第二章「伴侶」 第04話

「構いませんよ」

「もちろん、簡単に認められないでしょうが――って、良いんですか? そんな簡単に」

 私の言葉を遮るような早さで認められた。

 予想外の反応に驚き、私は確認するようにお母様を見返すが、お母様は平然と頷く。

「だって、ルミにはこの子が必要なんでしょう? であれば、拒否する理由はありません」

「そうだな。さすがに本当の妹にはできないが、遠縁の子供を預かっていることにしよう。それならばルミと同じ扱いでもそう変ではないし、貴族の血縁関係を追及する者もいないだろう」

 お母様のみならず、お父様まであっさり同意してしまった。

 さっきの反応からして、説得すればいけるかな、とは思っていたけれど……。

「えっと、本当に構わないのですか? かなり怪しい話だと思うのですが」

「その子が持っているのはルミの魔導書グリモアだろう? それだけで普通でないことは解るし、であるならば話の信憑性は高い。神のご意志を尊重するのは当然のことだ」

 お父様が示すのはミカゲが抱えている魔導書グリモア。その言葉通り、ミカゲの特殊性を示して説得材料にするために持たせていたのだけど、私が言及するまでもなく気付いていたらしい。

「第一、ルミが連れてきたのだ。保護者がいない子供を受け入れる程度の甲斐性はあるぞ?」

「あっ――」

 ここでただ頷き、お礼を言うのが分別のある大人なのだろう。

 でも、言葉が喉に引っ掛かった。

 昔から気になっていた。

 私はなぜ拾われたのか。記憶にある光景は夢ではないのか。

 それを口にすることで、私と両親の関係が変わるかもしれない。

 恐怖はあるけれど、今を逃せば今後、訊く機会は訪れるのか、訊く勇気を持てるのか。

 言葉を詰まらせた私を、お父様、そしてお母様が不思議そうに見る。

 そんな二人の顔を見て、私はゆっくりと息を吸うと、意を決してその言葉を口にした。

「……それは、私と同じように、ですか?」

「「――っ」」

 お父様たちが息を呑んで視線を鋭くし、視界の隅でアーシェが瞠目するのが見える。

 覚悟して口にした言葉ではあるけれど、お父様たちの様子に心が揺らぐ。

「……そんな話を誰に吹き込まれた?」

 しばしの沈黙を経て、お父様から発せられた声色は思った以上に固く――

「い、いえ、その、記憶違いかもしれませんけど、拾われた時の光景を覚えていて……」

 私が慌てて言葉を継ぐと、お父様とお母様は顔を見合わせて小さく息を吐いた。

「そうか。ルミなら、そういうこともあるのかもしれないな。――カティア?」

「はい。ルミはもう大人です。良い機会かもしれませんね」

 お父様の問いかけにお母様が頷き、ミカゲと私の手を引いて共にソファーに腰を下ろした。

「ルミ、あなたには話したことがありませんでしたが、今の私は子供を産むことができません」

「えっ!?」

 ――よ、良かった! 不用意に妹が欲しいだなんて、言わなくて!

「もちろん、この年齢ともなれば大した問題ではありませんが、それが判ったのはシルヴィを生んで数年後。まだ子供が欲しかった私としては、大きなショックでした」

 解る。多くの貴族にとって結婚とは、跡継ぎを作るということ。

 いくらお姉様が優秀であったとしても、子供が一人しかいないというのは望ましくない。

 特に危険な辺境伯家ともなれば、リスク管理として予備となる子を作っておくのは重要である。

 言葉は悪いけれど、それが貴族としての現実なのだ。もっとも子供好きなお母様のこと。子供が欲しかったのは、貴族としての義務だけが理由ではないと思うけど。

「お義父様たちは仕方ないとおっしゃってくださいましたが、それでも私は諦めきれませんでした。そのような折、私はある夢を見ました」

 それは、どこか見覚えのある森の中で、赤ん坊が泣いている夢。

 普通に考えれば、ただの夢。しかし、その光景はあまりにもリアルであり、自身の状況も相まって言いようのない焦燥感に駆られたお母様は、お父様と共に記憶にある森へと向かったらしい。

「そこで見つけたのが、ルミ、あなたなのです」

「そう、ですか……」

 私は自分が捨てられた場面は覚えていない。

 だからお母様の実子である可能性も、わずかながらあったんだけど……確定しちゃったかぁ。

 覚悟はしていたし、そのことをお母様から直接聞いても何も変わらないと思っていた。

 でも現実になると、思った以上にダメージを受けている自分に驚く。

 そして、そんな私の心情をお母様も察したのか、私の肩に手を回して優しく引き寄せた。

「あなたは赤ん坊の頃から私が育てた大切な子供です。誰が産んだかなど、些細な問題ですよ?」

 ――いや、血筋が重要な貴族にとって、それは結構重要な問題じゃないかな?

 私の冷静な部分はそうは言うけれど、お母様の気持ちはたまらなく嬉しく、私は小さく頷く。

「このことはシルヴィにも話したことはありませんでしたね。驚きましたか?」

 お母様のその言葉通り、お姉様は驚きを顔に表すけれど――

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