第二章「伴侶」 第12話

「意図、ですか。ここで授けられる魔法は《観察》です。もしかすると『ここで核となる部分を見抜けるようになれ』と、神々はお考えなのかもしれませんね」

「関連はありそうですね。魔力を見るとか、そんな感じでしょうか……? ラルフ、プロとしての意見を聞きたいのですが、《強化》の魔法は使うべきだと思いますか?」

 私のその問いにラルフとアーシェが相談するように視線を交わし、困ったように笑う。

「新人傭兵相手なら、実戦で魔力がなくなったらどうするつもりだ、と言うところだが――」

「お嬢様が魔力がなくなるほど戦い続けている状況って、確実に護衛に失敗してますよね」

 魔法を使用する場合、威力や回数に応じて使用者の魔力を消費する。

 休めば自然と回復するものだけど、戦い続ければ足りなくなるのは当然であり、そんな状況を避けるためにいる二人としては、なんとも言いづらいということなのだろう。

「なるほどです。では、両方を試してみましょう。訓練ですからね」

 まずは普通に戦ってみようと細剣レイピアを抜いて扉をくぐると、間を置かず影魔シャドウが現れた。

 それは一見すると黒い綿菓子。雲よりも実体感があるが、目や口などはない。

 私はふわふわと近付いてくるそれを見据え、中心部分を狙って細剣レイピアを振るが、その剣先は抵抗もなく影魔シャドウをすり抜け、何の変化も起こさなかった。

「さすがに簡単にはいきませんか。――ふっ」

 近付いてくる影魔シャドウを避けつつ、更に細剣レイピアを振ること十数回。剣先にコツンと感触があった。

 それが核だったのだろう。次の瞬間、影魔シャドウが空気に溶け、地面に葉晶リーフが転がった。

「ふぅ。なんとかですか。――やはりここでも出るんですね」

葉晶リーフか。俺も多少は持っているが、使い道が判らないし、記念品だよな」

「ですよね。ミカゲは何か知っていますか?」

「……それはお姉ちゃんが頑張った証。大切にするべき」

 私の問いにミカゲが少し沈黙、口にしたのは歯切れの悪い答え。

 ――つまりはそういうこと……なのかな?

「そうですか。では、大事に取っておきましょう。いつか役に立つかもしれません」

 私は頷き、葉晶リーフを拾い上げてアーシェに渡すと、腕を組んで「むむむ」と唸る。

「一応斃せましたが……う~ん、ダメですよね、今の方法では」

「当然だな。我武者羅がむしゃらに剣を振るだけなら子供でもできる。見極めるとは言えない」

 正論ではある。しかし、新人傭兵の引率と同じ感覚だったのか、言葉がやや強い。

 それが癇に障ったのか、アーシェの顔が険しくなり――ラルフは慌てたように前に出た。

「ちょ、ちょっと見ていてくれ。ルミお嬢様」

 ラルフは剣を水平に構えると、程なくして現れた影魔シャドウをじっと睨み付け――突き出した。

 二撃目はなかった。

 ただそれだけで影魔シャドウが消え、アーシェの表情も緩み、ラルフは安堵したように息を吐く。

 彼の安堵の理由がどちらにあるかは……言うまでもないか。

「核を上手く捉えればこうなる。力は必要ないから、頑張ってみてくれ」

「さすがですね。何かコツのようなものはあったりしますか?」

「先ほどのルミお嬢様の言葉が正解だ。魔力の動きを見れば良い。最も濃い場所を狙うだけだ」

「それが難しいんですけどね」

 魔力を感じ取ることはできるし、魔導書グリモアを授かってからその感覚はより鋭くなった。

 だからといって、魔力の塊のような影魔シャドウの核を見極めることなんて……。

「ま、本祭壇までは八層もあるんだ。ゆっくり頑張ってみてくれ」

 前回の《強化》の図書迷宮ライブラリでは、何やかんやで一層あたり一〇〇体ぐらいの影魔シャドウと遭遇した。

 それと同等なら、本祭壇までに遭遇する影魔シャドウは八〇〇体。

 それぐらい戦えばコツは掴めそうな気もする――いや、しないかも?

 というか、改めて考えると凄い数だよね。この前は夢中だったから、意識しなかったけど。

「怪我をする心配がないのは、幸いでしょうか」

 ここの影魔シャドウの攻撃で削られるのは魔力で、最悪でも意識を失うだけらしい。

 一人ならそれも十分な脅威だが、フォローしてくれる人がいる状況であれば危険性は低い。

 こちらの攻撃が当たらないのは、やっぱり面倒だけど――あれ?

「ふと思ったのですが、こういう影魔シャドウが出るということは、現実にも似た魔物が存在するのでしょうか? 物理的攻撃が効かないのはかなり怖いのですが」

「いるな。滅多に遭遇することはないが」

 私の思い付きに頷いたのはラルフ。そして、首を振ったのはアーシェだった。

「心配せずとも、お嬢様が戦うことはありません。それが私の仕事ですから」

 これでも私は伯爵家の令嬢。普通なら守られるような立場なんだよね。

 地政学的なこともあって、お姉様は自ら戦うことを選んだけれど、本来ならやるとしても全体的な指揮や後方支援がせいぜいで、直接剣を振るうようなことにはならない。

 だから戦闘技術を鍛えることに、どれほどの意味があるのかと言われると、反論は難しい。

「我は応援する。魔力を感じ取ることは魔法を使う上でも重要」

 少し悩む私をミカゲが激励してくれるが、それを聞いたラルフはいぶかしげに眉根を寄せた。

「ん? 一度覚えてしまえば、魔法の発動は難しくないだろう?」

「それはあなたの魔導書グリモアが子供用だから。お姉ちゃんは違う。大人は色々考えないとダメ」

「あれ? そうなの? 普通に使えているけど?」

 魔法を覚えた直後、私は当然のように何度も使ってみた。

 最初こそ少し戸惑ったけれど、慣れたら発動に苦労するようなこともなかったし、魔法を授かったら普通に使えるというのは知っていたので、こういうものだと思っていたんだけど。

「実はそんなに簡単じゃない。お姉ちゃんは才能がある。さすが」

「つまり、才能がないと魔法を使うのは面倒臭いと。俺は子供用で良いな」

 どこか満足そうに私を見ていたミカゲは、ラルフの言葉を聞いて呆れ気味にため息をついた。

「プライドがない人間は己を高めることも、人を導くこともできない。ラルフは落第」

「言われてますよ、兄さん」

 アーシェが揶揄からかうように言ってラルフを見るが、彼は気にした様子もなく肩を竦めた。

「俺にとって主体は剣、魔法は補助だからな。何も考えずに発動できる現状が楽なんだよ」

「そう言われると、私は魔法が主体となりそうですね。――頑張ってみましょう」

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