第二章「伴侶」 第09話

「アーシェ、今の返答でよく言えるな? すまない、ルミお嬢様。こんな妹で」

「いえ、アーシェに助けられているのは、本当ですから」

 私が苦笑気味に応えると、ラルフは諦めたようにため息をつき、アーシェに目を向けた。

「はぁ……。それでアーシェ、俺は何をすれば良いんだ? 詳しい話は聞いていないんだが?」

「え? アーシェ、何も説明していないのですか?」

「はい、お嬢様を護衛しろとしか。人を介して下手に詳しいことを伝えると、どこから情報が漏れるか判りません。その点、兄さんなら、何も言わなくても呼び出せますから」

 さっきから思っていたけど、アーシェのラルフに対する扱いが酷い。

 これは信頼というのか、それとも甘えというのか。

 でも、最初に感じたよりも二人の仲が良好そうなのは、良かったのかな?

「詳細は教えてもらえるのか? 黙って護衛だけしろと言うなら、それもやぶさかじゃないが……」

「もちろん、お話しします。何も伝えないのでは不誠実ですから」

 私はラルフのことを知らないけれど、アーシェやその両親はよく知っている。

 他の人ならともかく、グラバー家の人間である彼が不用意に情報を漏らすとは思えないし、今後のことを考えれば、事情は知っておいてもらった方が都合が良い。

「事の始まりは、私の成人の儀式なのですが――」

 そして、最近の出来事を簡単に説明すると、ラルフは驚きに目をみはり、「なるほど」と頷く。

「なかなかに衝撃的な情報だな。特殊な魔導書グリモアに司書……普通の人にしか見えないが」

 ラルフが目を向けたのは、自分が話題になってもあまり反応を見せないミカゲ。

 興味深そうなその視線は、そこまで不快というわけではないのだけど……。

「兄さん? ミカゲさんに失礼なことをしたら、私のメイド殺法さつぽうが光って唸りますよ?」

 私が何か言う前に、アーシェが握った拳でラルフの肩をポンと叩いた。

「するか! つか、何だよ、メイド殺法って」

「お嬢様に近付く不埒者に対処するための技術です。人として殺すか、男として殺すかは状況次第ですけど。……もしかして兄さんは、別の意味でミカゲさんに興味が?」

「ねぇよ! どう見ても子供だろうが! 俺の好みはもっと豊満な女性だ!!」

「このクソ兄貴! お嬢様の魅力が解らないとか、万死に値します!」

 ラルフの返答にアーシェが柳眉りゅうびを逆立てる――けど、ちょっと待って?

 今、私の話題、出てなかったよね?

 それ、私が子供って言ってるに等しいよね?

「いや、ルミお嬢様は可愛いと思うぞ? 単にぺたんこは趣味じゃないというだけで」

「何を言ってるんですか、兄さん! そこもお嬢様の魅力でしょうが!」

 だから待て。本気で待て。理不尽に私がダメージを受けているからっ。

「……アーシェ?」

「あ、お嬢様。少々お待ち頂けますか? 今、この物知らずに世の道理というものを――」

「黙れ。今、そういう状況じゃないよね? 全然、関係ないよね?」

 私がにこりと笑うとアーシェは即座に口をつぐんで背筋を伸ばし、ラルフはそんなアーシェと私を見比べて、苦笑気味に話を元に戻した。

「あ~、護衛が必要なのは、図書迷宮ライブラリ以外の場所ということで良いのか?」

「はい。図書迷宮ライブラリは試練ですから、できるだけ自分でなんとかしたいと思っています。もちろん危険そうなときには助けて頂きたいですけど。難しいと思いますか?」

影魔シャドウの強さは図書迷宮ライブラリによって差が大きいからなぁ。アーシェ、ルミお嬢様の実力は?」

「お嬢様に武術の才能はありませんが、並の兵士よりは戦えます。少なくともシンクハルト領の図書迷宮ライブラリでは、私が手を出す必要はありませんでした」

「それはシンクハルト領の兵士基準だよな?」

「当然です。中央貴族の弱卒レベルであれば、さすがに止めます」

「ふむ、ルミお嬢様もシンクハルト家の人ということか。なら、大抵は大丈夫だと思うが……。目的地はハーバス子爵領だよな? どちらの図書迷宮ライブラリに行くんだ?」

 ハーバス子爵領にある図書迷宮ライブラリは二つ。一つは《火弾かだん》の図書迷宮ライブラリで、その使い勝手の良さと派手さ、消費するページ数の少なさから、貴族を含めて多くの人に人気がある。

 もう一つは、《観察》の図書迷宮ライブラリ。こちらは地味で使い道が限られることもあり、一般的には不人気な魔法。ただし偵察兵、猟師、研究者など、一部の人には重宝されているらしい。

 普通なら魔導書グリモアの空きページと相談して、本当に必要か検討するんだろうけど……。

「もちろん、両方ともです。ラルフは本祭壇まで潜った経験はありますか?」

「《火弾》なら本祭壇まで潜ったし、《強化》も数え切れないぐらい潜ったな。新人傭兵を鍛えるのにちょうど良いんだ。実家で訓練を受けられた俺と違って、ほとんどの奴は素人だから」

 そんな後輩たちに戦い方を教えるため、頻繁に引率しているらしい。もっとも、近場で気軽に入れるのは《強化》の図書迷宮ライブラリぐらいなので、単純に経験豊富とも言えないようだけど。

「そんな俺からすれば、『そんな服と剣で戦うとか、正気か?』って感じだが……」

 今日の私の服もフワフワのドレス、腰にいているのは細剣レイピアである。

 明らかに戦いに向かない私の格好にラルフは胡乱うろんな目を向けるが、アーシェはニヤリと笑う。

「ふふっ、心配は無用です。お嬢様がお持ちの細剣レイピアは、旦那様がお嬢様のために、特別に誂えた代物。もちろん、服の方も普通の服じゃありませんよ?」

「だろうな。俺もあまり詳しくないが……鉄山羊アイアン・ゴートか?」

「その通りです。ミカゲさんも同じですが、お嬢様と違って戦えないので確実に守ってください」

「うん。我はまったく戦えない。要注意」

 ちなみにミカゲが着てる服は、私のお古のリメイク品。お母様は『似合う物を作りたい!』と言っていたんだけど、さすがに時間がなかったのでサイズ調整だけにしてもらった。

「了解だ。危険があるとすれば、道中で襲ってくるかもしれない魔物や盗賊か」

「だと思います。騎士団から護衛をつけるという話もあったのですが……」

「それは避けて正解だろうな。シンクハルト家の騎士は腕利きばかりだが、集団で戦うのが本業だ。部隊単位ならまだしも、少人数なら俺たちのような傭兵の方が対応できる範囲が広い」

「期待しています。これからしばらくの間、よろしくお願いします」

「任せてくれ。全力を尽くさせてもらう。――手抜きなどしようものなら、そっちの怖い妹や両親から、ぶっ殺されるからな」

 苦笑しながら答えるラルフに、私の後ろで腕組みをしていたアーシェは満足そうに頷いた。

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