第5話 蝋燭は白く残り

くろや、はいいろ、みどり、あかのなかを

たびしてすごした。


おかあさんがいなくなってから、あかるいのとくらいのがたくさんすぎた。

ぼくにはかぞえられないくらいだ。

そのあいだ、いろいろなものにであったが、ぼくがいられるようなところはみつからなかった。


たべるものは、いろいろないろのあいだをさまよって

みつけたちゃいろいものだ。

からだにいいものなのかは、しらなかった。




あるとき、みどりいろやちゃいろがきれいな

ところにでた。


そこにはとてもあたたかそうな ぼくのようなねこではない

ひと、がいた。



そのひとは、みじかいしろいけ、のぼくとはちがって、けがながく

あおいめをしていた。はだは、あかるいひの、さらさらのすなのいろににていた。


そして、そのひとはよく、いしや、くさ、き、にはなしかけていた。


おどりながら、いろいろなものにはなしかける、そのひとは、

とても、きれいで、いままでみた、ひとのなかで

いちばん、すきとおっている、とおもえた。




ぼくは、いしや、きのようにそのひとと、なかよくなりたいとおもい、

そのひとに、ちかよった。


そのひとは、ぼくにもあたたかくしてくれた。

おかあさんににた、においがした。


ぼくはしばらく、そのみどりいろがおおいところで、くらすことにした。




そのひとは、まいにち、きまったときに、きた。

いつものように、きや、いしにはなしかえていたが、ぼくにはなんといっているのか

わからなかった。


そしてそのひとは、ぼくにはあまり、さわらなかった。

ぼくがさわりにいこうとすると、そのひとは、からだをはなした。

そうするときはいつも、そのひとは、とてもかなしいかおをした。




みどりいろのばしょにきてから、5こ、あかるいのとくらいのがくりかえされた、ときだ。

2こぶりにきた、そのひとは、すごくかなしいかおをするようになってしまった。

そして、めから、みずをたくさん、だすようになった。


ぼくはどうしてかわからないけど、ぼくも、めからみずをだした。

そのひとがかなしいりゆうは、あまり、いいことではないことは、ばかなぼくでもわかった。




ぼくは、そのひとがどうしてかなしいのかをしりたいと、つよくおもった。

そのとき、いつかおかあさんが、いったことを、おもいだした。


「私やお父さん、そしてお前にも、ちょっと他と違う力があるのよ。

昔はみんな持っていたそれは、だんだんなくなっていってる。

なくなってもいい、と私は思ってる。

だってそれは危険なものなの。

お父さんが今、すごく小さい破片になってしまったのは、そのせい。

あなたには使って欲しくない。

でもどうしても、という時は使いなさい」




ぼくはその、どうしても、がいまだと、なぜかおもった。

ぼくのこころのおくが、そうだといっているからだ。


あのあと、おかあさんは、おとうさんとおなじようになってしまったが、

ぼくもそうなるのかもしれない。

でも、ぼくはどうしても、やらなければいけないとおもった。




彼女が公園で泣くようになって、6日目になる日だ。

僕は、公園に常設されているテーブル付のベンチで彼女を待っていた。


彼女が来るのはいつも午前10時だ。

だから、その時間に合うように、僕は5分前に姿を変えていた。




姿を変えると、僕の中の蝋燭に火がともった。

その蝋燭は、僕の命を燃やして、明るくなる。

ウミガメが本能で、卵を産む場所を知っているように、僕はそれを知っていた。




「あら、猫さんは、今日はいないのですね」


彼女はやはり10時になると、いつものようにやってきた。


彼女にこの姿で会うのは初めてだった僕は、蝋燭のある胸をどきどきさせていた。

初めてしゃべる言葉が、うまく伝わるか心配だった。


「こんにちは。

猫は、散歩に行ったみたいですよ。

もし暇であれば、僕が話し相手になるのはどうです?」


僕の顔は、赤かっただろうと思った。

初めてしゃべる以外の理由があって、声が少し上ずっていたかもしれない。


彼女の顔はやはりいつも通りに少し暗かったが、僕の言葉を聞くと、

少し日が差したように、にこりとした。


「あら、いいのですか。最近、人と話していないので、嬉しいです。」


彼女の声はとても透き通っていて、僕には聞くことすらもったいないと感じてしまった。

僕は、すぐにでも、最近落ち込んでいる理由を聞きたくなったが、いきなり初対面の僕には、教えてもらえないだろうなと、それは諦めた。


そして、人間ならば、まず自己紹介をするものだという、天から降ってきた常識を参考に、僕は自分の名前を名乗った。


「僕は白、といいます」


自己紹介をしたことがなかったが、僕には他に語れることがなかったので、それで終わってしまった。

彼女はくすっと笑うと、「名字もなく、白、ですか?面白い人ですね」と言い、天使のように微笑んだ。

