第二章「伴侶」 第21話

 その日の夕食の席では、ディグラッドを優先したことや、彼と鉢合わせしたことで嫌な思いをさせてしまったことについて、ハーバス子爵本人からも謝罪を受けた。

 しかし私は、厚意に甘えている立場。まったく問題ないことと、逆にしばらくお世話になる感謝を伝え、夕食を終えたその日の夜、ジゼルの希望で開かれたのは――

「ふふっ、お姉様と久し振りのパジャマパーティー、嬉しいです!」

「そうだね、私も。最近はなかなか遊びに来ることもできなかったしね」

 小さな頃は頻繁に遊びに来て、ハーバス家の所有する牧場で一緒に遊んだりしたものだけど、自身を鍛えたり、領地の開発に手を出したりするようになって以降、その頻度は下がった。

 ここ数年は特に忙しく、ジゼルと遊ぶような余裕もなかったんだよねぇ。

「はい! そのことだけはあの男に感謝です。お姉様にとっては災難でしょうけど」

「お嬢様は近年、少々働きすぎでしたし、ちょうど良いお休みの機会だと思います」

 パジャマパーティーの参加者は私とジゼル、アーシェ、ミカゲで、もちろんラルフは不参加。

 ただ、子爵に『酒でも酌み交わしながら、図書迷宮ライブラリの様子を聞きたい』と呼び出されていたので、今頃は二人で飲んでいるのかもしれない。――控えめに言って、地獄かな?

「しかし、よろしいのですか? 私は使用人ですのに」

「まったく問題ありませんわ! 以前からアーシェさんと仲良くなりたいと思っていたのです」

 ハーバス家を訪れたとき、私とジゼルが(そして、たまにお姉様も)一緒に寝ることはよくあることなのだけど、これまでそこにアーシェが加わることはなかった。

 親しくしていてもハーバス家は他家であり、使用人としての分をわきまええての行動だったのだろうけど、今回の訪問はシンクハルト家としてではなく、私の個人的な訪問。ミカゲがいることもあってか、ジゼルに誘われたアーシェは遠慮しながらも参加を決めていた。

「ありがとうございます。それに、寝間着まで貸して頂いて……」

「お気になさらず。それはお姉様用に用意しておいた物、使わないともったいないですわ」

 私とアーシェの身長差は約二〇センチ。そして私は成人済み。

 ――用意はしたけれど、今後使われることはないだろうと言いたいのかな?

 と、ツッコみたい気はするけれど、私の冷静な部分が否定できないと囁いているため、私はそこから目を逸らし、寝間着姿のミカゲを見る。

 彼女が着ているのは――いや、私を含め全員が着ているのは淡い色合いのネグリジェ。

 細部や色に違いはあれど、概ねおそろいと言って良いほど似通っていた。

 そうなった理由は単純で、ジゼルが自分とお揃いで仕立てたネグリジェを、私の寝間着として常備してくれているから。しかし、ミカゲの寝間着も似ている理由は――

「ミカゲのネグリジェって、私が昔着ていた物だよね?」

「はい。お姉様が小さい頃に。お姉様とは髪の色が違いますが、よくお似合いですね」

「嬉しい。我もこの服は好き」

 自分のネグリジェを見下ろしながら、ミカゲはどこかご満悦である。

 でも、私がそれを着ていたのは、少なくとも五、六年は前だよね……?

「そんな昔の服、まだ残していたんだ?」

「当然です。お姉様がお召しになった服ですよ? 簡単に売ったりなんてできません!」

「えぇ……? 今回はたまたま使い道があったけど、死蔵しておくのは無駄じゃないかな?」

 ファストファッションなんてないこの世界、衣服は高価な物であり、大切に扱うのは当たり前だけど、物理的に着られなくなれば、古着屋に売るなどして処分するのが一般的。

 しかしジゼルは、少し不満そうに口を尖らせる。

「でも、私やお姉様の子供にも着させたいと思って……」

「それは、いくらなんでも気が長すぎ――でもないのかな?」

 さすがに私の年齢で子供がいる人は滅多にいないけれど、婚約者がいる人は少なくないし、結婚している人だってそう珍しくはない。加えてあまりに高価な服は、古着であっても庶民が手を出せる物ではなく、実際私の服も箪笥たんすの肥やしとなっている。

 そう考えると、私やジゼルの子供のために取っておくのも、変ではないのかな?

「そういえば、お姉様から婚約の話題が出たことはありませんが、あの男、まさか……?」

「あぁ、うん。以前、打診があったみたい? お父様が即断ったけど」

「お姉様に対して!? なんて身の程知らずな!」

「ははは……、身の程知らずかどうかはさておき、不思議ではあるよね。面識もないのに」

 貴族は政治で婚約者を決めることもあるけれど、お父様が即断っている時点でそれはない。

 つまり、恥ずかしながら、私が見初められた可能性が高いんだけど……。

 心当たりがまったくなく、なぜかと首を捻る私を見て、ジゼルは苦笑する。

「お姉様は一部で、辺境の美姫として有名ですからね」

「……それは、初耳だね?」

「一部ですから。お姉様にそれを言う人はいないでしょうし。それに、お姉様は社交界にお出にならないので、直接会った人が少ないのが『一部で』ある理由ですね」

 そのため、私の容姿は人伝で聞いた話か、肖像画でしか確認できないが、前者は主観であり、後者は改変が可能。曖昧な評価となっているのは、そこに原因があるらしい。

「肖像画って……もしかして、ウチの領地で売られているという、私の姿絵のこと?」

「はい。ちなみに私も持ってますよ? クロード様から頂きました」

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