第二章「伴侶」 第15話

 図書迷宮ライブラリを出て二日、私たちは何事もなくラントリーに到着していた。

 ハーバス子爵領の領都であるこの町を簡単に表現するなら、『普通の田舎町』かな?

 魔境に面していないこともあり、町を囲む街壁は人の背丈を少し越える程度。

 門を通って中に入れば、石畳で舗装された大通りが目に入るが、そこまでしっかりとした道になっているのは大通りぐらいで、他の多くの道は土がき出しのままになっている。

 建ち並ぶ家々も多くは平屋で二階建て以上は珍しく、所々には空き地も見受けられる。

 漂う雰囲気もどこかのんびりなのは、この領の主な産業が麦の生産と酪農だからだろうか。

 シンクハルト領が防壁となり、魔物の被害が少ないこともあって、ラントリーの街壁の外には麦畑が広がり、領内の他の町も含めて多くの場所で放牧が行われているのだ。

 つまり、シンクハルト家とハーバス家は一種の補完関係にあり、昔から仲が良い。

 私自身、ハーバス家の娘であるジゼルとは幼馴染みで、時々遊びに行ったり、ウチに来てもらったり。郊外の牧場で彼女と一緒に乳搾りをさせてもらったのは、良い思い出だ。

「さて、ルミお嬢様、これからどうする?」

「しばらくはここで待機ですね。先ほど門番の人に頼まれましたし」

 門の所で立ち止まり尋ねるラルフに言葉を返しつつ、こちらを見ている門番に目を向ける。

 私は徒歩で行くつもりだったのだが、残念ながらそれは許されず、門番の一人が慌てて『迎えを呼んできます!』と、ハーバス子爵のお屋敷に知らせに行ってしまったのだ。

「門番の人、驚いていましたね。お嬢様の顔を二度見していましたよ?」

「普段は馬車を使うからねぇ。連絡はしたけど、歩いてきたのは予想外だったんだろうね」

 ハーバス領には何度も訪れているため、門番の人とも顔見知り。名前までは知らないけれど、向こうはこちらの顔をしっかり覚えていて、私と認識した後、しばらく固まっていた。

「俺としては門番に同情する。曲がりなりにも辺境伯の令嬢が徒歩とか……なぁ?」

「もちろん他の貴族の家を訪ねるのなら、もっと形式を大事にしますよ?」

 まずは宿を取って身体を清め、先触れを出して約束を取り付け、馬車も用意する。

 でも、ハーバス子爵相手にそんな迂遠なことをしていると、遠慮しすぎと逆に文句を言われる。

 両家の間はそれぐらいに関係が深いのだけど、末端の兵士の立場としては……難しいか。

「もっと気軽に接してくれれば、楽なんですけどね」

「なかなか、そうもいかないだろ。何かあれば責任問題だぜ?」

 私が意図したものではないけれど、シンクハルト領に於いて私はお姫様扱い。私が常にドレスやそれに近い服を着ていることもあって、物を知らない子供であってもそれは変わらない。

 一応、『親しみのあるお姫様』って立ち位置を目指しているけど、自領ですら気軽に話せる人は案外少なく、頻繁に訪れるとはいえ、他領の兵士となると……。

「実はラルフのような人は珍しいんですよ? 私が許可した途端、その口調でしたし」

「すまないな、育ちが悪くて」

 ラルフはそう言って肩を竦めるが、そんな彼にアーシェはジト目を向けた。

「兄さん、その言葉、そのまま父さんと母さんに伝えて良いですか?」

「やめてくれ! 連れ戻されて、扱かれるだろうが!?」

 言うまでもないことだけど、ラルフの実家はアーシェと同じグラバー家。

 教育水準の高さは想像に難くなく、ラルフは途端に焦りを顕わにしてすがるようにアーシェに手を伸ばすが、アーシェはその手をパシンと払い、呆れたようにため息をつく。

「はぁ。きちんとしていれば、兄さんもそれなりなんですけどねぇ。なんでこうなったのか」

「ご先祖様の血だな。グラバー家は確かにシンクハルト家に仕えているが、時々俺みたいなのが出てくる家でもあるんだぜ? それに、お前が言うから身形は整えているだろ?」

 実際、ラルフの見た目は最初に会ったときよりも清潔感が増し、スッキリしていた。

 その功績の多くは《清浄》などの魔法を持つアーシェのものだけど、ラルフ自身もアーシェに言われるまま、毎日髭を剃ったり、服を変えたりと気は使っている。

 特に今日はハーバス子爵に会うこともあり、見た目だけなら貴公子っぽいんだけど……。

「――なぁ、やっぱり俺も、ハーバス子爵の屋敷に行かないとダメなのか?」

 それはこの町に入る前にも聞いた言葉。

 しかし私がそれに答える前に、呆れ気味のアーシェが口を挟む。

「何度も言わせないでください。当然でしょう? 兄さんの仕事は護衛ですよ?」

「貴族の屋敷は苦手なんだよ。そもそもこの町の中に、お前が対処できない脅威なんてあるか?」

 確かに町の外ならまだしも、ここは友好関係にある貴族が治める町の中。

 あえて危険な場所に行かなければ、見るからに貴族の私に近付く人はいないだろうし、護衛が必要な事態にはならないとは思うけれど、どこの世界にもおかしな人は存在する。

 万が一、ナンパでもされようものなら、命が危ない――声を掛けてきた方の。

「アーシェは頼りになりますが、男のラルフがいるだけで避けられるトラブルもあります。我慢してください。――もっとも実は私、アーシェが戦う場面は見たことがないんですけどね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る