてんのよ!まだ引きずってるわけ?」



動揺したアイリが愛佳に少し大きな声でそう言うと、愛佳はそれに気づいたのか、自分の時計の針をようやく、動かした。

愛佳は袖で涙を拭きつつ、それでもあふれ出る涙を止められずに、言った。



「びっくりした。この味、どうして……」



それを見たアイリは溜息をつきつつ、自分もケーキをさらに口に運び、言った。



「勘弁してよ。なんか、あたしがいじめてるみたいじゃないの。

あたしはね、あんたをいじめるためにここに呼んだわけじゃないのよ。

あのさあ、本当に―」



とそこまで言いかけたアイリに対し、愛佳は、「アイリ、それ」とアイリのケーキ皿があるあたりを指差した。



愛佳が指さすその先、アイリの顔の真下には、

小さい、水溜まりができていた。


なおもその水溜まりは大きくなろうと、真上から落ちてくる水を吸収していた。



その水は、アイリの両目から出たものだった。


アイリも愛佳と同じく、真顔のまま、ボタボタと涙を流していた。




「は?

なんなのこれ?

うわ、気持ちわる。

なんであたしまで泣いてんの?」



アイリも袖で涙を拭き取ろうとするも、涙は止めどなく流れおち、アイリは顔をしかめた。

そのアイリの顔を見て、愛佳は涙ぐんだまま、両手を口のあたりに集め、笑いをこらえた。


それを見たアイリは、泣きながら、いつもの口調で叫んだ。



「ちょっと!何笑ってんの!」



アイリの叫び声は大きく、パンを焼いていた私の元まで、余裕で届いた。

そしてようやくパンが焼きあがったので、私は満を持して二人の元へと怒声を浴びせながら、ドタドタと走って向かっていった。



「こらぁ!双子でケンカするんじゃなーい!!」



その私の声を聞いた二人は同時に叫んでいた。




「「してない!」」




まるで一人かのように、二人の声はピッタリと合っていた。

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