第二章 伴侶
第二章「伴侶」 第01話
「お、お、お、お嬢様――――っ!?」
「ふぇっ!? な、何事っ!?」
近年稀に見る心地好い眠りを腹心に邪魔されて、私はビクリと目を開け、目に入ったアーシェを睨む――が、彼女は私よりも鋭い視線でキッと睨み返し、私の胸元を指さした。
「お嬢様! そ、それはいったい!?」
「それって……んんぅぬ?」
視線を下に向けて、最初に目に入ったのは黒――いや、紫紺と言うべき?
窓から入る朝日を浴びて
更に視線を下げていくと、次に目に入ったのは、染み一つない綺麗な肌色。
腕に感じるそれは柔らかく、そして温かで、形は人に似ていて……。
――いや、誤魔化すのはやめて、はっきり言おう。
私の胸の中にすっぽりと収まっていたのは、どう見ても人。
昨日、一人で寝たはずの私が抱きかかえていたのは、一糸纏わぬ幼女だった。
「わ、私という者がありながら、女色に走ってしまわれるとはっ! その上、そんな幼女がお相手だなんて! 趣味が良すぎますよ!?」
「待って? 色々とおかしい――どころか、ツッコミどころしかないが?」
明らかに錯乱している――いや、むしろ錯乱していなければ、色々とマズいことを口走っているアーシェはあえて放置し、私は少し身体を起こして、その女の子を見る。
年齢は一〇歳よりも下。はっきりとは判らないけれど、八歳ぐらいかな?
目を瞑って眠るその顔は芸術品のように整っていて、あまり幼さを感じさせず、一度見たら忘れられないほどに美しいが、それでいて冷たさを感じないのは、その仕草故か。
私が身を離したことで寒くなったのか、モゾモゾと身体を動かして私にすり寄ってきて――
「……可愛い」
「ですね……。はっ!? まさか、お嬢様、
「なんでそうなる!? アーシェ、いいかげんに正気に戻れ?」
「いえ、最初から正気ですけどね。ただちょっと、信じがたい事態に頭が痛くなっただけで」
「私としては、正気のアーシェからあの発言が出ることに頭が痛いよ」
ただ、彼女の気持ちも少しは解る。
ここは領主の館。当然警備はされているし、アーシェも隣の部屋で控えていた。
そんな状況で私のベッドに潜り込むなんて真似、私自身が連れ込まなければ成し得ない。
そう考えるのは、少なくともその点に於いてだけは、とても真っ当な思考なのだから。
「ねぇ。親戚が来るなんて話は……聞いてないよね?」
「はい、聞いていません。昨晩はあの状況でしたので、伝え忘れたという可能性もありますが」
「さすがにそれは……ないんじゃないかな? いくらお父様でも」
貴族ともなると、親戚同士の付き合いも政治となる。
少々親馬鹿なところもあるお父様だけど、お仕事に関しては凄く真面目であり、お祝いのパーティーで浮かれていても、他の貴族が訪問するという予定を伝え忘れるとは考えにくい。
「そもそも、この年代の子供は親戚にいなかったよねぇ」
この世界では、旅をするのも命懸け。親族といえど顔を合わせるのは簡単ではないけれど、さすがに家に招くほど親しければ、存在すら知らないなんてことはまずない。
「……考えていても仕方ないか。アーシェはこの子が着られそうな服を持ってきてくれる?」
起こして話を聞くにしても、さすがに素っ裸はマズい。
そう思ってアーシェに頼むけれど、彼女は厳しい顔で首を振った。
「いえ。さすがに得体の知れない子供とお嬢様を、二人きりにすることはできません。外見は子供で武器も持っていないようですが、それでも安心はできませんから」
「そう? たぶん、心配はないと思うけど……ま、良いか」
普通なら、いきなり見知らぬ人がベッドに潜り込んでいれば、なにかしらの危機感を覚えるはずだけど、不思議なことにこの子に対しては、そういった気持ちがまるで湧いてこない。
しかし、護衛はアーシェの仕事。無理は言わず、少女の肩を優しく揺するが……。
「――む~」
そんな声を漏らしながら、寝足りないとばかりに、私のお腹に顔をぐしぐしと押し付ける。
その猫のような仕草に、そのまま寝かせてあげたくなるけれど、さすがにそうもいかない。
私が「起きて」と声を掛けると、少女はようやく顔を上げ、眩しげに目を細めた。
瞼の隙間から覗くのは、透き通るように綺麗な
その瞳に魅入られるように、じっと見る私を少女も見返し、
やがてゴソゴソと布団から這い出した少女は、私と向き合うようにベッドの上に座り直す。
「起きた。おはようございます」
「あ、おはよう」
普通に挨拶され、私も思わず普通に返す。
うん。きちんと朝の挨拶ができて偉い! ――じゃなくて。
「アーシェ、取りあえず私の下着と服を」
「かしこまりました」
いくら幼いとはいえ、素っ裸でいられるのは落ち着かない。
私が部屋のチェストを指さすと、アーシェもすぐに頷き、下着とワンピースを取り出す。
「色々聞きたいことはあるけど、取りあえず服を着て?」
「解った」
アーシェが差し出した下着に脚を通し、ワンピースを頭からスポッと被り。
小柄な私の服でも少女には大きいけれど、なんとか格好をつけて、私は改めて尋ねる。
「それで、あなたは何者なの?」
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