全ての行動に、僕の心はちりちり、とくすぶった。

燃える蝋燭にも、手足に広がる痛みにも、気が及ばなかった。


それから彼女は自分も名乗った。

彼女の名前は、彩(サイ)というそうだ。


彩は、この近くで住んでいて、いつも一人、家にいるらしかった。

年齢は18歳で、人間の時の僕と同じだった。

というより、僕が彼女と同じ年齢にした、と言った方が正しかった。


僕は、さすがに自分を猫だというわけにはいかず、

「近くの病院に入院しているんです。たまに抜け出してきて、ここに来てるんです」

という作り話をした。

彩はそうなんですか、と全く驚かず、微笑んでいた。


それからは、とにかく僕は他に何かしゃべらないと!と必死になり、

今まで猫のままで体験したことを人間風に置き換えて、話した。


それが面白かったのかどうかは分からないが、彩は、始終、にこにことしていた。

今日に限っては、いつものように泣いたりしない彩を、僕は嬉しく思ったが、やはり泣いている理由を知りたいという気持ちは最後まで、消えなかった。



だが、今日はそれを知る前に、時間が来てしまった。

魔法の一時間、が経過したのだ。



僕の手足の痛みが強烈に増した。

僕が痛みに顔を歪めると、彼女は僕の顔を覗き込み、心配するように言った。


「手足が痛むのですか?もう休まれた方がー」


僕はそれに甘えることにした。

この日、僕は脂汗をかいた顔のまま、またね、さようならと言い、公園を出た。


彩も少し心配そうな顔をして、僕に別れの挨拶をした。

その後はすぐに、猫の姿に戻った。




ねこになったぼくには、てあしのいたみだけが、のこった。

とうぶん、そのいたみはぼくにのこったが、ぼくはさいとのたのしかったはなしをおもいだし、

そのいたみのことはわすれながら、ねむった。




次の日、彩はまた10時に現れたので、僕はすぐに人間の姿になった。


胸の蝋燭は、昨日より短くなっていた。

それが何を意味するのは、僕には理解できたが、彩の悩みを聞くまではこの力を使い続けようと思っていた。


「こないだ、悲しいことがあって、誰にも話せずいるのです。

聞いてくれますか?」


彩は、まるで僕の気持ちが分かるかのように

冒頭で、そう言った。

僕はもうその時がきた、と、どこか嬉しくなった。

僕が、僕で良ければ、と言うと、彩はすぐに話を始めた。


「先日です。私は両親と車に乗って旅行に行ったのですが、

旅行先で事故にあい……

私だけが助かりました……」


そう語る彩には、涙を流していた時の暗い表情が戻っていた。

そして、うっすらと目にも、涙が溜まっていた。

僕は何を浮かれていたんだろうと自分を叱咤した。

いつの間にか、僕の心も彼女と同じく、曇り空になっていた。


「私は昔から、両親によく言われていました。

私に触れたものは、なぜか良くないことが起きるのだと。

だからあまり触れてはいけないと。

しかし、旅行先で、私はつい興奮して、特に母にべたべたと、触ってしまったのです。

おそらく、事故が起きたのは、私のせいです。

私は私のせいで、独りになりました」


彩の目からはいつものように、ボロボロと雫が垂れていた。

僕は発するべき言葉が、すぐには見つからなかった。


僕は彩の流した涙を自分の白い服ですっと拭ったら、

彩はびくっとして僕からさっと、離れた。


「だめです。あなたにも悪い事が起きてしまう」

「構わないです」


僕は、胸がずきずきと痛むのを何とか抑え、言葉を続けていた。


「ずっとつまらない毎日でした。

楽しいこともなく。

でもここに来てから、生きていて良かったと思えたんです。

少しくらい悪いことが起きても、大したことじゃないです」


それを聞いた彩は真顔の表情のまま、涙を流した。

僕はそれを黙って見ていた。

僕の手足は、胸の痛みと同じくらい、痛かったが、僕にはどうでもいいことだった。




「もし猫がいなくても、毎日、ここに来ていいですか?」


目を赤くした彩は、晴れた5月のような顔をして、そう言った。

それを聞いて、僕は少し、心が重くなるのを感じた。

彩の晴れた心とは真逆だった。


毎日、という単語が、僕の心にひっかかった。


少し目線を下に向けて、自分の蝋燭を見た。

昨日よりさらに、短くなっているのが分かる。

それほど、自分が人間になれる時間が長くない、とやはり本能で分かった。

だが、僕の口から出た言葉は、僕が本当に思っていることではなかった。


「もちろんです。僕も、暇なので」


手足の痛みをぐっとこらえつつ、僕は笑顔を作った。

それを聞いて、彩はありがとうございますと、本当に嬉しそうに言った。




次の日、それは僕が人間になってから3日目のことだ。


この日、僕は、姿を変えた当初から、手足がかなり痛んだ。

彩にそれを隠しておくのも、さすがに無理だろうと思ったので、僕は


