第二章「伴侶」 第02話

「我は司書」

「……司書。え、司書? もしかして、図書迷宮ライブラリの管理者?」

 司書と聞いて連想するのは図書館。そして図書館といえば、図書迷宮ライブラリ

 だが少女は首を振り、おもむろに私の胸の辺りを指で示す。

「えっと……私?」

「違う。でも、惜しい」

「……まさか、お嬢様の魔導書グリモアですか?」

 懐疑的なアーシェの言葉に、しかし幼女は頷き、私に向かって手を差し出す。

「出して。魔導書グリモア

「う、うん」

 不思議と逆らう気になれず、私は魔導書グリモアを顕現させる。

 胸元にふわりと浮かび上がるその様は、ここ数日で何度も見た光景。

 しかし、それを取ろうと伸ばした私の手は空を切り――魔導書グリモアは少女の手に収まっていた。

「「あっ」」

 私とアーシェの声が重なるが、少女は気にした様子も見せずに魔導書グリモアの表紙を開いた。

 そこにあるのは、一ページだけの本文。少女はそれをペラッとめくって小さく頷く。

「――っ! この子が特別であるのは、間違いないみたいですね」

 本来、魔導書グリモアに触れることができるのは、その持ち主のみ。

 だが彼女は間違いなく、私の魔導書グリモアを手に取って見せた。

「司書は資格ある者に神から遣わされる。あなたは認められた。誇って良い」

 淡々と告げられたその言葉にアーシェが息を呑み、興奮したように身を乗り出す。

「そ、それはつまり、あなたは神使しんしであると? お嬢様は神に選ばれたと――!?」

「厳密には違うけどそんな感じ。司書は魔導書グリモアの持ち主を導いたり、導かなかったりする」

 言葉を失うアーシェとは対照的に、随分と適当な感じであっさり告げられた。

「えっと、正直、まだ飲み込めてないんだけど……」

 でも、神の御業であれば、少女が突然現れたことも理解できる。

 なぜにベッドの中だったのかという疑問は残るけれど、それはさておき、私は尋ねる。

「ちなみに司書って、魔導書グリモアに関する疑問に何でも答えられたりするの?」

 魔導書グリモア図書迷宮ライブラリには疑問点、不明点が多すぎる。

 情報も少ないし、私たちが調べても判らなかったことが判るかと期待したのだけど……。

「しない。必要な情報は既に与えられた。神はそんなに甘くない――というか、呆れている」

 少女の口調は無感情ながらも、その目にもやはり呆れが見える。

 その理由はおそらく、過去に行われた人間同士の権力争い。

 神様からすれば、魔物に対抗するために魔法を与えたにも拘わらず、その脅威が去る前に争いを始めた人間たち。しかもその過程では、ほぼ確実に魔法も使われたことだろう。

 私たちからすれば大昔のことだけど、神様の尺度からすれば、おそらくは最近のこと。

「それじゃ、何も教えてもらうことはできない……?」

「そんなことはない。でも、努力しない者に祝福は与えられない。具体的には魔導書グリモアがショボい」

「うぐっ!?」

 やめて! その言葉は私に刺さる。

 しかも、一ページしかない以上、それについては反論もできないし。

「な、なら、なんで私の所に? お姉様とか、もっと良い魔導書グリモアを持つ人もいるのに」

「もっと良い魔導書グリモア?」

「うん。ほら、例えばアーシェだって」

 小首を傾げる少女に隣を示すと、アーシェは小さく頷いて自身の魔導書グリモアを顕現させる。

 しかし、それを見た少女は「ふぅ」と息を吐いて、首を振る。

「そんなのは子供が使う擬い物。我らのような大人には相応しくない」

「へ、へぇ、そうなんだ……?」

 大人とか、この子の外見で言われると違和感が凄い。『我らそこ』に私も入っているなら尚更に。

 だが、それはそれとして微妙にショックを受けているのが、擬い物と言われたアーシェである。

「え、私の魔導書グリモアって、子供用だったんですか……?」

「本来、魔導書グリモアとは自身で作り上げる物。与えられた物を使うだけなら子供でもできる。対して、あなたの魔導書グリモアには将来性がある。ショボくても諦めちゃダメ」

「いや、諦めるつもりはまったくないけどね? えっと……」

 なぜ私が選ばれたのか、司書という仕組みは何なのか、本来の魔導書グリモアとは何なのか。

 疑問点は多いけれど、今、最も気になるのは――

「あなたは何ができるの? 例えば魔導書グリモアみたいに消えたり、現れたり――」

「できるわけない。常識的に考える」

 うん、そうだね。普通はそうだよね。この子に言われると、釈然としないけどっ!

「それじゃ、いったいどんな役割と能力が……?」

「将来性に期待。我と魔導書グリモア、そして所有者は一心同体で一蓮托生。いうなれば伴侶」

 使えない魔導書グリモアから、超凄い魔導書グリモアへ。

 一気に昇格プロモーションする私の希望は、あっさり断たれた。

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