第二章「伴侶」 第16話

 護衛なので弱くはないと思う。でも、実際にどの程度なのか。

 幸いにもその機会がなかったので、私の知るアーシェの凄さはメイドの能力だけである。

「ん? アーシェがルミお嬢様の御側について、随分経つと思うが……」

 ラルフが問うような視線を向けると、アーシェは小さく笑う。

「ふふふ、実戦はないですね。……少なくとも表では」

 ――裏では色々ある、みたいなことは言わないでほしい。

 権謀術数とは無縁な地方貴族で良かった、と思って生きてきたんだから!

「そもそも護衛の仕事は、護衛対象が危険な状況に陥らないようにすることです。お嬢様の前で戦っていたら、半分護衛に失敗しています。もちろん私もそれなりには戦えますけどね?」

 なるほど、それは至言。戦わずに済むならそれが一番安全だよね。

 そう思って私は頷くけれど、ラルフは目をすがめて首を振る。

「なにが『それなり』だ。グラバー家の天才、異端児、化け物。全部お前のことだろうが。なんというか……一線を越えているんだよな、我が妹ながら」

「それは初耳です。――別の意味で一線を越えていそうなのは、理解していますけど」

 先ほど言った通り、私が把握しているのはアーシェのメイドとしての能力のみ。

 しかしその過程では、色々なものを見聞きしてきたわけで……。

「お嬢様、そんなに熱い視線を向けられると、私、身体が火照ってしまいます」

 こんなふうに。お願いだから、頬に手を当てて身をよじらないでほしい。

「……これは興味本位ですが、ラルフとアーシェが戦ったらどうなりますか?」

「俺とは戦い方が違うし、最近は手合わせをしていないが、殺し合いなら俺の負けかもな」

「本当、ですか? ラルフは戦いの専門家なのに?」

 私程度ではラルフの実力も正確には測れないけれど、かなりの腕利きであることは判る。

 それなのに、アーシェがそれ以上だなんて……一見すると強そうには見えない美少女なのに。

「だって、こいつ、ルミお嬢様を守るためなら、俺相手でも欠片も容赦なんかしないだろ?」

「当然です。お嬢様とクソ兄貴。同じ天秤に乗るとでも思っているんですか?」

「ほらな? 肉親相手ですらこれだぜ? そうじゃなければ、言うまでもないだろ?」

「お嬢様を守るために、これでも日々努力を重ねていますからねっ」

 豊かな胸を張り、アーシェが私にドヤ顔を向ける。

 でもアーシェって、ほとんどの時間、私と一緒にいると思ったんだけど……。

「しかし、お前もよくやるよな。本来、メイドとしての仕事は――」

「おっと、兄さん、余計なことは口にしないことです。努力は見せないことが美しいんですから」

 アーシェがにこりとラルフの言葉を遮り、「とはいえ」と肩をすくめる。

「シンクハルト領にいる限り、私の出番なんてほぼないんですけど。地元で襲われるとか、衛兵がどれだけ無能かって話です。〝議会〟の耳と目がない場所なんて存在しないのに」

「あのヤバ――ステキな紳士と淑女の団体か。シンクハルト領内で、アレの目を逃れてルミお嬢様に危害を加えることなど、普通は無理だろうな」

 どうやら彼も〝議会〟の存在は知っているらしい。しかも、言葉を飾る必要がある団体として。

 目を逸らしておこうかと思っていたけど、逆に気になってきたかもしれない。

「そういうことです。けれど、シンクハルト領を出るとそうはいきません。兄さんの存在はこういうときにこそ生きるのですよ? 一応は男で見てくれも悪くない。虫除けには最適です」

「それなりに安全な男として、価値があると?」

「えぇ。それに今後は貴族と会う機会も増えます。その貴族がお嬢様の色香に迷って強硬手段に出たらどうするんですか? いいえ、むしろ迷わないはずがありません!」

「ルミお嬢様に色香って……」

 拳を握って力説するアーシェと私を見比べ、何か言いたげなラルフだが、私はただ苦笑を返す。

 この程度を気にしていてはアーシェとは付き合えない。聞き流すことが肝要である。

「……仮にそんなことがあったとして、貴族相手に正面から争うことは避けたいんだが?」

「心配しなくても、普通の貴族はシンクハルト家を相手に実力行使を選択しません。真っ当な手段なら、私とお嬢様で対処します。兄さんはとち狂った人が出た場合の保険ですね」

「貴族は資金力がある。破落戸ごろつきどもを雇われたら、さすがにアーシェ一人じゃ厳しいか」

 納得したように頷くラルフに、アーシェもまた頷く。

「はい、蜥蜴とかげの尻尾は必要です」

「切り捨て前提かよっ!? この妹、酷すぎじゃないか!?」

「私も心苦しいんですが、優先すべきはお嬢様、そしてミカゲさんの安全です。諦めてください」

「俺も傭兵。その優先度は否定しない。だが、お前の表情には心苦しさが欠片も見えないが?」

 呆れ混じりのラルフの視線を受けても、アーシェは「気のせいです」と悪びれない。

 そして、ラルフが再度、助けを求めるようにこちらを見るのだけど――

「あ、二人とも、迎えの馬車が来たようですよ?」

 私は彼から目を逸らし、遠くから近付いてくる立派な馬車に目を向けるのだった。

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