「すいません。僕はちょっと今日は具合が悪いです……」

と枕詞のように、告げた。


彩は僕の予想通りに心配して


「今日はやめましょう。身体が第一です。

私は猫でも構いませんので」

と言った。


それでも少しだけは、と僕は公園に居座った。

この日は、気を遣ってくれたのか、彩ばかりが話した。


内容は日常的なものばかりだったが、僕には全てが輝かしく感じられた。

いつも木や、石と話をしていること。

生き物の声は聞こえないので、猫と会話できないのがいつも心残りだということ。

それ以外にも、自分の住む大きな家の話だとか、引き篭もって読んでいる本の事だとか。

僕は全ての話を、記憶した。


その日も結局、50分ほどは、彼女と過ごした。

僕の蝋燭は、もはや崩れ始めそうなほど、小さくなっていた。




よくじつ、ぼくはちょっかんで、それをかんじとった。

それは、きょう、にんげんになったら、ぼくはおわる、ということだ。


だからぼくは、いつもどおりにすべきか、なやんだ。

もちろん、そうすべきでないことはわかっていたので、とてもむねがいたいことをいうしかないとおもった。


ぼくはもう、さいがかなしむところをみたくはなかった。

だが、ぼくがいなくなったら、さいはさがすかもしれない。

だから、ぼくはもういちどだけ、さいをかなしませることをかくごした。




手足はもはや、最初から、大火傷のように痛んだが、僕の心はそれ以上にずきずきと痛んでいた。


午前10時、彩が公園の入り口で僕を見つけると、

彼女はぱっと明るい顔をしたが、やがて僕に近づくにつれ僕と同じ悲しい顔にシンクロした。


「何か、ありましたか?」


少し悲しそうに言った彩のその言葉で、僕の胸がズキリと痛んだ。

途端に、何も言えなくなる。

だが、僕の中の覚悟が次の言葉を言わせていた。


「もう、病院から出られなくなりそうなんです。

それに、ここには少し、飽きてしまいました」


それを聞いた彼女は、意外なことに顔色を変えなかった。

そして、そうですか、と単調に言うと、僕の言葉を待っていた。


「野良猫も今朝、拾われていったようです。

もうそろそろ、この密会もやめたほうがいいですね。

彩も、もうここにくる理由がなくなるんじゃないですか?」


それを話す僕は、心の中で泣いていたが、現実で涙を流すわけにはいかなかった。

彩に全てを隠すために、僕は目に力を入れ、できるだけ彩の顔を見るのをやめ、そっぽを向いた。


「その通りです。私も今日が最後にしたいと思います……」


彩の声には感情が乗っていなかった。

僕はそう言った彩の方を見ることができなかった。


彩がどういう顔をしているか、それを想像することさえ嫌だった。

早く、この時が終わって欲しい、とそう願った。

手足の痛みが、いつも以上に、痛く感じた。


「では」


と言い、よろよろとその場を去ろうとする僕に、

背中から彩のかすれた声が飛んだ。



「ありがとう。今まで」



それを僕は無言で聞いたが、僕の目は世界を鮮明に撮らえられなくなっていた。

痛む手足が震えた。

しかし、口だけは閉じるように、僕は意志を強くたもった。


僕が3mほど歩くと、彩が逆方向に歩き出す足音が聞こえ始めた。

その音を聞くにつれ、僕の足は止まっていった。

それは痛みによるものでもあったが、それ以外の理由の方が大きかった。

すでに足の先は、少し、消滅してきていた。手も先から、欠けてきていた。


それからの僕は考えて行動したわけではなかった。

本能がそうさせていた。


僕は、ふと、振り返ると、後ろの姿の彩に向かって、

思わず叫んでいた。




「幸せになって、どうかー」




そのちゅうとはんぱなことばをきいた

さいは、はっとし、しゅんかん、ふりかえった。


しかし、そこにもう、ぼくはいなかった。

さいはそれから、いきをあらげて、ぼくがいただろうばしょまでかけてきた。

そのばしょには、ひのひかりがらいとのようにさしこんでいた。

さいは、めせんをしゅういにくばり、ぼくをさがした。


しかし、ぼくがいたばしょにあったものは、

らいとにてらされた

ちぎれたしろい け だけだった。


さいは、そのしろいけをふるえるてでひろうと

むねのまえでぎゅっとだきしめ、てんをあおいだ。


はんぶんとじた、あおいめから、とうめいなつぶが4つ、こぼれた。

そして、そのままのすがたで、かのじょはくちをひらいた。




「わたしはもう さみしくはないよ」




かのじょはそれから、しろいけをむねのまえでだきつつ、

ゆっくりとあるいていった。


かのじょのめからおちたみずは、たいようがさしこんだひのひかりがあたり

じょうはつした。


そのしろいゆげは、まるでろうそくのけむりのように

てんへのぼっていった。




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