第二章「伴侶」 第05話

「え? 当然、気付いてはいましたよ? 特に言及するようなことでもなかっただけで」

 その驚きは別の意味だったようで、逆にお母様たちが驚いたように目を丸くした。

「そうだったのか? 誰かに聞かされたのか? 知っている者には口止めしているはずだが」

「いえ、普通に覚えてますし。むしろ、いきなり赤ん坊が増えて気付かない方が変では?」

 さすがに小さな頃は疑問に思わなかったそうだけど、ある程度成長して思い返せば、『お母様が妊娠していないのに妹が増えた』という違和感に気付く。

 そうなれば、『少なくともお母様が産んだ子ではない』と理解するのは難しくない。

「あの頃はシルヴィも小さかったのに……覚えているんですね」

「はい。印象的なことぐらいなら。そして、ルミの存在は私にとって印象的なことですから」

 お姉様はそう言って私を見ると、優しく微笑む。

 私との年齢差や誕生日を考慮すると、私が拾われた時のお姉様は二歳半ばぐらい。

 その年代の子供ならある程度の記憶は残るし、知能が高いほどその傾向は強いらしい。

 お姉様の優秀さを見るに、可能性は高いと思っていたけれど……やっぱりかぁ。

「ですので、それを改めて知ったところで何も変わりません。ルミは私の妹です」

 胸を張ってそう言ったお姉様に、お母様は瞳を潤ませ、お父様は嬉しそうに深く頷く。

「シルヴィ……。ありがとうございます。あなたが優しく育ってくれて嬉しいです」

「まったくだ。だからルミ、俺たちにとってお前とシルヴィには何の違いもない。お前は貴族の義務を気にしていたそうだが、理由がそこにあったのなら、考え違いというものだぞ?」

「それは……正直に言うと、否定はできません」

 血縁という明確な繋がりを持たない私にとって、義務を果たすことは家族である証の一つ。

 それに加え、お姉様が失われて私が生き残るようなことは、絶対に許されないとも考えていた。

 私が小さく頷くと、お父様は困ったように眉根を寄せる。

「やはりか。もちろんルミがそうしたいのなら、止めるつもりはない。だが領主として言えば、別の活躍を期待したい。現実としてお前は、成人前ですら高い成果を出しているのだから」

「そうですね。今となっては、無理に戦いの前線に出ようとは思っていません」

 この領地の現実を知って、義務の代行はあまり意味のないことだと理解したから。

「ただ、ミカゲのこともありますし、魔導書グリモアについては極めていきたいと考えています」

「それについては俺も反対しない――というよりも、是非そうしてほしい」

「そうですね。神様がルミを選んだのであれば、そこには何か意味があるのでしょう。そもそも私たちの下にルミが来てくれたことも、神様の思し召しだと思いますし」

 お母様が夢を見たことと、その夢の場所に私が捨てられていたこと。

 これを偶然と片付けてしまうのは、さすがに無理がある。

 それは子供を望んだ母親に対する温情なのか、それともなにかしらの意図があるのか。

 ミカゲのことからも判る通り、神はその意思を明確には示さないが、人に魔導書グリモアを与えたことだけは確かな現実であり、私の目指す方向性はそう間違っていないはず……あれ?

「どうかされましたか? お嬢様。怪訝な顔をされて」

「今更だけど、図書迷宮ライブラリでの儀式が少し引っ掛かって。祈りに『盟約』って入ってたよね?」

 祈りの言葉なので、一種の定型句のようなものかと思って祈ったけれど、よく考えればそれは、利用規約も読まずに『はい』を選択するかのごとき所業。とってもダメな行為である。

「我々の祖先は神々とどのような盟約を結んだのでしょう? その盟約の内容こそ神々が望むことであり、それを果たすと誓うことで魔導書グリモアを授かったんですよね?」

『魔物をたおすために授けられた』と伝わっているけれど、これを盟約と言うには曖昧すぎる。

 例えば大半の平民は、魔物と直接戦ったりはしない。

 しかし、それによって魔導書グリモアを取り上げられた、なんて話は聞いたこともないわけで。

 詳しい内容はどうなのかとお父様を見るけれど、お父様は困ったように首を振る。

「そのはずだが……正確には判らない」

「え、本当にですか? 神殿にも残っていないのですか?」

「ないと言っているな。自分たちに都合が悪い内容なら、隠している可能性もあるだろうが」

「神殿は必ずしも清廉ではありませんからね。むしろ今の神殿は立派な方ほど地位が低い傾向にあります。心ある神官は人々を助けたいと前線に赴いて、短命に終わることも多いですから」

 現場で働く人より組織内政治だけをする人が上に立つ。

 そんな組織は前世でも存在した。

 もちろん現場の実務能力と組織のマネジメント能力は別物だから、上に立った人が上手く組織を運営して、現場が働きやすくなるならそれも良いんだろうけど……そう上手くはいかないよね。

 大抵は自身の利益のために組織を使い、全体を腐らせていくことになる。

「今の神殿は良くないのですか?」

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