病ンドフルネス

海野わたる

病原菌いかがですか。

「食いっぱぐれるわけでもない。着る服も寝床もある癖に、ブツブツと悩みの種を愚痴っている。腑抜けばかりだと思いませんか。」


 濃紺スーツを着こなし、ワックスで髪を丁寧にまとめ上げている男は、滝廉太郎の付けているような真面目ぶった眼鏡を指先で上につつきながら言った。


「現代人は心根が腐っているという意見もあると思いますがね、私共の意見としては、つまるところ生きていないのです。生きるということが何たるかを忘れてしまっているのですよ。あなたサウナはお好きですか?あれはいいものですよ。フィンランド発祥ということをご存知でしたか?あれはですね、高温多湿の異常を身体に経験させることで、血流を大きく開かせて、細胞が生命活動に集中することにより、日常のくだらない悩みなどを忘れさせるのですよ。他の男より長時間入っているだけで、安っぽい達成感も得られますしね。」


 装いとは裏腹に、言葉遣いに気品が感じられなかった。見た目だけで印象が決まると思っているのだろうか。節々で軽薄に感じられた。男は長々と話し終わった後で名刺を取り出して僕に渡した。「リ・フレッシュ 悩みとおさらば!」胡散臭いキャッチフレーズが書かれていた。裏返すと背筋がひやりとした。「病原菌いかがですか。」明朝体で書かれた文字は無機質で冷たかった。

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