第二章「伴侶」 第06話

「個々の神殿はともかく、組織全体としては決して良いとは言えないな。一部の図書迷宮ライブラリを占有し、入れる者を制限しているという話も聞いている」

 具体的には回復魔法に関する図書迷宮ライブラリ。神殿関係者、もしくは多額の寄付を収めた人だけに利用を許可し、資金稼ぎと影響力の強化を図っているらしい。

「幸い回復魔法を得られる図書迷宮ライブラリは複数ある。すべてを神殿が占有しているわけではないが……」

「そうであっても、神殿の理念とは相容れない気がします」

「その通りだ。回復魔法の有無は前線で戦う者たちの生存率に大きく影響する。それを私欲で制限しようなど、本来は許されることではない!」

 お父様は語気を荒らげて吐き捨てるけれど、お母様からとがめるような目を向けられると「うっ」と息を呑んで大きく深呼吸。表情を緩めてから、改めて私に問いかけた。

「それで、ルミは今後、どうするつもりだ?」

「神殿や盟約についても気になりますが、まずは使える魔法を増やすことを優先しようと思います。そうすればミカゲも成長して、できることが増える……んだよね?」

 祝福とぼかしていたけれど、おそらくはそういうこと。

 確認するようにミカゲを見ると、彼女はどこか自慢げに胸を張る。

「うん。間違いない。我は将来有望」

「ということです。今のところ、私の魔導書グリモアは魔法の数に制限がなさそうなので」

「そうか、その点は羨ましいな。どの魔法を覚えるか、本来はそれが非常に重要だからな」

 魔導書グリモアの空きページ、魔法によって異なる必要なページ数、それぞれの魔法の相乗効果。

 それらの組み合わせを考えることは、まるで前世に存在したカードゲームのデッキ作りに近いけれど、一度授かった魔法は消せないという制約があるため、調整はとても難しい。

 なので、一般的には既に実証された定番パターン――『五ページの火系攻撃セット』、『三ページの攻撃支援セット』などを組み合わせて、魔法を覚える人が多い。

 しかし、その組み合わせや余ったページの使い方には頭を悩ませるわけで、それを無視できる私は恵まれている――と思ったのだけど、ミカゲはお父様の言葉を否定するように首を振った。

「魔法とは本来、とても扱いが難しいもの。初心者には制限が必要」

「初心者、ですか……?」

「えっと、ミカゲが言うには、他の魔導書グリモアは、その……子供用だ、と」

 不思議そうなお母様にそう説明すると、それを聞いたお父様も少し考えて頷く。

「……そう言われると納得する部分はあるな。剣で戦おうとするなら、何年も訓練せねば魔物を斃すことなどできない。それに対して魔法は――」

「努力もせずに覚えられ、その日から実用レベルで扱えますね。そうすると……ミカゲさん、私たちの魔導書グリモアが大人用になることはあり得るのですか?」

「努力次第」

 とても端的な答え。それを聞いて、お父様とお姉様が唸る。

「う~む、言われてみれば俺も魔法の訓練はあまりしていないな。努力不足か」

「私もそうです。覚えている魔法が少ないこともありますが……」

 脳筋のうきんとまでは言わないが、ウチの騎士団の訓練は基本的に武器を使った戦いが主体。

 魔法を使う場合も魔法自体の訓練というより、魔法を使った戦い方の訓練という方が正しい。

 それは、魔法を授かった時点で普通に使えるようになることが、大きく影響しているのだろう。

「あなた、場合によっては騎士団の訓練内容も変更が必要かもしれませんね。もちろん、多くの魔法を覚える必要があるのか、それも考えないといけませんが」

「そうだな。検討してみよう」

 お母様の提案にお父様が頷き、私もミカゲに尋ねる。

「……ねぇ、ミカゲ。私も魔法の訓練をした方が良い? 多く覚えるだけじゃなく」

「当然。両方頑張る」

「そ、そう……。頑張るね?」

 宇宙の真理を口にするかのような真顔で言われ、私は若干顔を引きらせつつ頷く。

 ――まぁ、ミカゲは大抵真顔なんだけど。

「では、ルミは各地の図書迷宮ライブラリに潜ることになるのですね。寂しくなります」

「そうだな。ルミは覚えたい魔法の希望はあるか? 場所によっては交渉が必要となるが」

「まずは、お隣のハーバス子爵領を訪ねようと思っています」

 ほぼ誰でも入れる当家とは異なり、図書迷宮ライブラリの利用に制限を設けている貴族は少なくない。

 利用料を取るだけならまだしも、政治的な交渉材料にする貴族もいて……ホント、嫌になる。

 その点、ハーバス子爵はシンクハルト家と仲が良いし、必要なのも利用料だけ。

 領内に二つの図書迷宮ライブラリを抱えていることもあり、最初に向かう先としては最適だろう。

「そうか。あそこであれば危険性は低いと思うが、ルミとアーシェの二人だけでは――」

 その言葉を遮るようにミカゲが「我もいる」と存在を主張、お父様が眉根を寄せた。

「……ミカゲさんも付いていくのか?」

「うん。お姉ちゃんから長く離れることはできない」

「となると、ますます護衛がアーシェ一人だけでは――ん? 『お姉ちゃん』?」

「あ、私のことです、お父様。折角だし、そう呼んでもらおうかなって……」

 お父様の疑問に私が小さく手を挙げると、それに反応したのはお姉様だった。

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