第二章「伴侶」 第22話

「……それも、初耳だね?」

 嫌というわけではないけれど、ちょっと気恥ずかしい。

 喩えるならば、親が自分の写真を友達に配っていたような気分。

 友達が端っこにでも写っているならまだしも、私の肖像画は基本的に私一人。

 たまに両親やお姉様も入るけれど、友達――つまりジゼルは、間違っても入っていない。

 そんな物を貰って喜ぶのは祖父母、百歩譲っても親戚までじゃないかな?

 ――なぜか、ジゼルは喜んでいるけど。

「私は誇張がないと知っていますが、王都では『クロード小父様が親馬鹿』と『本当に美しい』で世論が二分されていますね。シルヴィ様が褒めそやすので、後者が優勢みたいですが」

「お、お姉様、王都でそんなことをしてるんだ……?」

「容姿に限らず、凄く持ち上げていることは私の耳にも届いていますね」

「お姉様……」

 でも、お姉様ならやりかねない。そんな信頼感はある。

「しかし、お姉様。あの男は論外としても、婚約されるおつもりは? 好きな人とか……」

 そこは年頃の女の子と言うべきか、興味津々と私を見るジゼルに私は苦笑して首を振る。

「今のところはないかな。あまり結婚に興味がないし、お姉様も決まってないから」

「そうなんですか……。では、アーシェさんはどうなんですか?」

 にべもない私の返答にジゼルは残念そうに肩を落とすが、すぐに狙いをアーシェに変えた。

 しかし、そんな彼女も一般的な女子とは違うわけで、笑って首を振る。

「私もその予定はありませんね。今はお嬢様が一番ですし」

 ジゼルは最後の希望とばかりにミカゲに目を向けるが――

「我は司書。そういうのとは無縁」

「ですよね。うぅ、これだけ年頃の女の子が集まっているのに、何か間違っている気がします」

 まぁ、私たちも一応は思春期。恋バナに花を咲かせる年代ではあるけれど、顔触れが悪い。

「逆にジゼルはどうなの? 婚約者とか」

「私ですか? 今のところは私も……。お父様は自由にさせてくれていますし」

「ふーん。ちなみに好みのタイプは? 例えば、ラルフとか」

 他に話題に出せるような男性が身近にいないこともあるけれど、彼が挨拶した時のジゼルの反応を思い出して訊いてみれば、やはりジゼルの目がちょっと泳ぐ。

「ラルフさんですか。確かに格好いいとは思います。アーシェさんに似て整った顔立ちで、しかもお姉様の護衛を任されるぐらいです。当然、強いんですよね?」

「そうですね。兄さんもそれなりに強いですし、鍛えられてもいますが……平民ですからね」

「身分差の恋かぁ。鑑賞する方としては悪くないかな」

 自分が当事者になると、面倒臭そうとは思うけど。

「えっと、お姉様? 私はラルフさんに恋をしているわけではないのですが……」

「でも、ラルフを見た時のジゼルとか、それっぽかったけど?」

 ついでに言えば、先ほどの夕食の席でもラルフを気にしているようだったし。

 ハーバス子爵がラルフを地獄のサシ飲みに誘ったのも、おそらくはそれを見たから。

 私は前世の社会人時代を思い出し、彼は今頃どんな気分なのかと考えると、涙を禁じ得ない。

「そんなことは……こ、この話は私に不利なようですね。お姉様、別の話をしましょう!」

「そう? 別にいいけど。それじゃ、何の話をする?」

 ラルフには悪いけど、少し焦ったように言うジゼルが微笑ましい。

 実際、格好いい人を見てドキドキしたという程度なのだろう――少なくとも今のところは。

 私もあえて二人をくっつけたいわけでもないし、頷いて促すと、彼女は少し考えて口を開いた。

「では、明日からの予定についてお話ししましょう。お姉様たちは当面空いていますよね?」

「うん。図書迷宮ライブラリが使えるようになるまでは、そうかな?」

「それなら、久し振りに当家の牧場に行きませんか? ミカゲさんも楽しめると思いますし」

「牧場? 動物を見る?」

 ミカゲが小首を傾げるが、その表情に浮かぶのは嬉しさよりも疑問。

 それはミカゲが普通の子供でないことに加え、牧場に行く楽しさを想像できないことも大きいのだろう。そんなミカゲの反応にジゼルは笑みを浮かべて語りかける。

「それも良いですが、美味しい牛乳とか、お肉とか、色々ありますよ?」

「美味しい……それは、とても楽しみ」

 とても解りやすい『楽しさ』の提示に、ミカゲの頬も緩む。

「懐かしいね。シンクハルト領には牧場がないから、ここに来たときの楽しみだったよ」

「私も一緒に遊べるお姉様が来てくれるのが、待ち遠しかったです。立場的に難しいですから」

「護衛である私としては、怪我をしないか気が気ではなかったですけどね」

 一見するとお嬢様のように見えるジゼルだけど、その本質は結構活発だったりする。

 なので子供の頃は私のお姉様も含め、子供たち全員で牧場を駆け回ったり、そりで草原を滑ったり、乳しぼりをしたり、豪快にバーベキューをしたりして遊んでいた。

 貴族の令嬢としては異質かもしれないけれど、シンクハルト家は女の子でも剣を振るほど尚武しょうぶの気質が強く、ハーバス家は牧場が家業と言っても良いほど力を入れている家。

 共に身内だけであれば、そのあたりの礼儀作法などをうるさく言わないだけの寛容さがあり、それがシンクハルト家とハーバス家が仲の良い理由の一つでもある。

「それじゃ、ハーバス子爵の許可が出れば、牧場に行こうか?」

「はい! 必ずや、許可をもぎ取ってきますわ!」


 そんなわけで決まった久し振りの牧場行きは、私たちを童心に帰した。

 普段の淡々とした様子からは意外なほどにはしやぐミカゲ、それに釣られて遊ぶ私とジゼル、新鮮な牛乳とそれを元に作られるバターや料理に舌鼓を打つ私たち。

 その他にも、魔法の練習も兼ねて牧場を駆け回ったり、ゆっくりお茶とお菓子を楽しんだり。

 大半の行動は令嬢っぽくなかったけれど、それに苦言を呈す人はここには存在せず。

 ここ数年の忙しさから解放されて、気の置けない人たちと過ごす楽しい休暇。

 しかしそんな楽しい日々は、私が想像だにしなかった知らせによって、終わりを告げた。

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