第二章「伴侶」 第08話

 お父様たちと話し合いをした日から、私たちは旅の準備を始めた。

 食料、着替え、情報収集。今後のことも考え、お父様たちの手は借りずに自分たちで。

 その間には、王都に戻りたがらないお姉様を、なだすかして送り出すというイベントもあったのだけど、それは予定通りなので割愛――いや、いつもよりも少し大変だったかな?

 今回のお姉様は『ミカゲとも離れたくない!』と駄々をねたので。

 ま、お姉様のスキンシップの対象がミカゲにも広がったので、その分は楽になったかな?

 愛情の証なので嫌ではないんだけど……別れが近付くと、やや過剰になるんだよねぇ。


 さて、そんなイベントを経つつも無事に準備は整い、お父様たちに見送られて家を出た私たちが護衛との待ち合わせ場所に向かうと、そこには二〇歳前後の男性が立っていた。

 剣をき、革鎧を身に着けたその姿は、いかにも傭兵といった出で立ち。

 それ自体は事前に聞いていたので特に驚きはないけれど、意外だったのは彼の容姿だった。

 アーシェのことだから、女性は無理にしても、落ち着いた年齢の男性を探してくる。

 そう思っていたのだけど、目の前の彼は予想外に若くてイケメン。無精髭が少々野性味を感じさせるものの、顔立ちは整っていてどこか親しみを覚えさせ、女性にもモテそうである。

 そんな彼は、爽やかな笑みを浮かべると、私に手を差し出した。

「ごきげんよう。ルミエーラお嬢様。俺はラルフと申します。よろしくお願いします」

「あ、はい。ルミエーラ・シンクハルトです。こちらこそ、お願いします」

 ラルフの口から丁寧な言葉が出てきたことに少し面食らいつつ、私も手を差し出すが、私と彼の手が触れ合う前に、顔をしかめたアーシェが間に割り込んできた。

「お嬢様に近付くな、この軽薄男。私、髭を剃ってこいって言いましたよね?」

「おっと、すまないな。若干、準備に手間取った。ははっ」

 普段とは異なる厳しい口調で非難し、アーシェはラルフをにらむ。

 しかし、ラルフの方はこたえた様子もなく笑い、引っ込めた手で自身の顎をさすった。

 先ほどとは違う軽い口調も彼には似合っているし、おそらくこちらが普段の話し方なのだろう。

「えっと、アーシェ? 彼が護衛ということで良いんですよね? 険悪そうですが」

 関係性がよく解らず尋ねると、アーシェは少し困ったようにため息をつく。

「はい。こんなのでも一応、私の知る中では腕利きの護衛となります」

「お? そんなふうに思ってくれていたのか? 嬉しいねぇ」

 ラルフが笑いながらアーシェの肩に手を置くが、彼女はそれを鬱陶しそうに払いのける。

 しかし、嫌悪感がある様子ではなく、むしろどこか気安い感じで……。

「えっと……、ラルフはアーシェの好い人だったりしますか?」

「や、やめてください、お嬢様! これはラルフ・グラバー。嘆かわしくも私の兄なんです」

 もしかして、と尋ねた私にアーシェが叫ぶように声を上げ、酷く顔を顰めた。

「兄? ……あぁ、どうりで」

 アーシェの血縁となれば、色々と納得がいく。

 整った顔立ちも、アーシェが信用するのも、彼を見た時にどことなく親しみを覚えたのも。

 無精髭とボサボサの髪で判りづらいけれど、よく見れば二人の顔には共通点もあり、ラルフがきちんと身形を整えていれば、二人が兄妹であることもすぐに判ったことだろう。

「アーシェのお兄さんなら、私のことはルミで構いませんよ。言葉遣いも普段通りで」

「お、良いのか? 助かる。丁寧な言葉も使えないわけじゃないんだが、傭兵だからな」

 私が許可するなりラルフは口調を崩し、アーシェが困り顔でため息をつく。

 そんな普段は見せない彼女の顔に、私は思わず笑いを零した。

「ふふっ。アーシェって、お兄さんがいたんですね。知りませんでした」

 グラバー家は昔から、シンクハルト家に仕えてくれている家である。必ずしも全員が出仕するわけではないけれど、アーシェはもちろん、彼女の両親もウチで働いている。

 普通に考えればラルフも、その方が安定して稼げると思うんだけど……。

「俺は気ままな風来坊、グラバー家の汚点だからな。親父たちも話題に出さなかったんだろうさ」

 ニヤリと笑って肩をすくめるラルフを軽く睨み、アーシェは困ったように笑う。

「汚点とまでは言いませんが、この通り自由すぎでして。無理して仕えさせても上手くはいかないだろうと、両親も半ば諦めている状態なのです」

「領主様は尊敬できる方だが、せこせこ働くのは俺のしようには合わないんだよ」

「この様でして。申し訳ありません、お嬢様。こんな兄で」

「まぁ、別に良いのでは? ご両親が考えた通り、無理に働かせても良い結果が出るとは思えませんし。こうして私の護衛を引き受けてくれただけでも、ありがたいことです」

「お、さすがよくわかってるな、ルミお嬢様は」

 私のメンタリティは未だ前世の影響が大きく、職業を自由に選択することを異端とは思わない。

 しかし、ラルフには意外だったようで、彼は嬉しげに笑い、対照的にアーシェは顔を顰めた。

「調子に乗るな、クソ兄貴。お嬢様が大変お優しいだけです」

 そう悪態をつきつつも、アーシェはどこか諦めたようにため息をつく。

「もっとも私としては、こんなのが傍にいるとお嬢様が穢れそうなので、帰ってこなくても良いんですが。お父様とお母様は、たまには顔を見せろと言っていましたよ?」

「顔を見せたらまた説教じゃねぇか。勝手にやってんだから、ほっといてくれれば良いんだよ」

「お父様たちとしては、そうはいかないでしょう。一応はグラバー家の跡取りなんですから」

「そんなのはお前に任せる。適当な婿でも取って継いでくれ」

 一般的に家督は長男が継ぐが、娘婿に家督を譲ることも稀にはある。

 そこまでおかしな提案ではないけれど、しかしアーシェはそれを鼻で笑った。

「はっ、私が婿を? 何を馬鹿なことを。私がお嬢様から離れることなどあり得ません。――お嬢様の子供であれば、いくらでも産みたいと思っていますけど」

「我が妹ながら、無茶苦茶言ってんなぁ……。よくこれまで解任されずに済んだな?」

「私のお嬢様への愛の賜物です。ですよね、お嬢様?」

「……あまり頷きたくないですが、否定することも難しいですね」

 確認するように私を見るアーシェに私は渋々頷くが、アーシェはそれでも満足げに胸を張る。

「ということです。解りましたか? 兄さん」

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